白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)

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王妃さまと、将軍の事、戦地にて、

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◆マルグリット × 王妃 初対面

王宮の奥深く──
侍女に案内されたマルグリットは、厚い絨毯の上をそろりそろりと歩いた。

白い大理石の廊下には、午後の光が差し込み、
壁面の金細工が淡く輝いている。

こんな場所に、自分が呼ばれる日が来るなんて。
胸の奥がひどくざわついた。

案内された「王妃の私室」の扉が静かに開く。

柔らかな香りが流れ込んだ。
薔薇と蜂蜜を混ぜたような、どこか懐かしい匂い。

広い室内には、温かな暖炉の火が燃えていた。
クラシカルなソファと淡いクリーム色のカーテン──
王妃の空気が漂う、優しく静かな部屋。

侍女の声が響く。

「陛下、マルグリット様をお連れいたしました」

その言葉に、室内の椅子に座っていた女性がゆっくり立ち上がった。

「……マルグリットさんですね?」

王妃だった。

その姿は威厳よりも、包み込むような柔らかさを持っていた。
まるで、何年も前から母のように見守ってくれていた人のように──。

マルグリットは反射的に深く頭を下げる。

「は、はい……はじめてお目にかかります、陛下」

王妃はゆっくり歩み寄り、
マルグリットの両手をそっと包み込んだ。

「まずは……あなたに謝らせてください」

マルグリットは息を呑む。

王妃は、まっすぐに、痛むほど誠実な目で見つめた。

「あなたが結婚後、どれほどひどい扱いを受けていたか……
今日になって、初めてすべてを知りました」

マルグリットの喉がつまる。

「わ、わたし……夫人として扱われるどころか……
食事も……下着も……声をかける人もいませんでした……」

声がかすれ、途切れる。

王妃はその手をぎゅっと握りしめた。

「それは、あなたのせいじゃありません。
本来なら、王宮が責任を持って支援すべきだったのに……」

暖炉の火がぱちりと弾ける。

王妃の声は続く。

「支度金が“消えていた”と聞きました。
あなたが侍女に軽んじられた理由も……全部、調査でわかりました」

マルグリットの視界が揺れる。

「……誰も……何も……教えてくれなくて……
わたしは、居てもいなくても同じだと……」

その瞬間。

王妃は、まるで壊れ物に触れるようにマルグリットの背へ腕を回し──

ぎゅっと抱きしめた。

「よく……よく耐えましたね。
あなたほどの娘が、どれほど孤独だったことか……」

マルグリットは堪えきれず、王妃の胸元に顔をうずめる。

「……テオドールは……その間……何を……?」

王妃の息が少し詰まった。

「──あの子は、“あなたのために戦う”と言って出て行きました。
ですが……恐ろしいほど不器用で、
想いを言葉にできる性質ではありません」

「……出て行く時も、一度も……話しかけにきてくれなかった」

王妃は小さく首を振る。

「あなたに甘えてしまえば……弱くなると思っていたのです。
あなたを守るための“戦場”で、
同時に、誰より孤独で……愚かな子です」

マルグリットの涙がぽた、と落ちた。

「……そんな話……聞きたくなかった……
だって……わたしは……ずっと……ひとりだったから……
美談みたいに言われたって……嬉しくなんて……」

「ええ。わかります」

王妃は抱きしめたまま、静かに囁いた。

「どれほど彼が戦ったとしても……
あなたの孤独を消すことはできません。
あなたの心が傷ついている限り──
“英雄の物語”など、語られるべきではありません」

マルグリットの肩が震える。

「……わたし……許したくない……まだ……」

「許さなくていいのですよ」

王妃は優しく微笑み、
マルグリットの頬の涙を拭った。

「あなたは、あなたの速度で、心を取り戻しなさい。
あの子に変わって……私がそう言います」

暖炉の火が揺れ、
王妃の腕に包まれたまま、マルグリットは静かに泣き続けた。



◆マシュウ家・応接間

昼の光が柔らかく差し込む応接間。
マルグリットはソファに腰掛け、指先を膝の上で固く握りしめていた。
向かいには、テオドールの副官セルジュが、姿勢を正して座っている。
スザンヌとマシュウは少し離れて見守っていた。

セルジュは、ゆっくりと息を整える。

「……侯爵夫人。
 旦那様が戦場で、どのように日々を過ごしていたのか――
 それを、お伝えするよう王妃様より命じられました。」

マルグリットは目を伏せたまま、返事をしない。
ただ、握った手だけが震えていた。

「旦那様は……良く言えば冷静沈着。
 ですが実際は、兵よりも前に立ち、いつも“死ぬつもり”のようでした。」

スザンヌが息を呑む。

「戦場で味方を守る時、旦那様は決まって言いました。
 “自分が盾になれば十分だ”と。
 夜営では、誰より早く起き、誰より遅くまで地図を睨み……
 休んでいる姿を、ほとんど見たことがありません。」

マルグリットの肩がびくり、と揺れる。

セルジュは言葉を選びながら続けた。

「前線が崩れた日。
 敵軍を退けたあと、あの方は初めて叫んだのです」

『こんなところで死ねない……!
 帰らなければ……!』

マルグリットは息を呑んだ。

「テオドール様は、私たちを押しのけて立ち上がり、
 その後三日三晩、眠らずに撤退路を守り続けた。

 ……まるで、
 “帰ること”だけが、生きる理由のように」

応接間の空気が重く沈む。


「旦那様は……“でも、帰る家は、もうないな”と、何度も言いました。
 “妻には、忘れられているだろう”と。」

マルグリットは耐えきれず、顔を上げた。

「……忘れてなんか……っ。
 私が、どれだけ……!」

声が震える。

セルジュは、胸の前で拳を握りしめながら、静かに言った。

「旦那様は、戦場で誰よりも勇敢でしたが……
 誰よりも孤独でした。」

エドランは深く頭を下げる。

「以上が、私からお伝えできることです。
 ……あの方は、確かに無能でも冷酷でもありませんでした。

 ただ――
 帰りたかった場所に、どう戻ればいいのかわからぬ男でした」

静かな沈黙が落ちた。

マルグリットの胸の奥で、
まだ許せない炎と、
いびつな痛みが同時に揺れていた。

その瞬間、マルグリットの心が決壊する。

「――でも、だからって……!」

涙がぽろぽろ落ちていく。

「だからって“戦争を美談”にしないで!
 私を三年間いないものにした事実は、消えない!
 どんなに彼が立派でも……
 私の心は、満たされないの!」

スザンヌがそっと側に寄り、彼女の背を抱く。
マルグリットは胸に顔を押しつけ、子どものように泣いた。

セルジュは深く頭を下げる。

「……申し訳ありません。
 ただ、旦那様がどれほど……“ひとりで戦っていたか”だけ、
 お伝えしたかったのです。」

マルグリットは涙越しに、かすれ声で言った。

「……あの人がどれだけ強くても……
 私を置いていった三年は、私だけの地獄だったのよ……」

応接間に、静かな涙の音だけが残った。


◆テオドールが震えながら叔父一家に礼を言う

マルグリットが部屋に戻ったあと。
玄関ホールには、静けさとは裏腹に、張りつめた空気だけが残っていた。

スザンヌが腕を組みながらテオドールを見据える。
その隣では、マシュウが深い溜息をつき、暖炉の火が小さく揺れる。

テオドールは膝の力が抜けたように立っていた。
震えているのは怒りではなく、安堵でもなく――ただ、自分の無知と至らなさを思い知ったため。

「……叔父上。スザンヌ伯母上。
 マルグリットを……守ってくださって、ありがとうございます」

普段は滅多に見せない深い礼。
頭を下げたまま、肩が小さく震えているのがわかった。

スザンヌは眉ひとつ動かさず言う。

「あなたね、気づくのが遅すぎるのよ」

「……ええ。本当に……そう思います」

テオドールは唇を噛んだまま、続ける。

「三年間、彼女がどんな暮らしをしていたのか、
 私は……なにも知らなかった。
 知らされもしなかった。
 そのことに、今さら気づくなんて……」

声が途切れた。

マシュウがそっと肩に手を置く。

「テオドール、男が泣くのは悪いことじゃないぞ。
 ただな、泣く理由くらいは、本人に言え」

テオドールは目を閉じるように息を吸い、ゆっくりと吐いた。

「……私は……彼女に、謝りたい。
 けれど今、会ってはいけないのもわかっています。
 彼女の心がまだ……痛んでいるから」

スザンヌが腕を解き、少しだけ柔らかい声で言う。

「マルグリットは“壊れていた”のよ。
 あなたのせいだけとは言わない。
 でも……助けられるはずだった“ひとりの女の子”が、
 ああなるまで誰も気づかなかったのは事実」

テオドールは深く頭を下げ直した。

「……二度と、彼女を置き去りにはしません。
 どうか……この家で、すこしでも心を休めさせてください」

スザンヌはため息をつきつつも、返した。

「任せなさい。
 うちに来たからには、甘やかして甘やかして、
 ついでに可愛く仕上げてあげるわ」

マシュウも頷いた。

「お前はお前で、自分のすべき償いを考えろ。
 マルグリットの心が戻るまで……時間はいる」

テオドールは拳を握りしめたまま、小さく言った。

「……はい」

その横顔は、戦場で見せた鋼の顔ではなく、
“ひとりの男”として初めて現れた、弱さと決意だった。
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