『婚約破棄はおいくら?』 ──婚約破棄はまず、精算からお願いしてもいいですか?

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
9 / 18

条件付き結婚案

──庭園のティーテーブル。
二杯目の紅茶が注がれる中、アベルは意を決したように口を開いた。



アベル
「キャスリン。……正式な婚姻を急ぐつもりはない」

キャスリン
「まあ。王太子殿下にしては珍しいお言葉ですわね」



アベルは真剣な表情で続けた。

アベル
「だが、国外からの縁談攻勢は激しさを増すばかりだ。
君が望んでいないのは承知しているが──“王太子妃候補”という立場にあれば、しばらくは他国のしつこい干渉を避けられる」

キャスリン
「つまり、“条件付きの結婚案”ということですのね?」

アベル
「そうだ。
当面は形式上、私の妃として王宮で暮らしてほしい。
だが、君の自由は奪わない。本も紅茶も、静かな時間も……すべて約束する」



キャスリンはカップを傾け、紅茶の香りを楽しみながら考え込む。

キャスリン
「……なるほど。他国から逃れるには、王太子妃という立場は確かに都合がいい。
けれども──王宮での暮らし、私の本棚やティーセットを持ち込めるのかしら?」



アベルは思わず苦笑し、すぐに答える。

アベル
「持ち込んでくれ。むしろ私の執務室の隣に書庫を作ろう。
……君が落ち着ける環境を整える。それが条件を受けてもらうための、最低限の務めだ」



キャスリンは扇子で口元を隠し、目を細めた。

キャスリン
「……殿下。
本当に“邪魔をしない”と誓えるのなら、考えてあげなくもありませんわ」


(王宮初日・サファイアとの出会い)

──王宮に入った初日。
キャスリンはまだ落ち着かぬ心を抱きながら、庭園の東屋で紅茶を味わっていた。
そこに、小さな足音が駆けてくる。



少女
「──あっ!」

ふわふわの金髪、澄んだ青い瞳。
二歳ほどの少女が、キャスリンのスカートにしがみつく。

少女
「おねえさま……お姫様みたい!」



キャスリンは思わず目を細め、しゃがみ込んだ。

キャスリン
「まあ、かわいい子ね。こんなところでどうしたの?」

少女
「お母さまが……ここで待っててって。だから待ってるの」



少女の名を問うと、無邪気に答えが返ってくる。

少女
「わたし、サファイアっていうの。青いおめめだから、お母さまがそう呼んだの」

その瞬間、キャスリンの胸に冷たい衝撃が走った。
王族の証──青い瞳。



キャスリン(心の声)
「この子……王族の血を引いている? 金髪に青い瞳……まさか……」

護衛の騎士が追いつき、息を切らせて説明する。

護衛
「お嬢様、その子は……カナタ殿下と、ルビー嬢の娘でございます」



キャスリンの手がカップの取っ手で止まる。

キャスリン(心の声)
「2歳……? 彼らが出会って、すぐの子?
……信じられない。
つまり、兄王子の廃嫡は必然。
ルビーは“最初からみんなを、裏切っていた”のね」



サファイアはにこにこと笑い、キャスリンの指を掴む。

サファイア
「おねえさま、ここにいてね。わたし、おねえさま好き!」

キャスリンは一瞬だけ表情を和らげ、少女の髪を撫でる。
しかし瞳の奥は鋭く光っていた。

キャスリン
「……ええ。きっと、ここにいるわ」



(サファイアの存在を報告)

──その日の夕刻、王宮内の小会議室。
アベルは書類に目を通していたが、キャスリンが入ってくるとすぐに顔を上げた。



アベル
「どうした、キャスリン。初日の王宮は落ち着けたか?」

キャスリン
「ええ、紅茶も本も用意されていたので、思ったより快適でしたわ。
──ただし、ひとつ、とんでもないものを見てしまいましたけれど」

アベルの眉がぴくりと動く。



キャスリン
「庭園で、かわいらしい女の子に出会いましたの。
金髪に、澄んだ青い瞳。名前は“サファイア”。……二歳くらいでしたわ」

アベル
「……っ!」



キャスリンは淡々と続ける。

キャスリン
「護衛の騎士が教えてくれました。あの子は──カナタ殿下とルビー嬢の娘だと」

会議室の空気が一瞬で凍りつく。
アベルは椅子から立ち上がり、信じられないというように机を叩いた。



アベル
「2歳……!? 兄上とルビーが出会ってから、まだ……2年だと言ってたが!」

キャスリン
「ええ。計算が合いませんわね。
つまり、ルビーは“入学最初から殿下と不貞を働いていた”ことになります。
兄上は出会ってすぐ子供を作られ、王家の名をさらに汚してたわけです」



アベルの瞳に怒りと衝撃が宿る。
しかしキャスリンはあくまで冷静に、紅茶をひと口すする。

キャスリン
「この事実が広まれば、カナタ殿下の廃嫡は誰にも覆せません。
むしろ……彼を庇う者は、もういなくなるでしょうね」



アベルは深く息を吐き、拳を握りしめた。

アベル
「……キャスリン。君がこの事実を知らせてくれたこと、感謝する。
これは国を立て直すための……最悪の証拠だ」



キャスリンは扇子で口元を隠し、淡い微笑を浮かべた。

キャスリン
「わたくしはただ、静かに暮らしたいだけですのよ。
でも──騒ぎを片付けるのに役立つなら、この情報も悪くありませんわ」


感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

【完結】さよなら、馬鹿な王太子殿下

花草青依
恋愛
ビーチェは恋人であるランベルト王太子の傍らで、彼の“婚約破棄宣言”を聞いていた。ランベルトの婚約者であるニナはあっさりと受け入れて去って行った。それを見て、上手く行ったと満足するビーチェ。しかし、彼女の目的はそれだけに留まらず、王宮の平和を大きく乱すものだった。 ■主人公は、いわゆる「悪役令嬢もの」の原作ヒロインのポジションの人です ■画像は生成AI (ChatGPT)

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

ようやく自由にしてくださって感謝いたします

一ノ瀬和葉
恋愛
華やかな舞踏会の夜、突然告げられた婚約破棄。 誰もが涙と屈辱を予想する中、令嬢の唇からこぼれたのは――思いがけない一言だった。 その瞬間から、運命は静かに、しかし決定的に動き出す。 ※ご都合です、小説家になろう様でも投稿しています。

私を捨てた婚約者へ――あなたのおかげで幸せです

阿里
恋愛
「役立たずは消えろ」 理不尽な理由で婚約を破棄された伯爵令嬢アンナ。 涙の底で彼女を救ったのは、かつて密かに想いを寄せてくれた完璧すぎる男性―― 名門貴族、セシル・グラスフィット。 美しさ、強さ、優しさ、すべてを兼ね備えた彼に愛され、 アンナはようやく本当の幸せを手に入れる。 そんな中、落ちぶれた元婚約者が復縁を迫ってくるけれど―― 心優しき令嬢が報われ、誰よりも愛される、ざまぁ&スカッと恋愛ファンタジー