『恋は、鏡の中のわたしを変えていく』あなたと踊るタンゴ

夢窓(ゆめまど)

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「騎士科のレオン先輩は、推しとして完璧です!」

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 アネットと同じ一般教養科に所属する、タニア・マクシールは、
 いま、人生でいちばん大切な使命に燃えていた。

「……ほら見てアネット! あれが騎士科のレオン先輩!
 いつも朝のストレッチ30分、訓練1時間、そして寡黙! 推せるわぁ……!」

 推しが尊い、と言わんばかりに手を合わせ、まるで祈るようなポーズ。
 アネットはそんなタニアを見て、少しだけ笑った。

「タニア様、先輩のこと……お好きなのですね」

「ええ。あの黒髪、あの瞳、凛とした横顔。そして一言も発さずに通り過ぎるあの感じ……」

 タニアの脳内では「尊さメーター」がうなぎ上りだった。

「それに、レオン先輩って、騎士科でも飛び抜けて成績がいいの。
 将来は騎士団確定って噂でね。しかも貴族じゃなくて、叩き上げよ? 努力型のリアル王子!」

「……すごい方なのですね」

 アネットはそう言いながら、今日の中庭での出来事をふと思い出す。
 彼の手の感触。まっすぐな言葉。あのまなざし。

(……あの方が、推し……? でも、あの人の言葉に、私は少し救われたような気がして……)

 気づかないふりをしていた何かが、胸の奥で小さく光る。

「それにねっ、アネット。今日の先輩、ストレッチのあと誰かと話してたのよ。
 ちょっとだけ……優しい顔してたの。珍しいのよ? 誰だったんだろう」

「……そ、そうですの」

(私、なのかもしれない……?)

 アネットの頬が、少しだけ染まった。
 タニアはそれに気づかないまま、嬉しそうに「推し布教」を続ける。

「でも先輩って、女子にまったく興味ないっぽいから、恋の相手って感じじゃないのよねぇ。
 私の推しは遠くで見ているのが最適距離。高貴な存在ってそういうものよ」

 アネットは、曖昧に微笑んだ。
 (私は……少し、違う想いが芽生えてしまったかもしれません)


「……恋って、なんですの?」

 誰に聞かせるでもなく、アネットはぽつりとつぶやいた。

 バルコニーから庭を見下ろすと、練習場から戻った騎士科の生徒たちが、汗を拭いながら談笑している。
 その中には、きっとレオンもいるのだろう。

 でも、あの姿を見ても、胸が苦しくなるわけでもない。
 ただ、何かが静かに波打つ。
 それは、これまで“恋”と呼んできたものとは、どこか違っていた。

「少なくとも、エリオットに対しての感情は、違いましたわね……」

 形式的に結ばれた婚約。
 舞踏会では手を取らず、入場してすぐに別行動。
 庭では見知らぬ令嬢と親しげに談笑し、そのまま帰った彼を、追いかける気にもなれなかった。

(あの方も……浮気の一つや二つ、していてもおかしくありませんわ)

 不思議と、悔しさも悲しさもなかった。

 ――むしろ。

「なんか事件でも起きて、婚約破棄にならないかしら」

 くすりと笑ってしまった自分に、驚いた。
 前なら泣いていたかもしれないのに。
 今は、どこか吹っ切れている。

(あの人に期待していたのは、恋じゃなくて――立場、だったのかもしれません)

 婚約者という肩書き。
 誰かに“選ばれている”という証明。
 けれど、その証明に、なんの価値があるというのだろう。

 今の私には、もっと確かなものがある。

 例えば、こっそり続けているストレッチや体幹トレーニング。
 正しい姿勢、柔らかくなる筋肉、そして気づけば心まで軽くなっていた。

 そして――
 図書館での言葉。
 レオンのあのまなざし。

 あれは“選ばれる”のではなく、“見られていた”のだと思う。

「……少しずつで、いいんですのよね」

 髪を結い直し、アネットは今日もまた、静かに前を向く。
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