『恋は、鏡の中のわたしを変えていく』あなたと踊るタンゴ

夢窓(ゆめまど)

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「私を“見ている”のは、あなただけ」

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 騒動から一日経った午後、アネットは学院の図書室でひとり、運動と栄養に関する書を読んでいた。

 そこへ、見慣れた影がすっと近づく。

「……また勉強してるんですね」

「レオン様……!」

 思わず立ち上がってしまった彼女に、レオンは小さく笑った。

「驚かせたなら、すみません」

「いえ、あの、わたくしのほうこそ……」

 息が苦しいのは、どうしてなのか。

 逃げるように本を閉じたそのとき、彼が言った。

「よければ、一緒にトレーニングしませんか?」

「……え?」

「基本的なストレッチや体幹を鍛える運動です。以前、僕がしていたのを、真似していましたよね」

「っ……見ていたのですか?」

 恥ずかしさと驚きで顔が熱くなる。

 あの日、誰もいないと思って庭でこっそりストレッチをしていたのに。

 レオンは、優しく言った。

「一生懸命な人を、見ていないわけがないでしょう」

 その言葉に、胸が詰まった。

(レオン様は、私を……“ちゃんと”見てくれている)

 誰にも期待されなかった。
 見た目を責められ、存在を忘れられ、飾りとして扱われてきた日々。

 でも今、目の前の人は、ただの“私”を見てくれている。

「……わたくし、そんなに大した者ではありませんのに」

「それは、あなたが決めることじゃありません。あなたは――努力してる」

 レオンの言葉は、やさしく、まっすぐだった。

 ――ああ、わたくし、この人の隣に並びたい。

「……よろしくお願いしますわ。ドレスのままでは無理ですけれど」

「動きやすい服装、探しましょう。僕にも、少し知識がありますから」

 そう言って差し出された手には、迷いも嘘もなかった。

 アネットは、そっと手を伸ばし、それを取った。

 これは、恋の始まり。

 でも――筋肉と心を育てる、長くて甘い、物語の続き。

ドレスの似合う体型って、なんでしょうか?

細いだけじゃ、だめ。ふわっとしているだけでも、足りない。
綺麗に立って、綺麗に笑える姿――それが、わたくしの目指す“新しい私”です。

* * *

「エリオット様との婚約、解消されたそうよ」

「まぁ……! 相手のご令嬢のご実家、ずいぶんとご立腹だったらしいわよ?」

学院内に広まる噂は、もはや留まるところを知らず。

エリオット様の浮ついた行動は、他家の令嬢との婚約破棄という形で、大きな問題となった。

結果、彼は廃嫡され、爵位継承権を剥奪され、一時遠方の田舎領へと送られたらしい。

驚いた? いえ、驚きませんわ。

あの人は、わたくしのことを見ていなかった。
浮気を咎めても「お前には関係ないだろう」と返された、あのときから。

そんな人に、わたくしの未来を預ける必要なんてなかったのです。

(わたくしは、変わる)

もう、「飾り」じゃない。誰かの“ついで”ではいられない。

* * *

「背筋、もう少し伸ばして。そう、そこ」

「……はいっ!」

レオン様と、今日も庭で軽いトレーニング。

ストレッチと姿勢矯正を中心に、無理なく、でもちゃんと効いている感覚がある。

(筋肉って……乙女心と一緒ね)

目には見えないところから、少しずつ育てて。
ちゃんと意識してあげないと、きちんと育ってくれない。

だから、毎日少しずつ、続けていく。

「姿勢が変わると、ドレスの着こなしも変わりますよ」

「……あら。じゃあわたくし、もっと素敵になれますわね?」

レオン様が、少し笑った気がした。

わたくしも、自然と笑っていた。

甘いものは、まだ完全には手放せない。
でも、体を整えれば、少しずつ食べても怖くなくなるって知った。

努力は、苦しいだけじゃない。

きっとその先に、もっと素敵な景色があるはずだから。

「……新しい私に、会いに行きましょう」

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