『恋は、鏡の中のわたしを変えていく』あなたと踊るタンゴ

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
18 / 21

「親たちの決断、恋のための家族会議」

しおりを挟む
応接室には、いつになく重たい空気が漂っていた。
アネットの両親が向かい合い、沈黙のまま紅茶が冷めていく。

 

父「……だが、レオン君は騎士科とはいえ、所詮は平民の家の出だ。娘の夫としては……なあ」

母「はぁ……あなた、いつの時代の人ですの?今の子はね、恋愛結婚ですのよ」

父「わかっている、わかっているが……あの子は公爵家の婚姻対象でもあるんだぞ?昨日、例のリジェール公爵家の次男からも、申し込みが来ている」

 

母が机をばんと叩いた。

母「問題はそこです!あの子の心が、誰にあるかを見ていない!」

父「……」

母「今のアネットを見て、彼女を変えたのが誰なのか、考えました?」

 

父は口をつぐみ、ゆっくりとため息をついた。

父「……レオン君、か。確かに……今のあの子は、以前の影のある令嬢じゃない。健康的で、よく笑う。まるで別人のようだ」

 

母「そうです。あの子は、恋をして、努力して、変わったんです。それを否定してはいけません!」

 

父「……だが、家格の問題は大きい。仮に婚約を認めたとしても、宮廷で笑い者になる可能性だって――」

 

母「なら、いい方法がありますわ」

父「……?」

母「私の兄、覚えてます?南方領で伯爵家を継いでるでしょう。子どもがいないのよ。レオン君をあの家の養子に迎えればいいんです!」

父「……えっ、それは……本気か?」

 

母は優雅に微笑んだ。

母「本気ですわ。もともと兄も、“きちんとした若者がいれば後継にしたい”って言ってましたし、レオン君なら礼儀もあるし申し分ないですもの」

 

父は、数秒の沈黙のあと、ぱんと手を打った。

父「それだ!!……いや、なぜ気づかなかった!」

 

母、じっと見つめる。

母「……あなた、ほんとに思いついてませんでしたの?」

 

父、きまり悪そうにうつむく。

父「……いや、まあ、その……」

 

母「まったく、私がいなきゃどうなるのかしら、この家は」

 

父「はは、ははは……」

 

母「それと、レオン君に伝える時は、さりげなく“栄誉ですわよ”って言ってくださいね。驚かせちゃダメですの」

 

父「了解した」

レオンは、アネットの父――侯爵に呼び出されて、書斎へと足を運んだ。
いつも威厳のある男が、今日は少しだけ柔らかい表情で迎えてくれる。

 

侯爵「よく来てくれたな、レオン君」

レオン「はい。お話があると伺って……」

 

侯爵は深く息を吐き、一枚の手紙を机に置いた。
それは南方領・エスタン伯爵家の主からの書状だった。

 

侯爵「実は、私の義兄――妻の兄にあたる人物が、後継ぎを探していてな」

 

レオン「……後継ぎ……ですか?」

 

侯爵「うむ。そして私は君を推薦した。成績も優秀、礼儀も正しく、今や騎士団で認められつつある男だ。何より――娘が君を愛している」

 

レオンは、思わず息を呑んだ。

 

侯爵「……身分の差は、大きな壁だ。しかし、それを越える方法があるなら、私は越えたい。君も……そうだろう?」

 

レオン「……はい。越えたいです。アネット様のためなら、どんな努力も惜しみません!」

 

侯爵はゆっくりと頷いた。

 

侯爵「では、これは娘と君のための提案だ。君がエスタン伯の養子となること。それで、君は正式に娘の伴侶となれる」

 

レオンは、一瞬だけ瞳を見開いたが――すぐに深く頭を下げた。

 

レオン「ありがとうございます。……心より、感謝いたします。そして、必ずアネット様を幸せにします!」

 

侯爵「そうしてくれ。そして、領地経営の勉強も今から始めてくれ。君は騎士科でも成績がよかった。きっと、できる」

 

レオン「はい、努力いたします!」

 

一度深く頭を下げ、レオンは顔を上げる。
頬が紅潮していた。

 

レオン「……あの、侯爵様。お許しいただけるなら、すぐにでも――アネット様に、プロポーズさせていただきたいのですが!」

 

侯爵は笑った。

 

侯爵「ふふ、それはもう、早い方がいいな。娘はとっくに覚悟を決めているようだ。……君も、立派な男だよ。頼むぞ」

 

レオン「はいっ!」

 

少年のような笑顔で、レオンは背筋を伸ばした。
その瞳には、まっすぐな決意の光が宿っていた。

「やったああああああああ!!」

 

中庭に、思い切りいい声が響き渡った。
振り返ったアネットの目に飛び込んできたのは、満面の笑顔でこちらへ走ってくるレオンの姿。

 

「……なにか、ありましたの? そんなに大きな声を出して」

 

アネットが呆れ半分で問いかけると、レオンは目の前まで来たところで、勢いよく膝をついた。
ぜえぜえと息を切らしながら、深呼吸して――まっすぐに、彼女を見上げる。

 

「アネット様……いえ、アネット」

「はい?」

 

「お願いがあります」

「……はい?」

 

「私はあなたを、終生のパートナーと決めております。ずっと、ずっと前から。どうか、この気持ちを受け止めていただけませんか?」

 

アネットは目をぱちぱちさせて、しばらく固まっていた。

 

「……あの。もしわたくしが、公爵令嬢でなくなっても、平民になっても」

「えっ」

「それでも、あなたについて行きたいと思っておりましたが」

 

「はい、結婚してください!」

 

「もちろんです。はい、です」

 

言いながら、アネットの頬は真っ赤になっていた。
それでも、しっかりとレオンの手を取り、ぎゅっと握り返す。

 

「……ふふ。そんなに大声出さなくても、ちゃんと聞こえておりますのに」

「いや、あの、つい……嬉しすぎて」

 

立ち上がったレオンは、まだ頬を染めながらも、何度も「やった!」と小声で呟いていた。

 

「次は……指輪ですね」

「え?」

「いや、その、ちゃんと準備してから、正式にプロポーズするつもりだったんですけど……感情が先に出ちゃいました」

「じゃあ次のプロポーズも、楽しみにしてますわ」

 

その笑顔に、レオンはまた「やった……!」と囁く。

――こうして、ふたりの恋は本当に実を結んだのだった。

「窓辺のふたり、祝福のまなざし」

 

「あら……始まったみたいよ」

 

広間の窓辺で、母はカーテンの陰からそっと外を覗いた。中庭では、レオンが勢いよくアネットのもとへ走っていくところだった。

 

「ふふ、あれは叫び声かしら? やった、って聞こえたけれど」

「……全く、若いってのはいいもんだな」

 

父は腕を組んで、静かに頷く。少し照れくさそうな、けれどどこか誇らしげな横顔だった。

 

「まぁ、娘に嫌われずに済んだよ。……本当に、良かった」

 

母はそっと彼の手に自分の手を重ねた。

 

「今日は、レオン君が主役ですけど――」

「ん?」

「本当の主役は、あなたですわ。私にとっては」

 

父は、思わず息を呑んで母を見る。いつもの調子でさらりと言う妻のその目が、ほんの少し潤んでいるように見えた。

 

「……なに言ってんだ」

「ふふっ、嬉しいときぐらい、言わせてくださいな」

 

ふたりはしばらく窓から目を離さず、寄り添うようにして静かに見守っていた。中庭で抱き合う娘と青年の姿を、幸せそうに――まるで、何年か前の自分たちを思い出すように。

 

そして母は小さく囁く。

 

「幸せになりなさい、アネット。……今度は、あなたの番よ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

新たな物語はあなたと共に

mahiro
恋愛
婚約破棄と共に断罪を言い渡され、私は18歳という若さでこの世を去った筈だったのに、目を覚ますと私の婚約者を奪った女に成り代わっていた。 何故こんなことになったのか、これは何の罰なのかと思いながら今まで味わったことのない平民の生活を送ることとなった。 それから数年が経過し、特待生として以前通っていた学園へと入学が決まった。 そこには過去存在していた私の姿と私を断罪した婚約者の姿があったのだった。

平手打ちされたので、婚約破棄宣言に拳でお答えしました

Megumi
恋愛
婚約破棄を告げられ、婚約者に平手打ちされた——その瞬間。 伯爵令嬢イヴの拳が炸裂した。 理不尽に耐える淑女の時代は、もう終わり。 これは“我慢しない令嬢”が、これまでの常識を覆す話。

公爵令嬢は運命の相手を間違える

あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。 だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。 アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。 だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。 今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。 そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。 そんな感じのお話です。

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。

黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、 妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。 ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。 だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。 新たに当主となった継子は言う。 外へ出れば君は利用され奪われる、と。 それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、 私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。 短いお話です。

[異世界恋愛短編集]私のせいではありません。諦めて、本音トークごと私を受け入れてください

石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。 面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。 そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。 どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。 この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。

処理中です...