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「ステップに込めた約束」
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王宮の舞踏ホールは、まばゆい光と人々のざわめきに包まれていた。
けれど、レオンと私が手を取り、ゆったりとホールの中央へ進み始めると、空気が少しずつ変わっていく。
金と赤に彩られたドレスが、足元でやわらかに揺れる。
レオンの黒い軍礼装とお揃いの薔薇の飾りが、私たちをひとつに見せていた。
ふたりで中央に立ち、静かにポーズを取る。
その瞬間――
♩♩♩
タンゴの情熱的な旋律が、空間を切り裂くように鳴り響いた。
一歩。
そしてもう一歩。
レオンの力強いリードに合わせて、私は舞台の上を滑るように動き出す。
ターン、ステップ、回転。
互いに息を合わせて――
「せーのっ」
思わず心の中で声を合わせるように、ふたりは大きく回り続ける。
靴音がホールに響きわたった。
カッ、カッ、カッ――
その音に、人々の視線が一点に集中する。
「すごい……」
「前よりずっと……進歩してる……!」
観客席のあちこちから、小さな感嘆の声が漏れる。
私も、レオンも、踊ることに夢中だった。
もう“見せる”ためのダンスではなく、“心を通わせる”ためのダンスになっていた。
レオンの手のひらが、しっかりと私の背中を支えてくれている。
そのぬくもりに、私は安心して身を委ねることができた。
(この人となら、どこまでも踊っていける)
そう思えたとき、私はほんの少し、未来の自分を信じることができたのだった。
音楽がクライマックスへと近づく。
レオンの手が、そっと私の腰を支えた瞬間――
「いきますよ」
「……はいっ」
言葉を交わしたのは一瞬だった。
次の瞬間、私の体がふわりと宙を舞った。
リフト。
レオンの腕の中で、私は軽やかに持ち上げられ、足先まで神経を張ってポーズを決める。
照明の光が、赤と黒のドレスに反射して、まるで薔薇が舞い上がったようだった。
観客たちは、息を呑んだまま、見守っている。
──静寂。
そして、私がそっと床に降ろされると、音楽は静かに終わりを告げた。
ふたり、視線を合わせ、微笑み合う。
(やりきった……)
私たちは息を整え、ホールの正面へ向き直る。
王と王妃が並ぶ玉座へ、深く一礼。
すると──
「ブラボーッ!」
「なんて素晴らしい踊りだ!」
「美しい……!」
拍手が嵐のように巻き起こった。
ドレスの裾が揺れるほど、強く、大きな歓声とともに、ホール中が総立ちになっていた。
レオンがそっと手を取って、もう一度、私にだけ聞こえる声でささやいた。
「アネット様、今日のあなたは……世界一、輝いていました」
その言葉に、私はほんの少し、目に汗を感じたけれど――
泣いたりなんて、していない。
ただ、少し、夢を見ていただけ。
でも、これが現実なら。
私は、きっとこれからも、変わっていける。
この人となら、もっと――。
嵐のような拍手の中、王妃さまがゆっくりと立ち上がった。
「まあ……あのステップの正確さ、美しさ。これほど気品と情熱が同居するダンス、久しく見ておりませんわ」
彼女は柔らかく笑い、アネットへとまっすぐ視線を向ける。
「貴女、今夜は本当に見事でした。レオン殿も、よくぞ鍛錬なさいましたね」
続いて王さまが口を開く。
彼はやや大柄な体を揺らし、低く笑った。
「ふむ。まことに華やかな一幕。騎士団所属とはいえ、あのリフトは軽業師顔負けではないか。若者の心意気、良し!」
会場がどっと湧いた。
宮廷の高官たちも、口々に賛辞を贈る。
「今夜の主役は、あのふたりで決まりですな」
「彼女……まさか、あのアネット嬢?ずいぶん変わりましたね」
「努力というものが、あそこまで花開くとは……」
中には羨望混じりのため息や、焦る若者の声もあった。
「……あの騎士、名前を覚えておかねばな」
一方で、会場の端からは控えめな拍手が。
アネットの家族――母、妹、そして兄たち。
特に兄は、目を細めて拍手しながら、そっと呟いた。
「もう、俺の知らない顔になったな……いい意味で」
母も珍しく、誇らしげにうなずいていた。
「顔つきが違う……あれは、本当にうちの娘なのかしら」
妹は悔しそうに呟いたが、どこか羨望もあった。
「……くやしい。私より、きれいじゃない……でも、すごい」
⸻
その夜――
パーティーの喧騒が過ぎたあと、ふたりは中庭のベンチに並んで座っていた。
空には、満月が浮かんでいる。
「……ねえ、レオン様」
「はい?」
「わたしたち、今日……ちゃんと、見てもらえましたね」
「はい。もう、誰にも隠すつもりはありません」
沈黙。
けれど、優しい静けさ。
「……レオン様」
「はい」
「……もう一度、踊りませんか?」
ドレスの裾が月明かりで揺れた。
音楽はないけれど、ふたりの心が奏でるリズムで、そっとステップを踏み始める。
その夜、私たちは――
十分に、幸せを堪能した。
けれど、レオンと私が手を取り、ゆったりとホールの中央へ進み始めると、空気が少しずつ変わっていく。
金と赤に彩られたドレスが、足元でやわらかに揺れる。
レオンの黒い軍礼装とお揃いの薔薇の飾りが、私たちをひとつに見せていた。
ふたりで中央に立ち、静かにポーズを取る。
その瞬間――
♩♩♩
タンゴの情熱的な旋律が、空間を切り裂くように鳴り響いた。
一歩。
そしてもう一歩。
レオンの力強いリードに合わせて、私は舞台の上を滑るように動き出す。
ターン、ステップ、回転。
互いに息を合わせて――
「せーのっ」
思わず心の中で声を合わせるように、ふたりは大きく回り続ける。
靴音がホールに響きわたった。
カッ、カッ、カッ――
その音に、人々の視線が一点に集中する。
「すごい……」
「前よりずっと……進歩してる……!」
観客席のあちこちから、小さな感嘆の声が漏れる。
私も、レオンも、踊ることに夢中だった。
もう“見せる”ためのダンスではなく、“心を通わせる”ためのダンスになっていた。
レオンの手のひらが、しっかりと私の背中を支えてくれている。
そのぬくもりに、私は安心して身を委ねることができた。
(この人となら、どこまでも踊っていける)
そう思えたとき、私はほんの少し、未来の自分を信じることができたのだった。
音楽がクライマックスへと近づく。
レオンの手が、そっと私の腰を支えた瞬間――
「いきますよ」
「……はいっ」
言葉を交わしたのは一瞬だった。
次の瞬間、私の体がふわりと宙を舞った。
リフト。
レオンの腕の中で、私は軽やかに持ち上げられ、足先まで神経を張ってポーズを決める。
照明の光が、赤と黒のドレスに反射して、まるで薔薇が舞い上がったようだった。
観客たちは、息を呑んだまま、見守っている。
──静寂。
そして、私がそっと床に降ろされると、音楽は静かに終わりを告げた。
ふたり、視線を合わせ、微笑み合う。
(やりきった……)
私たちは息を整え、ホールの正面へ向き直る。
王と王妃が並ぶ玉座へ、深く一礼。
すると──
「ブラボーッ!」
「なんて素晴らしい踊りだ!」
「美しい……!」
拍手が嵐のように巻き起こった。
ドレスの裾が揺れるほど、強く、大きな歓声とともに、ホール中が総立ちになっていた。
レオンがそっと手を取って、もう一度、私にだけ聞こえる声でささやいた。
「アネット様、今日のあなたは……世界一、輝いていました」
その言葉に、私はほんの少し、目に汗を感じたけれど――
泣いたりなんて、していない。
ただ、少し、夢を見ていただけ。
でも、これが現実なら。
私は、きっとこれからも、変わっていける。
この人となら、もっと――。
嵐のような拍手の中、王妃さまがゆっくりと立ち上がった。
「まあ……あのステップの正確さ、美しさ。これほど気品と情熱が同居するダンス、久しく見ておりませんわ」
彼女は柔らかく笑い、アネットへとまっすぐ視線を向ける。
「貴女、今夜は本当に見事でした。レオン殿も、よくぞ鍛錬なさいましたね」
続いて王さまが口を開く。
彼はやや大柄な体を揺らし、低く笑った。
「ふむ。まことに華やかな一幕。騎士団所属とはいえ、あのリフトは軽業師顔負けではないか。若者の心意気、良し!」
会場がどっと湧いた。
宮廷の高官たちも、口々に賛辞を贈る。
「今夜の主役は、あのふたりで決まりですな」
「彼女……まさか、あのアネット嬢?ずいぶん変わりましたね」
「努力というものが、あそこまで花開くとは……」
中には羨望混じりのため息や、焦る若者の声もあった。
「……あの騎士、名前を覚えておかねばな」
一方で、会場の端からは控えめな拍手が。
アネットの家族――母、妹、そして兄たち。
特に兄は、目を細めて拍手しながら、そっと呟いた。
「もう、俺の知らない顔になったな……いい意味で」
母も珍しく、誇らしげにうなずいていた。
「顔つきが違う……あれは、本当にうちの娘なのかしら」
妹は悔しそうに呟いたが、どこか羨望もあった。
「……くやしい。私より、きれいじゃない……でも、すごい」
⸻
その夜――
パーティーの喧騒が過ぎたあと、ふたりは中庭のベンチに並んで座っていた。
空には、満月が浮かんでいる。
「……ねえ、レオン様」
「はい?」
「わたしたち、今日……ちゃんと、見てもらえましたね」
「はい。もう、誰にも隠すつもりはありません」
沈黙。
けれど、優しい静けさ。
「……レオン様」
「はい」
「……もう一度、踊りませんか?」
ドレスの裾が月明かりで揺れた。
音楽はないけれど、ふたりの心が奏でるリズムで、そっとステップを踏み始める。
その夜、私たちは――
十分に、幸せを堪能した。
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