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風のワルツと、薔薇の誓い
しおりを挟む「……本当に大丈夫? このドレス、20キロあるらしいのよ」
舞台袖でアネットが小声でぼやく。
ドレスの裾はまるで宝石の滝。腰のあたりから下には、薔薇をかたどった宝石がぎっしり詰められ、光の反射で虹ができそうなほどキラキラしていた。
「ぐるぐる回転したらハンマー投げよ、これ」
「ふふ、大丈夫。俺の腕、信用してない?」
レオンはいたずらっぽく笑って、アネットの手をそっと握りしめた。
「君は、俺だけ見ていればいい。絶対に支えるから」
その言葉に、アネットの表情がふっと和らぐ。
(……ほんとにもう、どうしてそういう時だけかっこいいの)
「そろそろホールへ向かいなさいな」
背後から声をかけたのは母親だった。
華やかなドレスを着た彼女は、口元に笑みを浮かべている。
「行ってらっしゃい。私の、世界一の娘と、その旦那様へ」
大きな扉の向こう、王宮のホールには王や貴族、各国の使節たちが集っていた。
2人が姿を現すと、ざわめきが一瞬で静まり、次の瞬間、大きな拍手が巻き起こる。
(わぁ……)
アネットは息を呑んだ。眩しい光の中で、レオンの手をぎゅっと握り返す。
「いきますか、僕たちの“風のワルツ”」
「ええ。……優雅にね。ハンマー投げじゃないわよ」
「心得てます」
音楽が流れる。
ふたりはゆっくりとホールの中央へ歩き出す。
ドレスの裾がふわりと揺れ、宝石の薔薇が光を受けてきらめいた。
一歩、また一歩。
軽やかなステップ。
そして旋回――。
レオンがアネットを支えながら、大きく回る。
ドレスの重さを感じさせないその動きに、観客の誰もが息を呑んだ。
「綺麗……」
「なんて優雅なの……」
「風が薔薇を舞わせているみたい……!」
アネットのドレスが、風にのって咲き誇る薔薇のようにホールを彩る。
レオンの確かなリードに乗って、彼女は空を舞うように踊る。
宝石のきらめきも、音楽も、観客の視線も、もう気にならない。
ただ――
「あなたが、いるから」
「君が、信じてくれるから」
二人のステップが一つに重なり、フィニッシュ。
レオンがアネットを軽やかに抱き上げ、最後のポーズを決めた瞬間――
ホールは嵐のような拍手と歓声に包まれた。
祝福の拍手が鳴り止んだ頃、王が軽く手を上げると、ホールが静けさを取り戻した。
「立派な舞であった。勇敢なる騎士レオン・ウィスタリアと、その伴侶アネット嬢に、王宮より改めて祝福を贈ろう」
王の言葉に、再び拍手が起きる。
レオンはアネットの手を取り、壇上へと進み出る。そして、緊張した面持ちでマイクの前に立った。
「皆さま、ありがとうございます」
礼装姿のレオンが、まっすぐに観客を見つめて続ける。
「私は……もともと貴族の出でも、英雄の子でもありません。ただ、武を磨き、まっすぐに前を見てきただけの男です」
会場が静まり返る。
「ですが、そんな私にも、支えてくれる人が現れました。彼女はいつも努力して、前に進む人です。私は、その姿に、何度も心を動かされました」
隣に立つアネットが、少しだけうつむく。頬が、赤く染まっている。
「これからの人生、私は彼女を守り、共に生きていく覚悟です。どうか、皆さまにも見守っていただければ、幸いです」
深く頭を下げると、温かな拍手が広がった。
⸻
その夜、別室の晩餐会。
煌びやかな食卓に、選ばれた者たちが集う中──
「レオン様、アネット様、お席はこちらへどうぞ」
用意された席に腰を下ろすと、目の前には見慣れた料理の名があった。
「……これ、まさか」
「ふふ、はい。“塩ハーブの鶏肉焼き”に、“かぼちゃのグラタン”、そして“いちごのタルト”。ぜんぶ……わたしが練習してた、アレ」
アネットがこっそりと、家庭用レシピで王宮用に仕上げた品々。
レオンは、感激したように小さく笑った。
「うまいな、相変わらず」
「そう? そりゃあ、あなたを喜ばせたいですもの」
そしてその夜、誰よりも幸せそうに笑っていたのは、
“新妻アネット”を抱き寄せたレオンであり、
“娘の幸せ”に目を細める父と母であり、
そして、夢にまで見たその光景を、胸に焼き付けたアネット自身だった。
──「これが、わたしの選んだ人生。恋して、努力して、つかんだ未来」
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