壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)

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壊れていくもの

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「なんで……私の部屋、荒らされてるの?」

遙の声は低く、抑えているのに、
部屋の空気がきしんだ。

「あなたの姪っ子……しつけ、なってないんですけど」

振り返った俺は、何も言えなかった。
床に散らばった紙、倒れた箱、
粉々に割れた器の欠片がひとつ。

「ひどいな」
そう言う俺の声が、
他人事みたいに響いた。

遙が息を吸う。
言葉の前に沈黙が落ちた。

「そりゃ、そうかもしれないけど……」
自分でも何を言いたいのかわからなかった。
「まだ子供だし」

その言葉が、
部屋の中で乾いた音を立てて落ちた。


遙は何も言わなかった。
立ったまま、視線だけで部屋を見渡す。
床の上、崩れた布のしわ、
光の中に落ちている細かい土の粒。

その一つひとつを見つめるように、
指先で拾い上げ、
そっと掌の上に乗せた。

俺は声をかけようとして、やめた。
言葉を探しても、
何を言っても軽くなる気がした。

カーテンの隙間から、夕方の風が入ってきた。
遙の髪が少し揺れる。
その揺れの音だけが、
部屋の中で長く続いた。



遙が、棚の前で立ち止まった。

「……あれ?」

小さくつぶやいて、指先で棚の上をなぞる。
その手が止まる。

「ここに置いてた茶碗が、ない」

声のトーンが少しだけ変わった。
俺は、振り向けなかった。

「……あのコンテストに出して、新人賞もらったやつ」

沈黙。
呼吸の音だけが聞こえる。

「まさか、割った?」

俺は息を吸い込んで、
ゆっくり吐いた。
そのまま黙っていたら、
遙の視線がこちらに向いた。

「陽一、知ってるよね」

名を呼ばれた瞬間、
背中のあたりで、何かが重く沈んだ。


「コンテスト? 新人賞? あれが?」

言ってから、喉が乾いた。

「……そうだっけ?」

遙は何も返さない。
部屋の空気が、ひやっと冷たくなった気がした。

心臓が、きゅーっと縮む。
言葉より先に、罪悪感の音がした。

「……遙」 

彼女はゆっくりと顔を上げた。
「あなたは、知ってるのよね。どこにあるか」

俺は、喉の奥がひりついた。
言葉を選ぶ時間が、もうなかった。

「……姪が欲しいって言うから、持って帰らせた」

遙の表情が、固まった。

「はあ? 信じられない」

声が震えた。
床の上の欠片が、小さく転がる音がした。

「……ごめん。そんな大切なものと思わなかった」

その瞬間、
遙の瞳が光った。

「……ごめん。出て行ってくれる?」

静かに、けれど確かに。
涙の音も、息の音も、
全部、耳に刺さった。

遙は泣きながら、俺を部屋から追い出した。

俺は、やばいと思った。
あわてて母に電話をかけた。
あの茶碗を返してもらうように、言おうと思った。

けれど、受話器の向こうから返ってきたのは、信じられない言葉だった。

「あの茶碗、割れたらしいの。
あの子、泣いてるから、もう一個作ってもらいたいのよ。
子供って、振り回すじゃない。
それで割れて泣いてるらしいの」

母は、軽い調子で続けた。

「遙さんに言ってくれる?
私、ラインしてもいいかな?」

……言葉が出なかった。
ただ、信じられない言葉が返ってきた。


電話を切ったあと、
俺はしばらく、手の中のスマホを見つめていた。

どうすればいいのか、わからなかった。

謝る?
違う。
それでは、すまないことくらい――もう、わかっていた。

胸の奥が、じわじわと冷たくなっていく。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いた。




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