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壊れたものは、壊れたもの
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陽一は思った。
――もう、取り返しがつかないかもしれない。
そのとき、父親が口を開いた。
「結婚して一か月で離婚か。
まあ、それぐらいかな。持ったほうだ」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
「……持ったほうって、なんだよ」
自分の声が、少し上ずった。
驚きと、何か別の感情が混ざっていた。
父は煙を吐きながら、
「いや、うちの家族、みんな無神経だから」
とだけ言った。
その煙が、ゆっくりと天井に消えていった。
父親は、少し間を置いてから言った。
「結婚式の打ち合わせのときも、ウエディングドレス、母さんがついて行って、自分のドレス選んでただろ」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「遙さんと係の人が顔を見合わせてたけど……お前は気づいてなかったよ」
タバコの火が小さく光っていた。
父は、煙の向こうで目を細める。
「いろんなこと、母さんはやらかしてた。
だけど、お前は、気づいてなかった」
その声には、怒りでも嘲りでもなく、
ただ、諦めのような静けさがあった。
「結婚したら別居だから、大丈夫かと、私も思ってたんだがな」
沈黙が落ちた。
その沈黙の中に、
いまさらどうにもならないものだけが、はっきりとあった。
父がまた、タバコをくわえた。
「まぁ、母さんは無神経で、ずうずうしい」
灰が静かに落ちる。
「だけど、それを言うと母さんは、逆上するからな。
邪魔くさいし、ほっておいた」
少し笑って、灰皿を見た。
「まさか、いつもやらかしてるから、悪いと思ってなかったのかもな」
煙がゆっくりと漂う。
父は目を細めて、
「……まぁ、お前も、やらかしてたんだな」
とだけ言った。
言葉の後に、長い沈黙。
タバコの火だけが、かすかに赤く光っていた。
父が低く言った。
「お前は、自分のやらかしたことを反省するんだな」
その言葉のあと、
父が低く、声を出した。
「離婚届、今なら傷も浅いから、書いて送っときなさい」
俺は顔を上げた。
「……なんで?」
母は、まるで雑談のように続けた。
「結婚して一か月で、お嫁さんに逃げられたって、私もお友達に言えないわよ」
少し笑って、僕の方を見た。
「陽一も、会社に言えないわよね?」
頭の中が真っ白になった。
「会社……? 一か月で離婚? 言えるわけ、ないだろ」
言ったあとで、
誰も笑わなかった。
父が灰皿にタバコを押しつけた。
「弁護士を頼むってことは、会いたくないってことだ」
淡々とした口調だった。
「このまま調停したり、裁判するにも、弁護士費用がかかる。
それが、お前持ちになる。
弁護士って、離婚届をもらうまでの費用は、
遙さんが払ってるかもしれんが、
それ以上、交渉したければ、お前持ちだ」
父は腕を組んだ。
「お前が弁護士を雇っても、すべてお前持ちになる可能性がある」
煙の代わりに、
冷たい現実の匂いが漂った。
「まず、持ち帰った茶碗がないなら、誰も弁護受けないさ」
少し間を置いて、
「……茶碗があっても、しないだろうけどな」
その言葉に、陽一は何も返せなかった。
「大袈裟ね。帰ってくるわよ」
母は、まるで天気の話でもするように言った。
俺は、母を見つめた。
――ごめんなさいも、反省も、ない。
遙が悪いと思っている。
遙が謝れば、すべて済むと思っている。
別世界の人間かと思った。
……いままで、母の言うことを聞いていた俺が悪いのか?
マザコンか? 俺?
その問いが、頭の中で何度も反響した。
返事は、どこにもなかった。
――もう、取り返しがつかないかもしれない。
そのとき、父親が口を開いた。
「結婚して一か月で離婚か。
まあ、それぐらいかな。持ったほうだ」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
「……持ったほうって、なんだよ」
自分の声が、少し上ずった。
驚きと、何か別の感情が混ざっていた。
父は煙を吐きながら、
「いや、うちの家族、みんな無神経だから」
とだけ言った。
その煙が、ゆっくりと天井に消えていった。
父親は、少し間を置いてから言った。
「結婚式の打ち合わせのときも、ウエディングドレス、母さんがついて行って、自分のドレス選んでただろ」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「遙さんと係の人が顔を見合わせてたけど……お前は気づいてなかったよ」
タバコの火が小さく光っていた。
父は、煙の向こうで目を細める。
「いろんなこと、母さんはやらかしてた。
だけど、お前は、気づいてなかった」
その声には、怒りでも嘲りでもなく、
ただ、諦めのような静けさがあった。
「結婚したら別居だから、大丈夫かと、私も思ってたんだがな」
沈黙が落ちた。
その沈黙の中に、
いまさらどうにもならないものだけが、はっきりとあった。
父がまた、タバコをくわえた。
「まぁ、母さんは無神経で、ずうずうしい」
灰が静かに落ちる。
「だけど、それを言うと母さんは、逆上するからな。
邪魔くさいし、ほっておいた」
少し笑って、灰皿を見た。
「まさか、いつもやらかしてるから、悪いと思ってなかったのかもな」
煙がゆっくりと漂う。
父は目を細めて、
「……まぁ、お前も、やらかしてたんだな」
とだけ言った。
言葉の後に、長い沈黙。
タバコの火だけが、かすかに赤く光っていた。
父が低く言った。
「お前は、自分のやらかしたことを反省するんだな」
その言葉のあと、
父が低く、声を出した。
「離婚届、今なら傷も浅いから、書いて送っときなさい」
俺は顔を上げた。
「……なんで?」
母は、まるで雑談のように続けた。
「結婚して一か月で、お嫁さんに逃げられたって、私もお友達に言えないわよ」
少し笑って、僕の方を見た。
「陽一も、会社に言えないわよね?」
頭の中が真っ白になった。
「会社……? 一か月で離婚? 言えるわけ、ないだろ」
言ったあとで、
誰も笑わなかった。
父が灰皿にタバコを押しつけた。
「弁護士を頼むってことは、会いたくないってことだ」
淡々とした口調だった。
「このまま調停したり、裁判するにも、弁護士費用がかかる。
それが、お前持ちになる。
弁護士って、離婚届をもらうまでの費用は、
遙さんが払ってるかもしれんが、
それ以上、交渉したければ、お前持ちだ」
父は腕を組んだ。
「お前が弁護士を雇っても、すべてお前持ちになる可能性がある」
煙の代わりに、
冷たい現実の匂いが漂った。
「まず、持ち帰った茶碗がないなら、誰も弁護受けないさ」
少し間を置いて、
「……茶碗があっても、しないだろうけどな」
その言葉に、陽一は何も返せなかった。
「大袈裟ね。帰ってくるわよ」
母は、まるで天気の話でもするように言った。
俺は、母を見つめた。
――ごめんなさいも、反省も、ない。
遙が悪いと思っている。
遙が謝れば、すべて済むと思っている。
別世界の人間かと思った。
……いままで、母の言うことを聞いていた俺が悪いのか?
マザコンか? 俺?
その問いが、頭の中で何度も反響した。
返事は、どこにもなかった。
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