壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)

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それから

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ある日、雑誌で、遙を見た。

陶芸家のご主人と、遙と、子供たち。
柔らかい笑顔で写っていた。

上の子は――俺にそっくりだった。

間違いなく、俺の子だと思った。
でも、今さらだよな。

遙は、今、旦那さんの工房で絵付けと陶芸の講師をしているらしい。

写真の中の遙は、穏やかに笑っていた。
まわりには、小さな子供が三人。
そのうちのひとりが、俺に似ていた。

ゆったりとした時間の中で、
自分の好きなことをして、家族と暮らしている。

幸せそうで、よかった。

それだけで、もう十分だった。


そして、いま俺は、海外勤務。
左遷、という言葉が合っているかもしれない。

「独身貴族は僻地の海外へ送れ」――
会社の冗談みたいな規定どおりに、
俺も送られた。

母と姉から、ときどき金の催促がくるが
無視している。
それでも、もう彼女たちに、怒りは湧かなかった。

女2人の生活、
がめついおばはんと、買い物依存症の姉。
関わったら、終わりだと思う。
そういう意味では、僻地の海外でよかった。
 有名観光地なら、あの2人は、追いかけてくるだろう。


夜の街の灯りを見ながら、
ふと思う。

――海外で、誰かいい人に出会えないかな。

まだ、あきらめきれない俺がいる。





人は、何かを失ってからじゃないと、
自分が何をしていたか、気づけないのかもしれない。

俺も、そうだった。
母の声の中で育ち、
それが「普通」だと思っていた。

壊れた茶碗のように、
元には戻らないものがある。
けれど――
その破片を見つめることでしか、
人は変われないのかもしれない。

俺は今日も、遠い国で、
夜空の下、土の匂いのしない風を吸っている。

手の中には、もう何もない。
それでも、
手を伸ばすことをやめなかった。

夜、風の音を聞きながら思う。


――あのとき、茶碗の割れる音は聞いていない。

たぶん、聞こうともしなかったんだ。
何かが壊れる瞬間に、
いつも耳を塞いできた。

遙の声も、
父のため息も、
母の怒鳴り声も。

全部、俺には遠い音だった。

壊れていく音を聞きながら、
人はようやく、
自分が生きてきた音を知るのかもしれない。



最終章 静かな春のはじまり

俺がようやく結婚できたのは、四十歳の少し前だった。
相手は、同じ職場の女性。
「オールドミス」と呼ばれていたが、そんな言葉は似合わない、落ち着いた人だった。

お互い、遅い結婚だった。
彼女は長く、親の介護をしていたという。
だから、少しだけ他人の痛みに敏感だ。

やっと、自分の暮らしができる。
誰にも邪魔されない、静かな時間。

「お互いに思いやる家庭なら、それでいいさ」
そう言うと、彼女は小さく笑った。
その笑い声が、どこか懐かしくて、
壊れてしまった日々の遠い記憶を、そっと包み込んでいった。

母には、まだ何も言っていない。
合わせるつもりもない。

ただ、もう——あの生活を、繰り返さないように。

そう言ったら、彼女は、くすくす笑った。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この物語は、誰の家にもありそうな「小さな歪み」から生まれました。
壊れる音は突然ですが、静けさの中にも再生はあります。
陽一も遙も、それぞれの場所で新しい時間を生きていきます。

今回は、陽一サイドの話ですが、
次からは、遙サイドの話になります。
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