壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)

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父親、母親を見捨てる。

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俺は、離婚届を出しに、弁護士事務所へ行った。
慰謝料も、少し払った。
弁護士には、
「遙さんに――すまなかったと伝えてください」
それだけを頼んだ。

もう関わらない。
幸せに、生きてほしい。

言葉にした途端、
胸の奥が空洞みたいに冷たくなった。

……辛かった。


実家に帰って、
離婚のことを告げた。

父は、そうか、とだけ言って、
タバコに火をつけた。

母は、すぐに口を開いた。
「私のせい? 違うわよねー?
遙さんのわがままよね」

その瞬間、父の声が響いた。

「うるさい!」

部屋の空気が、ぴたりと止まった。

「俺もお前に我慢してたが、今回は我慢できない。
……俺も出て行く、田舎に帰る」

母が、ぽかんとした顔で言った。
「えー、あの田舎? 何もないじゃない。私、嫌よ」

父は、静かに立ち上がった。
「お前について来いとは言ってない。
お前はお前で、生きていけばいい」

母の笑い声も、
言い訳も、
もう誰の耳にも届かなかった。


しばらくしてから、父は家を清算した。
母に家を売った半分の金を渡して、黙って出て行った。離婚もしたようだ。

母は、小さなアパートで一人暮らしを始めた。

「陽一ちゃーん、一緒に住まない?
家事、ちゃんとするから」

電話口の声が軽く響いた。

「俺も、マンション引き払って、会社の独身寮に入るから無理だよ」
そう言うと、
母は少しの沈黙のあと、「そう……」とだけ言った。

夜、部屋に戻って、
本棚に積んだ本を見た。

『毒親との関係を断ち切る方法』
『支配と依存の心理構造』
『親を恨まないための本』

それから、いくつも嫁姑の動画を見た。
どれも、同じようなことを言っていた。

――パターンは、いろいろある。
でも、俺も、そのひとつのパターンだった。



しばらくして、姉も母と暮らしているらしい。

俺の離婚の話を聞いて、姉の旦那が怒ったらしい。
愛美を連れて、海外勤務に行ったらしい。

愛美は、海外の学校でしっかりやっていると聞いた。
あの騒ぐ声が、もう遠い。

姉は仕事もなく、実家にも戻れなかったから、親権は無理だった。

弁護士に聞いたら、経済的な基盤ができれば、親権は争えるというらしい。
でも――買い物依存の姉に貯金は無理だ。

旦那さんに隠してた借金もあったらしく、離婚慰謝料がわりにそれを払ってもらって、
結局、婚家を追い出されたらしい。

母と姉、二人暮らし。
そこに笑いは、あるのだろうか。
似たもの同士、それって、どうなんだ。



父親は田舎に行った。
車がないと暮らせないような、山の多い地域らしい。
母は運転できないから、会いにも行けない。

しかもどこかもよく覚えていないようだった。
父の実家には、ほとんど行かなかったという。

後になって、父が田舎で幼なじみと再婚したと聞いた。
母がそれを知ったのは、誰かの年賀状だったらしい。

その夜、電話が鳴り止まなかった。
「どうしてよ、どうしてなの……!」
母の泣き声が受話器の向こうで震えていた。

俺は何も言わなかった。
そして、静かに電話を切った。

そのあと、着信拒否にした。

携帯を置いたとき、
何かがまた、音もなく壊れた気がした。


母親は、今、近所のビルで掃除の仕事をしているらしい。
朝が早くて夜も遅い。
けれど、働いているだけまだいいのかもしれない。

姉のことは、よくわからない。
どこに住んでいるのかも知らない。

ときどき母が「帰ってきた」と言うが、
数日したらまたいなくなるらしい。
まるで風みたいに。

壊れているよな、うちの家。
笑えるほど、きれいに。



家族だったことが、今では嘘みたいだ。
普通だと思っていた。
けれど、あの普通こそ、いちばん壊れやすいものだったのかもしれない。

ふと思い立って、父の家を訪ねた。
車で一時間ほどの、静かな田舎。

畑では、父と新しい奥さんが並んで土をいじっていた。
二人とも、日に焼けて健康そうだった。

「おう、来たのか」
父は照れくさそうに笑い、
嫁さんはやさしく会釈をした。

帰り際、
ジャガイモと玉ねぎを袋いっぱいにもらった。

夜、それを煮っ転がしにして食べた。
素朴で、しみるように美味しかった。

静かな暮らし。
あの人は、今は、幸せそうだ。
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