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遙サイド
やっぱ、プロは早い、段取り命
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「弁護士、紹介しようか?」
健太が静かに言った。
「引っ越しも、手伝うよ。夜逃げ用のパックもあるし」
「夜逃げ……?」思わず苦笑する。
「その前に、遙ちゃんが本当に離婚したいかどうかだけどな」
そこへ、台所からお母さんが顔を出した。
「離婚一択でしょ!」
箸を置く音が響いた。
「そういう姑と小姑は、ややこしいのよ。
それを止められない夫なんて、置いてきなさい」
健太が吹き出す。
「母さん、それ、私情丸出し」
お母さんは肩をすくめて言った。
「うちもそうだったのよ。姑で苦労して、父さんが亡くなったら、
今度は私に縋ってこようとしたの。だから、追い出したの」
早希が笑いながら言う。
「母さんの“追い出した”って、けっこう重いよね」
「重くてもいいの。自分の人生、くだらない人の犠牲になるより、自分守らなきゃ」
遙は黙って、箸の先を見つめた。
誰かの言葉が胸にすっと落ちていくのを感じた。
“守る”――それが、今の自分にいちばん必要な言葉だった。
「では、まずは引っ越しだな」
健太が腕時計を見ながら言った。
「任せて。明日、手配しておく。昼の二時ごろ引っ越し屋を連れてくるから、咲希と荷造りしておいて」
「弁護士は、俺のダチにいる。明日、名刺もらってくる」健太
「私も行くわよ、引っ越し手伝い」
お母さんが言った。
「女が3人集まれば、百人力でしょ」
咲希が笑う。
「すごいでしょ、遙。うち来て正解だったね」
「ほんと……プロ軍団ですね。心強いです」
遙は少し笑って、涙をぬぐった。
「帰りたいときは帰ったらいい。でも、まずは脱出」
健太が真顔で言った。
「こういう家は、戻っても同じことの繰り返しになる。結局は離婚になる」
お母さんが頷いた。
「重い言葉でしょ。でも、真実よ。遙ちゃん、後で苦労するわよ」
遙は、まっすぐに顔を上げた。
「大丈夫です。戻りません。今までもお義母さんに、嫌な思いはさんざんしてきました。
でも、旦那は気づきもしなかった。
親孝行のために、私を差し出してましたから」
その瞬間、咲希が立ち上がった。
「よし、出ましょー! 私が後押ししますよ!」
「お母さん、がんばろー!」
三人の声が重なった。
夜の台所に、小さく笑い声が広がった。
その笑いが、遙にとって“初めての自由の音”だった。
お酒の力を借りて、その夜はゆっくり眠れた。
▪️引っ越しの朝
駅前のコンビニのイートイン、咲希が座っていた。
マスクにサングラス、帽子。
このご時世、こういうの怪しくないのがなんか不思議だ。
「陽一さん、今、駅前通過したわ!」
小声で電話が入る。
「了解。行こう」
健太さんが車を回し、三人で合流した。
引っ越し屋がちょうど到着して、
「朝の便の引っ越しが終わったら、すぐ戻りますね」と言いながら、ダンボールなどの引っ越し資材を置いていった。
そこからは、流れるような作業だった。
衣類、小物、本、食器。
役割を決めて、黙々と詰めていく。
「これ、重いから一緒に持とう」
「了解、こっち終わった!」
三人ですると早い。
一時ごろにはウーバーで軽くランチを頼み、
空の部屋を眺めながら息をついた。
午後三時。
荷物がトラックに積み終わり、
部屋の中には、もう遙のものは何もなかった。
掃除をして、机の上に置いた。
鍵と、
そして、途中、健太さんが届けてくれた弁護士さんの名刺。離婚届。
それを見て、一瞬だけ息が詰まる。
でも、もう振り返らない。
玄関を出る前、遙は一度だけ部屋を見回した。
「ありがとう」
誰にともなく呟き、ドアを閉めた。
トラックが発進する音。
その日、午後四時には、すべて終わっていた。
夕方、レンタル倉庫への荷物の搬入が終わり、
みんなでレストランへ向かった。
健太さんと友人の弁護士さんも合流して、
乾杯のグラスが静かにぶつかる。
「ありがとうございます。
これだけ早く動けたのは、皆さんのおかげです」
遙の声が少し震えた。
でも、その笑顔には、
ようやく“自分の人生”を取り戻した人の穏やかさがあった。
健太が静かに言った。
「引っ越しも、手伝うよ。夜逃げ用のパックもあるし」
「夜逃げ……?」思わず苦笑する。
「その前に、遙ちゃんが本当に離婚したいかどうかだけどな」
そこへ、台所からお母さんが顔を出した。
「離婚一択でしょ!」
箸を置く音が響いた。
「そういう姑と小姑は、ややこしいのよ。
それを止められない夫なんて、置いてきなさい」
健太が吹き出す。
「母さん、それ、私情丸出し」
お母さんは肩をすくめて言った。
「うちもそうだったのよ。姑で苦労して、父さんが亡くなったら、
今度は私に縋ってこようとしたの。だから、追い出したの」
早希が笑いながら言う。
「母さんの“追い出した”って、けっこう重いよね」
「重くてもいいの。自分の人生、くだらない人の犠牲になるより、自分守らなきゃ」
遙は黙って、箸の先を見つめた。
誰かの言葉が胸にすっと落ちていくのを感じた。
“守る”――それが、今の自分にいちばん必要な言葉だった。
「では、まずは引っ越しだな」
健太が腕時計を見ながら言った。
「任せて。明日、手配しておく。昼の二時ごろ引っ越し屋を連れてくるから、咲希と荷造りしておいて」
「弁護士は、俺のダチにいる。明日、名刺もらってくる」健太
「私も行くわよ、引っ越し手伝い」
お母さんが言った。
「女が3人集まれば、百人力でしょ」
咲希が笑う。
「すごいでしょ、遙。うち来て正解だったね」
「ほんと……プロ軍団ですね。心強いです」
遙は少し笑って、涙をぬぐった。
「帰りたいときは帰ったらいい。でも、まずは脱出」
健太が真顔で言った。
「こういう家は、戻っても同じことの繰り返しになる。結局は離婚になる」
お母さんが頷いた。
「重い言葉でしょ。でも、真実よ。遙ちゃん、後で苦労するわよ」
遙は、まっすぐに顔を上げた。
「大丈夫です。戻りません。今までもお義母さんに、嫌な思いはさんざんしてきました。
でも、旦那は気づきもしなかった。
親孝行のために、私を差し出してましたから」
その瞬間、咲希が立ち上がった。
「よし、出ましょー! 私が後押ししますよ!」
「お母さん、がんばろー!」
三人の声が重なった。
夜の台所に、小さく笑い声が広がった。
その笑いが、遙にとって“初めての自由の音”だった。
お酒の力を借りて、その夜はゆっくり眠れた。
▪️引っ越しの朝
駅前のコンビニのイートイン、咲希が座っていた。
マスクにサングラス、帽子。
このご時世、こういうの怪しくないのがなんか不思議だ。
「陽一さん、今、駅前通過したわ!」
小声で電話が入る。
「了解。行こう」
健太さんが車を回し、三人で合流した。
引っ越し屋がちょうど到着して、
「朝の便の引っ越しが終わったら、すぐ戻りますね」と言いながら、ダンボールなどの引っ越し資材を置いていった。
そこからは、流れるような作業だった。
衣類、小物、本、食器。
役割を決めて、黙々と詰めていく。
「これ、重いから一緒に持とう」
「了解、こっち終わった!」
三人ですると早い。
一時ごろにはウーバーで軽くランチを頼み、
空の部屋を眺めながら息をついた。
午後三時。
荷物がトラックに積み終わり、
部屋の中には、もう遙のものは何もなかった。
掃除をして、机の上に置いた。
鍵と、
そして、途中、健太さんが届けてくれた弁護士さんの名刺。離婚届。
それを見て、一瞬だけ息が詰まる。
でも、もう振り返らない。
玄関を出る前、遙は一度だけ部屋を見回した。
「ありがとう」
誰にともなく呟き、ドアを閉めた。
トラックが発進する音。
その日、午後四時には、すべて終わっていた。
夕方、レンタル倉庫への荷物の搬入が終わり、
みんなでレストランへ向かった。
健太さんと友人の弁護士さんも合流して、
乾杯のグラスが静かにぶつかる。
「ありがとうございます。
これだけ早く動けたのは、皆さんのおかげです」
遙の声が少し震えた。
でも、その笑顔には、
ようやく“自分の人生”を取り戻した人の穏やかさがあった。
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