壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
10 / 22
遙サイド

離婚に向けて、

しおりを挟む
弁護士さんが、書類をまとめながら言った。
「今は興奮してるから、少し落ち着いて。
それでも離婚したいと思えたら、そのときに決めればいい。……まあ、このケースは、離婚を勧めるけどね」

「旅行でも行ったらどうかな?」弁護士さんが、勧める。

「賛成!」咲希が手を挙げた。
「信楽とかどう? 近江の方にいい温泉あるし」

「お伊勢さんも行きたい!近江牛に、松坂牛!」

健太が苦笑した。
「なんでお前ら、そんな元気なんだよ」

お母さんがいう、
「いいじゃないの。旅で心のホコリも落としてきたいわ。」

健太が、財布からお金取り出した。
「ほら、おこづかい寄付するわ。十万ぐらいあるな、旅行、行ってこい!」

「健太さん、太っ腹!」「サンキュー兄貴!」

わいわいと声が重なった。

テーブルの上に地図が広げられ、
行きたい場所に付箋が増えていく。

笑い声が続くうちに、
遙の心の中のざらつきが、少しずつほどけていった。


信楽の陶芸村にて

信楽の空気は、思っていたより静かだった。
焼き物の町というより、山に包まれた集落のよう。
通りのあちこちに、登り窯の煙突と、たぬきの置物が顔を出している。

「かわいい……」
そうつぶやきながら、遙は歩いた。
咲希とお母さんは、別の店で器を物色している。

一軒の小さな販売所に足が止まった。
店先には、深い青や灰色の器が並んでいて、
どれも少し歪んでいるのに、どこか温かみがあった。

「よかったら、どうぞ見ていってください」
店の奥から声がした。

エプロン姿の男性。
髪は少し乱れていたけれど、目は真っすぐだった。

「これ……すてきですね」
遙が指先でカップの縁をなぞると、
彼は照れくさそうに笑った。

「ありがとうございます。信楽の土は気まぐれで、思い通りには焼けないんです。
だから、うまくいくと、ちょっとだけ嬉しくなる」

その言葉に、遙は胸の奥が温かくなるのを感じた。

「ここ、絵付け体験もできるんですよ。よかったらどうぞ」
「ほんとですか?」

案内された工房の机には、筆と釉薬が並んでいた。
遙は筆を取って、小皿に桜を描いた。
筆先が土の上を走る感触が懐かしい。

「有田焼き工房で絵付けを習ってたんです」
「え、そうなんですか。そりゃ、筆が違うわけだ」

男は感心したように笑った。

名前は太一、
この工房を、亡き父の跡を継いで開いたばかりだという。

その笑顔を見たとき、遙は少しだけ肩の力が抜けた。
何かを語りかけるような目をしていた。
派手でもなく、押しつけがましくもない。
ただ――安心できる空気をまとっている男性だった。

久しぶりに、誰かと土の話をして、
心がほんの少し、あたたかくなった。

それが、最初の印象だった。

帰り道のカフェで、信楽焼のマグに入ったコーヒーを頼んだ。
丸っこい形と、ざらりとした手触り。
口に当たる感触がどこか優しい。

――こんな器、久しぶりだな。

コーヒーの香りと一緒に、
今日の窯の色、土の匂い、あの人の笑い声がふっと蘇る。

「……なんか、ほっこりする陶芸体験だったな」

遙は小さく笑って、マグを両手で包んだ。
また来たい。
そう思える場所ができたことが、
今はただ、嬉しかった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

婚約破棄は喜んで

nanahi
恋愛
「お前はもう美しくない。婚約破棄だ」 他の女を愛するあなたは私にそう言い放った。あなたの国を守るため、聖なる力を搾り取られ、みじめに痩せ細った私に。 え!いいんですか?喜んで私は去ります。子爵令嬢さん、厄災の件、あとはよろしく。

あなたの破滅のはじまり

nanahi
恋愛
家同士の契約で結婚した私。夫は男爵令嬢を愛人にし、私の事は放ったらかし。でも我慢も今日まで。あなたとの婚姻契約は今日で終わるのですから。 え?離縁をやめる?今更何を慌てているのです?契約条件に目を通していなかったんですか? あなたを待っているのは破滅ですよ。 ※Ep.2 追加しました。 マルグリッタの魔女の血を色濃く受け継ぐ娘ヴィヴィアン。そんなヴィヴィアンの元に隣の大陸の王ジェハスより婚姻の話が舞い込む。 子爵の五男アレクに淡い恋心を抱くも、行き違いから失恋したと思い込んでいるヴィヴィアン。アレクのことが忘れられずにいたヴィヴィアンは婚姻話を断るつもりだったが、王命により強制的に婚姻させられてしまう。 だが、ジェハス王はゴールダー家の巨万の富が目的だった。王妃として迎えられたヴィヴィアンだったが、お飾りの王妃として扱われて冷遇される。しかも、ジェハスには側妃がすでに5人もいた。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

処理中です...