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遙サイド
旅行気分で、陶芸
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伊勢にて
伊勢神宮の参道は、朝の光に包まれていた。
手を合わせながら、遙は小さく息を吐く。
――これからのこと、どうか静かに歩けますように。
そう願って、目を閉じた。
おかげ横丁では、湯気の立つ伊勢うどんをすすり、
店先で伊勢餅を買った。
ふわりとした甘さが、胸の奥に沁みていく。
「二泊三日、あっという間だったね」
咲希が笑い、お母さんが頷く。
「でも、いい旅だった。帰ったら、私も、また器作ろう」と、咲希。
遙も笑った。
“作る”という言葉が、久しぶりに心地よく響いた。
山を越える車の窓に、
遠く信楽の山並みが霞んで見えたような気がする。
遙のその後
離婚が成立して、数ヶ月。
昔、父は大企業の役員だった。
浮気して、若い子に騙され、財産を持ち逃げされて、どこかで一人で死んだと聞いた。
本当は母が、その大企業一家の娘だった。
家の看板に縛られて、彼女も苦しんだと思ってた。
陽一にはうちがお金持ちだと言っていない。
私が“大企業のひとり娘”だと知れば、たぶん陽一の母親が喜んで私を利用しただろう。
うちの父が、浮気して出ていったと、知った時、ひとり親という事で、かなり嫌味言われたからだ、
あの人たちに、私の家の話をする気にはなれなかった。
壊れた家族はもう、これ以上いらないと思ったから。
大学時代に、住んでたマンションに引っ越しした。
朝の光がよく入る部屋で、ようやく深く息をつけるようになった。
そんなとき、妊娠がわかった。
検査薬の線を見つめたまま、手が震えた。
どうする――?
陽一の親孝行のために、
また私が犠牲になるの?
胸の奥に、あの母親の顔が浮かんだ。
子供が生まれたら、「ばあば」と言いながら勝手に抱き上げて、
私の意見なんて聞かずに振り回す姿が、容易に想像できた。
陽一は、きっと止められない。
いや、止めようともしない。
「母さんは子育てベテランだから」「任せた方が楽だから」
そんな言葉を、また聞く気がした。
――そんな父親、子供に必要だろうか。
遙は、静かに両手をお腹に当てた。
かすかな鼓動の気配が、
胸の奥の恐怖と、同じ場所で震えていた。
デパートの展示会にて
近所のデパートで、たまたま「信楽焼き展」のポスターを見つけた。
休日の午後、なんとなく足を向ける。
土の匂いが少しだけ懐かしかった。
展示スペースの奥に、見覚えのある姿があった。
「……あっ」
思わず声が漏れた。
「こんにちは。前に信楽で会いましたよね」
太一が顔を上げ、穏やかに笑った。
「この前の絵付け体験、覚えてますよ。
桜の皿、すごく可愛かったです。さすがでした」
「覚えててくださったんですね」
遙は少し驚いて、それから笑った。
「実は、あの皿、今お気に入りなんです。
また作りに行きたいなと思ってて」
「ぜひ来てください。いつでも大歓迎です」
「えー、本気で行きますよ?」
「本気で来てください。
うち、叔母が小さな旅館をしてるんです。
陶芸体験のお客さん、みんなそこに泊まるんですよ」
「旅館まであるんですか。いいですね」
「どうぞどうぞ。信楽の夜は静かですよ」
二人の間に、小さな沈黙が流れた。
でも、それは気まずさではなく、
どこか柔らかい間だった。
再び、信楽へ
信楽へ行くのは、あの日以来だった。
春の光が眩しくて、
車の窓から見える山の稜線が、少しずつ懐かしく感じられる。
カーナビの音声が「まもなく目的地です」と告げる。
胸の奥で、小さな鼓動がひとつ跳ねた。
――ただの気まぐれ旅。
そう自分に言い聞かせながらも、
どこかで心が浮き立っているのを感じていた。
旅館は、太一の言っていた場所だった。
木の香りがする静かな宿。
玄関には季節の花が飾られ、
受付の帳場には「ようこそ信楽へ」と手書きの札が掛けられていた。
「予約の遙さんですね」
笑顔で迎えてくれたのは、太一の叔母だった。
柔らかい声の人で、まるでこの土地の空気そのものみたいだった。
「太一から聞いてますよ。
陶芸、ゆっくり楽しんでくださいね」
遙は頷いて、宿帳に名前を書いた。
その筆跡を見つめながら、
――今度は、コンテストのためじゃない。
“自分の作品作るために来たんだ”と、静かに思った。
一週間、土と火と、自分の時間に向き合う毎日が始まった。
なんとなく、離婚理由を太一さんに、打ち明けてしまった。
太一は、聞き終えると、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……え、コンテストの入賞作品を? 子どもに勝手にあげて……壊して、捨てた?」
遙は、うなずいた。
「はい。もう、笑うしかないですよね」
太一は、息をついて、
「いや、笑えないです。素人おそるべしですね。割れてても、金継ぎすれば形は残せたのに……」
と、真剣な顔をした。
「俺だったら――一生恨むな」
その言葉が、なぜか優しく響いた。
遙は少し笑った。
「だから、離婚しました。お腹に、子供いても、あの家には、帰りたくないですね、」
「恨む」なんてひどい言葉なのに、誰かがちゃんと怒ってくれることが、
久しぶりに、心を救った気がした。
伊勢神宮の参道は、朝の光に包まれていた。
手を合わせながら、遙は小さく息を吐く。
――これからのこと、どうか静かに歩けますように。
そう願って、目を閉じた。
おかげ横丁では、湯気の立つ伊勢うどんをすすり、
店先で伊勢餅を買った。
ふわりとした甘さが、胸の奥に沁みていく。
「二泊三日、あっという間だったね」
咲希が笑い、お母さんが頷く。
「でも、いい旅だった。帰ったら、私も、また器作ろう」と、咲希。
遙も笑った。
“作る”という言葉が、久しぶりに心地よく響いた。
山を越える車の窓に、
遠く信楽の山並みが霞んで見えたような気がする。
遙のその後
離婚が成立して、数ヶ月。
昔、父は大企業の役員だった。
浮気して、若い子に騙され、財産を持ち逃げされて、どこかで一人で死んだと聞いた。
本当は母が、その大企業一家の娘だった。
家の看板に縛られて、彼女も苦しんだと思ってた。
陽一にはうちがお金持ちだと言っていない。
私が“大企業のひとり娘”だと知れば、たぶん陽一の母親が喜んで私を利用しただろう。
うちの父が、浮気して出ていったと、知った時、ひとり親という事で、かなり嫌味言われたからだ、
あの人たちに、私の家の話をする気にはなれなかった。
壊れた家族はもう、これ以上いらないと思ったから。
大学時代に、住んでたマンションに引っ越しした。
朝の光がよく入る部屋で、ようやく深く息をつけるようになった。
そんなとき、妊娠がわかった。
検査薬の線を見つめたまま、手が震えた。
どうする――?
陽一の親孝行のために、
また私が犠牲になるの?
胸の奥に、あの母親の顔が浮かんだ。
子供が生まれたら、「ばあば」と言いながら勝手に抱き上げて、
私の意見なんて聞かずに振り回す姿が、容易に想像できた。
陽一は、きっと止められない。
いや、止めようともしない。
「母さんは子育てベテランだから」「任せた方が楽だから」
そんな言葉を、また聞く気がした。
――そんな父親、子供に必要だろうか。
遙は、静かに両手をお腹に当てた。
かすかな鼓動の気配が、
胸の奥の恐怖と、同じ場所で震えていた。
デパートの展示会にて
近所のデパートで、たまたま「信楽焼き展」のポスターを見つけた。
休日の午後、なんとなく足を向ける。
土の匂いが少しだけ懐かしかった。
展示スペースの奥に、見覚えのある姿があった。
「……あっ」
思わず声が漏れた。
「こんにちは。前に信楽で会いましたよね」
太一が顔を上げ、穏やかに笑った。
「この前の絵付け体験、覚えてますよ。
桜の皿、すごく可愛かったです。さすがでした」
「覚えててくださったんですね」
遙は少し驚いて、それから笑った。
「実は、あの皿、今お気に入りなんです。
また作りに行きたいなと思ってて」
「ぜひ来てください。いつでも大歓迎です」
「えー、本気で行きますよ?」
「本気で来てください。
うち、叔母が小さな旅館をしてるんです。
陶芸体験のお客さん、みんなそこに泊まるんですよ」
「旅館まであるんですか。いいですね」
「どうぞどうぞ。信楽の夜は静かですよ」
二人の間に、小さな沈黙が流れた。
でも、それは気まずさではなく、
どこか柔らかい間だった。
再び、信楽へ
信楽へ行くのは、あの日以来だった。
春の光が眩しくて、
車の窓から見える山の稜線が、少しずつ懐かしく感じられる。
カーナビの音声が「まもなく目的地です」と告げる。
胸の奥で、小さな鼓動がひとつ跳ねた。
――ただの気まぐれ旅。
そう自分に言い聞かせながらも、
どこかで心が浮き立っているのを感じていた。
旅館は、太一の言っていた場所だった。
木の香りがする静かな宿。
玄関には季節の花が飾られ、
受付の帳場には「ようこそ信楽へ」と手書きの札が掛けられていた。
「予約の遙さんですね」
笑顔で迎えてくれたのは、太一の叔母だった。
柔らかい声の人で、まるでこの土地の空気そのものみたいだった。
「太一から聞いてますよ。
陶芸、ゆっくり楽しんでくださいね」
遙は頷いて、宿帳に名前を書いた。
その筆跡を見つめながら、
――今度は、コンテストのためじゃない。
“自分の作品作るために来たんだ”と、静かに思った。
一週間、土と火と、自分の時間に向き合う毎日が始まった。
なんとなく、離婚理由を太一さんに、打ち明けてしまった。
太一は、聞き終えると、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……え、コンテストの入賞作品を? 子どもに勝手にあげて……壊して、捨てた?」
遙は、うなずいた。
「はい。もう、笑うしかないですよね」
太一は、息をついて、
「いや、笑えないです。素人おそるべしですね。割れてても、金継ぎすれば形は残せたのに……」
と、真剣な顔をした。
「俺だったら――一生恨むな」
その言葉が、なぜか優しく響いた。
遙は少し笑った。
「だから、離婚しました。お腹に、子供いても、あの家には、帰りたくないですね、」
「恨む」なんてひどい言葉なのに、誰かがちゃんと怒ってくれることが、
久しぶりに、心を救った気がした。
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