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6章 悪夢のシンデレラプリンス
49 もし彼が生きていたら、俺は。
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ゼストの誘いを受けた俺は、まず始めに彼と一緒にヤシムの店へ向かった。
服屋のヤシムが俺を呼んでいると聞いていたからだ。当初メルと行く予定だったのに、ゼストの用事とやらにまだ時間の余裕があるという事で、こうなった次第だ。
ゴツゴツした石畳の道は、ずっと先にあるメルの家の前と同じだ。
しかし、メルやチェリーと歩いていた時と『魔王親衛隊』のゼストと居るのとでは周囲の反応は大分違った。
頭を下げる老夫婦や、嬉しそうに手を振ってくる異世界女子。子供は敬礼を向けてきて、その一つ一つに彼は笑顔で返事を返していた。
普乳がどうのと乳論を語っていた彼とはまるで別人だ。
そして、今日何があるのかを聞いても、ゼストは教えてくれなかった。
あまりにも弱い俺の戦闘訓練でもしに行くのかと思ったが、そうではないらしい。
「ところで、メルたちは何を倒しに行ったんですか?」
「討伐か? レガドンだよ」
「うわ、強そうな名前」
『ドン』が付いただけで、獰猛な巨体を想像してしまう。ゼストも、「図体だけはデカいからな」と両手をいっぱいに広げて、その巨大さを表した。
「普段は山に居るんだが、エサがなくなると下りてくるらしくてな。たまに目撃情報がチラチラ出て来るんだよ」
何だか、熊出没注意みたいな感じだ。
「メルは何回も倒してる相手だし、心配するこたぁねぇよ」
あっははと余裕を見せるゼスト。しかし、巨大カーボを倒しに行った時も、メルが同じようなことを言っていた。
だから、あの時の俺みたいなへまをヒルドがしなければいいなと思ってしまう。
(へましなければ……大丈夫だよな?)
ちょっと不安だが、俺にはどうすることもできない。別れ際に「気を付けて」と伝えられただけでも十分だ。
「お前はこの世界に大分慣れたみたいだな」
「どうなんですかね。けど、みんな良い人たちばっかりで、何とかやってます」
「そりゃよかった。けど、お前は及川を説得したら、向こうに戻るんだろう?」
「もちろん――」
そうです、と当たり前に返事しようとした言葉が喉でつかえた。
頭にメルの顔がよぎったからだ。
チェリーは向こうの人間だし、ゼストは両方を行き来している。けど、メルはこの世界だけの人間なのだ。
「向こうに帰ったら、もうメルには会えないんですよね?」
「何だ、帰りたくなくなったのか?」
「いえ……」
俺は魔王の巨乳ハーレムに入ってしまった美緒を説得して、一緒に元の世界へ帰る。
その為にこの世界に来たんだろう?
メルと会えなくなるのは寂しいけれど、彼女が可愛くて、一緒に居ると楽しいからという理由だけで残りたいと主張するのは余りにも身勝手すぎる気がする。
並んで歩くゼストが、俺の背中をドンと叩いた。
「メルはやめとけ」
「……分かっています」
俺は頷いて、「でも」とゼストを見上げた。
「先生の――クラウのトコに居る佳奈先輩は、こっちに残るんですか?」
クラスメイトの木田が泣いて悲しんだテニス部の先輩の失踪事件は、ゼストがこの世界に彼女を連れてきたからというのが原因だった。しかもその先輩は、ゼストもとい俺の担任・平野先生の恋人だという。
「まだ分からん」
あっさりと答えるゼスト。彼は向こうとこっちの世界を自由に行き来できるのだから、そこまで深い問題ではないのかもしれない。
俺はそこでふと沸いた疑問を口にする。
「もし先輩がずっとこっちの世界に居るとしたらですよ? 別の子達や俺にも当てはまる事ですけど。それぞれの保管者の記憶はずっと残るんですか? 保管者は、転生者の存在を一人でずっと背負っていくことになるんですか?」
「いや、違うな」
ゼストはきっぱりと否定した。
「向こうの世界には戸籍とか住民票があるだろ? ああいうのがこっちにもあるんだよ」
「はい」
「転生者がこっちの世界に永住することを決めたら、もうあっちへは戻れないようにするのがルールなんだ」
「ふむ」
ゼストの説明を、俺は相槌を打ちながら聞いていた。
ここまでの話だと、こっちに永住するという事は、イコール、向こうには戻らない覚悟を決める事らしい。
「じゃあ、保管者の記憶は……」
保管者は、転生者の記憶を持つ唯一の存在だ。保管者の記憶がある事で、世界の記憶が戻り、転生者が元の居場所に帰れるのだ。
「前例なんて殆どないんだろうが、実際の事は俺にもわからん。ただ、一般的に言われてるのは、転生者が『残る』選択をした場合、保管者以外にも元通りに転生者の記憶が戻されるらしい」
「へぇ。戻されるってことは、転生者の失踪にみんなが気付くって事ですか?」
「そうそう。ちょっとややこしいな。つまり、いいか?」
「はい」
「お前がメルを選んでこの世界に残ることを決めたとする」
「はい」
「そうすると、だ。お前がここに初めて来た日、授業サボって早退しただろ? あの後、お前が何らかの理由で死んだことにするんだ」
「えっ?」
突然不穏な空気が流れて、俺は自分の心臓に手を当てた。
「俺、まさか死ぬんですか?」
「そういう風に周りの奴らの記憶を改ざんするって事だ。もちろん、死体はない。だから、死んで埋葬した記憶を植え付ける。あっちでは死んだことになるが、実際のお前はこっちでピンピンしてメルとイチャイチャウフフな生活を送る」
「それは悪くないかも」
半分本気で、半分冗談。たとえ嘘でも、自分の死など想像するだけで全身がゾワゾワしてくる。
「保管者が、ずっと帰ってこない転生者を待ち続けるよりいいだろう?」
「それは、そうかもしれないですけど……」
だからと言って、死を受け入れさせるのも酷だ。兄貴が死んだときの母親の涙は、俺から消えることはない。
「記憶の操作か……」
クラウもそんなことが出来ると言っていた。
そんなことが可能だとしたら、俺の記憶なんて全てが本物だとは限らない気がしてくる。
『えいくん……』
もし、向こうで死んだと思っていた人間がこの世界に生きている事があるのだとしたら。
俺は、兄貴に生きていて欲しいと思う。
10年以上も前の兄貴の存在なんて全然と言っていいほどない。俺にとっては写真だけの人だけれど。
速水瑛助が居なくなった12年の長さ。
奇跡が重なって、この世界で会うことが出来たのなら、俺は言葉に迷いながらも、きっとこう言うだろう。
『久しぶり』
そこから打ち解け合っていけばいい――そんな俺の妄想だ。
服屋のヤシムが俺を呼んでいると聞いていたからだ。当初メルと行く予定だったのに、ゼストの用事とやらにまだ時間の余裕があるという事で、こうなった次第だ。
ゴツゴツした石畳の道は、ずっと先にあるメルの家の前と同じだ。
しかし、メルやチェリーと歩いていた時と『魔王親衛隊』のゼストと居るのとでは周囲の反応は大分違った。
頭を下げる老夫婦や、嬉しそうに手を振ってくる異世界女子。子供は敬礼を向けてきて、その一つ一つに彼は笑顔で返事を返していた。
普乳がどうのと乳論を語っていた彼とはまるで別人だ。
そして、今日何があるのかを聞いても、ゼストは教えてくれなかった。
あまりにも弱い俺の戦闘訓練でもしに行くのかと思ったが、そうではないらしい。
「ところで、メルたちは何を倒しに行ったんですか?」
「討伐か? レガドンだよ」
「うわ、強そうな名前」
『ドン』が付いただけで、獰猛な巨体を想像してしまう。ゼストも、「図体だけはデカいからな」と両手をいっぱいに広げて、その巨大さを表した。
「普段は山に居るんだが、エサがなくなると下りてくるらしくてな。たまに目撃情報がチラチラ出て来るんだよ」
何だか、熊出没注意みたいな感じだ。
「メルは何回も倒してる相手だし、心配するこたぁねぇよ」
あっははと余裕を見せるゼスト。しかし、巨大カーボを倒しに行った時も、メルが同じようなことを言っていた。
だから、あの時の俺みたいなへまをヒルドがしなければいいなと思ってしまう。
(へましなければ……大丈夫だよな?)
ちょっと不安だが、俺にはどうすることもできない。別れ際に「気を付けて」と伝えられただけでも十分だ。
「お前はこの世界に大分慣れたみたいだな」
「どうなんですかね。けど、みんな良い人たちばっかりで、何とかやってます」
「そりゃよかった。けど、お前は及川を説得したら、向こうに戻るんだろう?」
「もちろん――」
そうです、と当たり前に返事しようとした言葉が喉でつかえた。
頭にメルの顔がよぎったからだ。
チェリーは向こうの人間だし、ゼストは両方を行き来している。けど、メルはこの世界だけの人間なのだ。
「向こうに帰ったら、もうメルには会えないんですよね?」
「何だ、帰りたくなくなったのか?」
「いえ……」
俺は魔王の巨乳ハーレムに入ってしまった美緒を説得して、一緒に元の世界へ帰る。
その為にこの世界に来たんだろう?
メルと会えなくなるのは寂しいけれど、彼女が可愛くて、一緒に居ると楽しいからという理由だけで残りたいと主張するのは余りにも身勝手すぎる気がする。
並んで歩くゼストが、俺の背中をドンと叩いた。
「メルはやめとけ」
「……分かっています」
俺は頷いて、「でも」とゼストを見上げた。
「先生の――クラウのトコに居る佳奈先輩は、こっちに残るんですか?」
クラスメイトの木田が泣いて悲しんだテニス部の先輩の失踪事件は、ゼストがこの世界に彼女を連れてきたからというのが原因だった。しかもその先輩は、ゼストもとい俺の担任・平野先生の恋人だという。
「まだ分からん」
あっさりと答えるゼスト。彼は向こうとこっちの世界を自由に行き来できるのだから、そこまで深い問題ではないのかもしれない。
俺はそこでふと沸いた疑問を口にする。
「もし先輩がずっとこっちの世界に居るとしたらですよ? 別の子達や俺にも当てはまる事ですけど。それぞれの保管者の記憶はずっと残るんですか? 保管者は、転生者の存在を一人でずっと背負っていくことになるんですか?」
「いや、違うな」
ゼストはきっぱりと否定した。
「向こうの世界には戸籍とか住民票があるだろ? ああいうのがこっちにもあるんだよ」
「はい」
「転生者がこっちの世界に永住することを決めたら、もうあっちへは戻れないようにするのがルールなんだ」
「ふむ」
ゼストの説明を、俺は相槌を打ちながら聞いていた。
ここまでの話だと、こっちに永住するという事は、イコール、向こうには戻らない覚悟を決める事らしい。
「じゃあ、保管者の記憶は……」
保管者は、転生者の記憶を持つ唯一の存在だ。保管者の記憶がある事で、世界の記憶が戻り、転生者が元の居場所に帰れるのだ。
「前例なんて殆どないんだろうが、実際の事は俺にもわからん。ただ、一般的に言われてるのは、転生者が『残る』選択をした場合、保管者以外にも元通りに転生者の記憶が戻されるらしい」
「へぇ。戻されるってことは、転生者の失踪にみんなが気付くって事ですか?」
「そうそう。ちょっとややこしいな。つまり、いいか?」
「はい」
「お前がメルを選んでこの世界に残ることを決めたとする」
「はい」
「そうすると、だ。お前がここに初めて来た日、授業サボって早退しただろ? あの後、お前が何らかの理由で死んだことにするんだ」
「えっ?」
突然不穏な空気が流れて、俺は自分の心臓に手を当てた。
「俺、まさか死ぬんですか?」
「そういう風に周りの奴らの記憶を改ざんするって事だ。もちろん、死体はない。だから、死んで埋葬した記憶を植え付ける。あっちでは死んだことになるが、実際のお前はこっちでピンピンしてメルとイチャイチャウフフな生活を送る」
「それは悪くないかも」
半分本気で、半分冗談。たとえ嘘でも、自分の死など想像するだけで全身がゾワゾワしてくる。
「保管者が、ずっと帰ってこない転生者を待ち続けるよりいいだろう?」
「それは、そうかもしれないですけど……」
だからと言って、死を受け入れさせるのも酷だ。兄貴が死んだときの母親の涙は、俺から消えることはない。
「記憶の操作か……」
クラウもそんなことが出来ると言っていた。
そんなことが可能だとしたら、俺の記憶なんて全てが本物だとは限らない気がしてくる。
『えいくん……』
もし、向こうで死んだと思っていた人間がこの世界に生きている事があるのだとしたら。
俺は、兄貴に生きていて欲しいと思う。
10年以上も前の兄貴の存在なんて全然と言っていいほどない。俺にとっては写真だけの人だけれど。
速水瑛助が居なくなった12年の長さ。
奇跡が重なって、この世界で会うことが出来たのなら、俺は言葉に迷いながらも、きっとこう言うだろう。
『久しぶり』
そこから打ち解け合っていけばいい――そんな俺の妄想だ。
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