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8章 刻一刻と迫る危機
77 僕たちは戦友だ
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「コイツはどんな奴なんだ?」
セルティオの正面で剣を構えるメルの後ろで、俺はやや遅れ気味に剣を抜いたヒルドにそっと尋ねた。
彼が怯えているのは、このモンスターの強さを知っているからだろう。
俺は視線をセルティオに向けたまま『こっちにくるな』と必死に念を送り、摺り足でヒルドに近寄った。
セルティオには手がないから、攻撃といえば体当たりくらいしか予測できなかった。
俺の倍はあるだろう横幅に、2メートルほどの背。動くたびにボヨヨンとたわむ肉厚の身体に跳ね飛ばされたら、俺の身体がボールのように飛んで行ってしまいそうだ。
それ以外に考えられると言えば魔法だが、ヒルドはキラキラの剣を何度も握り直しながら、「魔法は使わないよ」と説明した。
「コイツは口から毒性の強い粘液を吐き出すから、当たらないように気を付けて」
何だって面倒な特性だ。
それは、唾を吐きかけるような攻撃ってことだろうか。
感情のない赤色の丸い瞳。今までに俺が見てきた獰猛な野獣たちとは様子が違う。
モンスターというより、妖怪だ。
魔法の効かないセルティオ一体に、剣師三人という構図は俺たちにとって優位なのかどうかも分からないが、最初に攻撃を仕掛けたのは既に戦闘モードにあったメルだった。
彼女にはもう俺たちの声なんて耳に入っていないのかもしれない。これは彼女にとって、あまり良くない状況だと思う。
それでも俺は「いけぇ」とエールを飛ばした。
ヒルドもまた表情を変え、白い巨体を挟むようにセルティオの向こう側へ走った。
メルの剣がセルティオの左足を斜めに切りつける。これで動きを止められるかと、俺は「よっしゃ」と歓声を上げるが、深く付けた筈の赤い傷跡は、白い肌に滲んであっという間に消えてしまう。
次にセルティオがターゲットをヒルドに変えて、くるりと身体を捻らせた。
「来るか、お前……僕をやろうってのか?」
ヒルドの引きつった顔に、セルティオはにやりと口角を上げる。
笑っているのだろうか。
メルがヤツの背中をもう一度切り付けるが、やはり与えるダメージは少ない。
「何か方法はないのか?」
「この子は魔法が苦手なの。けど、今はそれができないから」
ついさっきまで彼女の暴走を阻止せねばと思っていたのに、緋色の魔女がいてくれればいいのにと思ってしまう。
そうしたら、バルコニーから見たような魔法で圧勝できるのかもしれない。
けど、それは駄目だという理性はまだ俺に残っている。
唇のないセルティオの口が細く開いた。
その毒液とやらを吐き出すのかと息を飲んだ俺は、ヤツの黒い口内から現れた舌に驚愕する。
血で染めたような真っ赤な舌が、ベロリと粘膜を巻き付けて、ヒルド目掛けて飛び出たのだ。
「ヒィィイイ」
涙交じりのヒルドの悲鳴。
舌はその身体とは見合わない程に長く、意識を持つように右へ左へと旋回してターゲットを襲った。
それはセルティオの背よりも長い。下に落ちれば地面に余裕で付く長さだ。
何度も叫び声を上げながら、ヒルドが既のところで舌をかわしていく。
メルがその間に素早く入り込んで、高く飛び上がる。彼女の剣の切っ先が、セルティオの目を突き刺した。
10cm程めり込んだ所でカツンと硬いものに当たる音がして、メルはすぐに剣を引き抜く。瞳から溢れた鮮血が幾数もの線を引くように白い身体を染め落ちていった。
セルティオは「グオゥ」と唸り、舌を一旦口へと戻す。
潰れた目のダメージで、巨体が動くたびにフラフラと揺れた。
今度こそいけるか? と俺は思ったが、やはりそう上手い流れにはならない。
「こっちよ」と呼んだメルに攻撃相手をシフトさせたセルティオが、彼女へぐるりと巨体を回す。それがグラリと傾いで、側に居たヒルドにぶつかった。
「うわぁ」とボールのように弾き飛ばされたヒルドが数メートル先の地面に叩き付けられて、俺は急いで駆け寄った。
「大丈夫か、ヒルド」
「痛ぁい」
悲痛の表情で左腕を押さえるヒルド。
俺たちの背後では、メルがセルティオを相手に苦戦中だ。メルの剣で致命的なダメージを与えられないところを見ると、俺が戦った所で邪魔にしかならない気がした。
山での失態を思い出して、じっとしているのが俺にとっての最善策だと思うのに、何かしなければという気持ちも湧いてしまう。
「ユースケはヒルドの側に居てあげて」
メルが肩越しに俺へそう言った。
それなのに、俺は今まで抜けなかった剣を軽々と引くことが出来た。
「駄目だよ、ユースケ!」
痛みに顔を歪ませながら、ヒルドはのっそりと起き上がる。「あぁ、こんなに汚れちゃったじゃないか」とブツブツ言う余裕はあるようだ。
俺はセルティオを見据えて、
「なぁヒルド、俺たちは剣師なんだろう? だったら一緒に戦わねぇか?」
何の根拠もない自信がどこから湧いてきたかなんて自分でも分からない。
ヒルドは少しだけ驚いた表情を見せてから、「何それ、当たり前じゃない」と吹き出すように笑い声をあげた。
「でも、嬉しいよ。僕たちは戦友だからね」
セルティオの正面で剣を構えるメルの後ろで、俺はやや遅れ気味に剣を抜いたヒルドにそっと尋ねた。
彼が怯えているのは、このモンスターの強さを知っているからだろう。
俺は視線をセルティオに向けたまま『こっちにくるな』と必死に念を送り、摺り足でヒルドに近寄った。
セルティオには手がないから、攻撃といえば体当たりくらいしか予測できなかった。
俺の倍はあるだろう横幅に、2メートルほどの背。動くたびにボヨヨンとたわむ肉厚の身体に跳ね飛ばされたら、俺の身体がボールのように飛んで行ってしまいそうだ。
それ以外に考えられると言えば魔法だが、ヒルドはキラキラの剣を何度も握り直しながら、「魔法は使わないよ」と説明した。
「コイツは口から毒性の強い粘液を吐き出すから、当たらないように気を付けて」
何だって面倒な特性だ。
それは、唾を吐きかけるような攻撃ってことだろうか。
感情のない赤色の丸い瞳。今までに俺が見てきた獰猛な野獣たちとは様子が違う。
モンスターというより、妖怪だ。
魔法の効かないセルティオ一体に、剣師三人という構図は俺たちにとって優位なのかどうかも分からないが、最初に攻撃を仕掛けたのは既に戦闘モードにあったメルだった。
彼女にはもう俺たちの声なんて耳に入っていないのかもしれない。これは彼女にとって、あまり良くない状況だと思う。
それでも俺は「いけぇ」とエールを飛ばした。
ヒルドもまた表情を変え、白い巨体を挟むようにセルティオの向こう側へ走った。
メルの剣がセルティオの左足を斜めに切りつける。これで動きを止められるかと、俺は「よっしゃ」と歓声を上げるが、深く付けた筈の赤い傷跡は、白い肌に滲んであっという間に消えてしまう。
次にセルティオがターゲットをヒルドに変えて、くるりと身体を捻らせた。
「来るか、お前……僕をやろうってのか?」
ヒルドの引きつった顔に、セルティオはにやりと口角を上げる。
笑っているのだろうか。
メルがヤツの背中をもう一度切り付けるが、やはり与えるダメージは少ない。
「何か方法はないのか?」
「この子は魔法が苦手なの。けど、今はそれができないから」
ついさっきまで彼女の暴走を阻止せねばと思っていたのに、緋色の魔女がいてくれればいいのにと思ってしまう。
そうしたら、バルコニーから見たような魔法で圧勝できるのかもしれない。
けど、それは駄目だという理性はまだ俺に残っている。
唇のないセルティオの口が細く開いた。
その毒液とやらを吐き出すのかと息を飲んだ俺は、ヤツの黒い口内から現れた舌に驚愕する。
血で染めたような真っ赤な舌が、ベロリと粘膜を巻き付けて、ヒルド目掛けて飛び出たのだ。
「ヒィィイイ」
涙交じりのヒルドの悲鳴。
舌はその身体とは見合わない程に長く、意識を持つように右へ左へと旋回してターゲットを襲った。
それはセルティオの背よりも長い。下に落ちれば地面に余裕で付く長さだ。
何度も叫び声を上げながら、ヒルドが既のところで舌をかわしていく。
メルがその間に素早く入り込んで、高く飛び上がる。彼女の剣の切っ先が、セルティオの目を突き刺した。
10cm程めり込んだ所でカツンと硬いものに当たる音がして、メルはすぐに剣を引き抜く。瞳から溢れた鮮血が幾数もの線を引くように白い身体を染め落ちていった。
セルティオは「グオゥ」と唸り、舌を一旦口へと戻す。
潰れた目のダメージで、巨体が動くたびにフラフラと揺れた。
今度こそいけるか? と俺は思ったが、やはりそう上手い流れにはならない。
「こっちよ」と呼んだメルに攻撃相手をシフトさせたセルティオが、彼女へぐるりと巨体を回す。それがグラリと傾いで、側に居たヒルドにぶつかった。
「うわぁ」とボールのように弾き飛ばされたヒルドが数メートル先の地面に叩き付けられて、俺は急いで駆け寄った。
「大丈夫か、ヒルド」
「痛ぁい」
悲痛の表情で左腕を押さえるヒルド。
俺たちの背後では、メルがセルティオを相手に苦戦中だ。メルの剣で致命的なダメージを与えられないところを見ると、俺が戦った所で邪魔にしかならない気がした。
山での失態を思い出して、じっとしているのが俺にとっての最善策だと思うのに、何かしなければという気持ちも湧いてしまう。
「ユースケはヒルドの側に居てあげて」
メルが肩越しに俺へそう言った。
それなのに、俺は今まで抜けなかった剣を軽々と引くことが出来た。
「駄目だよ、ユースケ!」
痛みに顔を歪ませながら、ヒルドはのっそりと起き上がる。「あぁ、こんなに汚れちゃったじゃないか」とブツブツ言う余裕はあるようだ。
俺はセルティオを見据えて、
「なぁヒルド、俺たちは剣師なんだろう? だったら一緒に戦わねぇか?」
何の根拠もない自信がどこから湧いてきたかなんて自分でも分からない。
ヒルドは少しだけ驚いた表情を見せてから、「何それ、当たり前じゃない」と吹き出すように笑い声をあげた。
「でも、嬉しいよ。僕たちは戦友だからね」
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