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9章 俺の居ないこの町で

97 眩しすぎる男

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 翌朝は近所から流れてきたラジオ体操の音で目が覚めた。
 8時オープンだというカフェに出勤してきた京也きょうや奏多かなたが朝食にサンドイッチを用意してくれて、のんびりと食べていたのもつかの間、食べ終わるよりも先に宗助そうすけが慌ただしく店に飛び込んできた。
 宗助は俺たちを見るなり、「良かったぁ」と崩れる。

「まだ居たぁ」

 汗びっしょりの身体をエアコンの風に当てて、嬉しさをいっぱいに広げる。
 俺がいただけで宗助が喜ぶなんてシチュエーションは、普段なら親が不在の時にコイツが家の鍵を忘れて出て行った時くらいじゃないだろうか。
 こんなテンションの高い宗助に会うのもあと少しなんだなと思うと、名残惜しく感じるから不思議だ。

 京也は俺が夜に見てしまった悲し気な顔を欠片も見せず、明るく振舞っている。
 クラウもいつも通りだけれど、メルは少しだけ大人しい。それは早起きして剣の手入れをしていたという理由の眠そうな顔とはまた違っていた。けれどそれも「メルちゃん」と騒々しく横に座る宗助のお陰でまぎれてしまったようだ。

「ソースケは元気ね」
「もっちろん。メルちゃんと、ちゃんとサヨナラしたかったからね」

 「僕の妹になってもいいんだよ?」と加えた言葉が冗談には聞こえない。
 俺はメルが自分の妹だったらと想像してみたが、もしクラウとメルがいい感じになった場合、俺や宗助の姉になるんだなと妄想を膨らませた。

   ☆
「じゃあ、行こうか」

 出発の支度をして、俺はクラウのそんな言葉に「おぅ」と同意して階段を下りた。
 開店前に出てしまおうと思ったのに、7時55分の店内はすでに半分の席が埋まっている。

「行くの?」

 甘い匂いを漂わせるパンケーキにクリームを絞る手を止めて、京也が俺たちを見送ってくれた。

「どうもありがとうございました」
「またこの辺に来ることがあったら、いつでも寄ってね」

 声を合わせる俺たちに笑顔を手向たむけ、京也はカウンターの中から取り出した茶色の紙袋を「食べてね」とメルに渡した。
 そんなやり取りをしているうちにも、また二人組の客が入店してくる。席を案内した奏多が急ぎ足で戻ってきて、「私が焼いたのよ」と胸を張った。

 ぐるぐると折られた紙袋の口を解くメルの手元を覗くと、レジ横に並ぶ焼き菓子と同じものがいっぱいに詰め込んであった。

「ありがとう、キョーヤ。カナタも、とっても美味しそうね。これは、大切な友達といただくわ」

 メルのそんな一言に、俺は一瞬ドキッとした。
 「そうだね、そうするといいよ」とクラウも賛同する。

「あの……」

 俺は京也にチェリーの話をしたくてたまらなくなった。けれど、クラウがそれを察して俺の腕を掴み、後ろへと促す。だから俺は何も言えずに言葉を飲み込んだ。

「どうしたの?」
「あ、いえ」

 美緒とこの世界に戻ってきたら、またここにパンケーキを食べに来れたらいいなと思う。
 俺たちはもう一度「ありがとう」を二人に伝えて店を後にした。

   ☆
「で、どこに向かってるんですか?」
 
 先導する俺の横に並んで、宗助が好奇心旺盛おうせいな顔で覗き込んでくる。

「お前、どこまでついてくる気だ?」
「そりゃあ、サヨナラするまでですよ。お迎えに来るって人にも会ってみたいし」

 まぁ、そうだろうとは思っていた。

「迎えが来てくれるって決まったわけじゃないけどね」
「えっ、そうなんですか?」
「僕たちはこっちに放り出された身だから」

 クラウは額の汗をぬぐって花柄の包みを担ぎ直した。俺が持とうとしても「平気だよ」と断られてしまう。
 一国の王に荷物持ちをさせている状況は、国民たちには見せないほうがいいだろうと思いながらも、弟の権限で有難く甘えさせてもらう。

「私はゼストが迎えに来ると思うわ」
「俺もそう思う。こっちに詳しいしな」
「そうだね、親衛隊の誰かだろうとは思うよ」
「親衛隊?」

 やはり宗助はその言葉に反応する。そりゃそうだ。けど、クラウが王様だってことは内緒にしている。

「凄いですね。本当に別の世界から来たんだ。そのゼストって人はどんな人なんですか?」
「えっ」

 そう聞かれて、俺は昨晩の京也さんの言葉を思い出した。

 ――『やたらしつこい客に絡まれたって困ってた時期があってさ』

 想像しただけで笑いが止まらなくなる俺に変わって、クラウが「国王に勤める魔法師だよ」と答えた。
 「へぇ、かっこいい」と宗助も目を輝かせる。
 ゼストが来るのが無難なんだとは思うが、リトやマーテルが来たらどうだろう。この炎天下にいつものハイレグ姿で現れたら、中一男子の宗助は鼻血を出してぶっ倒れてしまうのではないか。

 そんな事を真剣に考えているうちに、俺たちはいつもの公園にたどり着く。

「えっ、ここ?」

 予想外だったらしい宗助が細目をくるりと広げて驚いた。
 他に二人を連れてってやりたい場所はいくらでもあったけれど、俺は気が急いていた。
 まだ時間は早いかもしれないが、次元の穴があるというここで迎えを待ちたいと思う。

 それなのに、公園に足を踏み入れるとヤツはもうそこに居たのだ。

「あっ!」

 誰もいない公園の滑り台の前で、ヤツが先に俺たちを見つけた。
 予想外のことがいくつも重なって、俺は思わず「お前か」と叫んでしまった。

「会いたかったよ、ユースケ!」

 ここは地球だというのに、ギラギラの太陽に宝石いっぱいの剣をギラギラと輝かせながら、おかっぱ頭のヒルドが両手をいっぱいに広げて駆け寄ってきた。人目もはばからず俺に抱き着いてくる。

「無事だったんだな、ヒルド。俺たち、迎えはてっきりゼストじゃないかって話しててさ」
「ユースケ……」

 俺に絡ませた腕を解いて、ヒルドが急に表情を曇らせた。
 一呼吸分うつむいた顔を起こして、言い辛そうにその事実を口にする。

「ゼストが戦闘で怪我したんだよ。だから、僕が来たんだ」
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