貧乳世界の魔王が作った巨乳ハーレムに入ってしまった幼馴染を連れ戻すために、俺は異世界へ旅立つ!

栗栖蛍

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10章 前時代を生きた記憶

102 魔王親衛隊の存在理由

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 城は大分ダメージを受けたらしいが、とりあえず地下と中央廟ちゅうおうびょうは無事らしい。
 「気をつけろよ」と何度も声を掛けてクラウやメルたちを見送ると、急に部屋が静まり返ってしまった。
 俺が一息つくと、隣でヒルドが大きな欠伸あくびてのひらで受け止める。

「ゼスト様、私もそろそろ失礼しまぁす」

 声と同時に扉が開いて、金髪おさげ髪のシーラが顔を覗かせた。
 店はとっくに閉まっているが、彼女はまだメイド服のままだ。
 彼女の笑顔に緊張が解けたところで、俺はふとこの世界の大事な仕様を思い出してしまう。

 【この世界の女は、パンツをはいていない】という事だ。

 「あっ……」と息を飲み込む俺を不審げに見つめるヒルドと目が合って、慌てて背を向ける。

「気を付けて帰れよ」
「はぁい、お疲れさまでした。ゼスト様、今日は顔色が良いですね。みなさんも、ゆっくり休んでくださいねっ!」

 シーラとゼストが申し送りをしているが、その会話は俺の耳に全く入ってこない。
 足首さえ隠してしまう紺色の長いスカートの中に、どんな楽園が隠されているのかと思うと、想像しただけでおかしな動悸に襲われた。
 ゴクリと飲み込んだつばの音が漏れているのではと気になって仕方がない。
 もちろん「パンツはいてないんだよね?」と確認することもできず、透視できるわけでもないのに目を凝らして自力で確認しようとしてしまう。
 見たい欲望と見てはいけない理性の間で、俺は一人葛藤しながら、精一杯の平静を装った。

「ユースケさん。剣は明日、出立しゅったつの時に渡しますね。ゼスト様に最後調整してもらおうと思って」
「あ、ありがとう」

 その一言を返すのがやっとだった。
 「お休みぃ」と手を振るヒルドに営業スマイルを返した彼女がようやく扉の向こうに消えたところで、「スケベ野郎が」とほくそ笑むゼストの声が俺を背後から突き刺した。

 「えっ? どうしたの?」とヒルドが不思議がるが、そこはスルーさせてもらう。
 ニヤニヤと笑うゼストに、俺は負けじと「人のこと言えるんですか!」と返した。けれどそれも「わっはっは」と返される始末だ。

 それから俺たちはシーラが支度してくれた食事をとり、寝支度をして布団に入った。
 元々あったソファと、大きな板を重ねた即席のベッド。簡単なコインゲームで負けて板のベッドになった俺にゼストがクイーンベッドでの添い寝を勧めてくるが、夢見が悪そうなので断らせてもらう。

 まだ寝るには早い時間だったが、ふんわりとした掛布団の温もりに疲労がどっと広がって、眠気が緞帳どんちょうのように下りてきた。

「向こうの世界はどうだった? ホームシックにはならなかったのか?」

 よし寝ようというところで、ゼストがそんな話を始める。

「なりませんよ。けど、サッカー好きの弟が2次元オタクになってたのが驚いたっていうか」
「そりゃ、お前が居た時は手を出せなかったんじゃないのか? 反面教師ってやつで」

 ということは、俺みたいにはなりたくないとでも思われていたんだろうか。

「人が何に興味持つかなんて、ちょっとしたきっかけだろ。お前が居ないくらいで根本的なところは変わりゃしねぇよ」

 そう言われると言い返す言葉も出ないくらいに納得できる。
 苦虫を噛んだような顔になっている俺をチラ見して、ヒルドがため息をついた。

「ユースケの弟とも、もっと話したかったよ。せっかく異世界に飛ばしてもらったっていうのに、僕は何だか炎天下に放り出されただけじゃないか。もう少し居たかったな」

 欠伸あくび交じりに言って、ヒルドは「もうダメ」と布団を顔まで引き上げた。

「僕は先に寝かせてもらうよ」

 その言葉の十秒後には寝息を響かせている。戦闘中もその後もヒルドには大分世話になったから、俺は寝ている後頭部に向かって「ありがとな」と声を掛けた。偶然か狸寝入りかはわからないが、「うーん」と返事が返ってくる。

 ゼストが照明を落とすとランタンのオレンジ色の灯が彼の顔を灯した。
 暗くなったのに何故か目が少しだけ覚めて、俺は向こうでの話を切り出す。
 暗がりに浮かぶ顔が、昨日の夜に見た宗助を思い出させたからだ。

「チェリーの店に行ってきましたよ」
「えっ……店って、お前……あんなとこにメルを連れて……」

 勘違いしたらしいゼストに慌てて「昼のですよ!」と説明する。
 チェリーが夜の蝶になる店は、俺の年齢じゃ入ることはできないはずだ。
 「お、おぅ。そっちか」と安堵するゼストに、俺は笑いを堪えた。

「桜のマスターと話したのか」
「はい。相当落ち込んでいましたよ。京也さんがチェリーの保管者でした」
「やっぱりそうか。マスターか凜ちゃんだと思ったんだよな」
「先生の話してましたよ」
「なっ!? 俺は……」

 急に声が大きくなるゼストに、「ヒルドが起きますよ」と声を挟んだ。
 【チェリーのストーカーだった一高いちこうの教師】は、悶絶もんぜつするような珍妙な声を漏らしている。
 
「やめてくれ。佳奈には言うなよ?」
「分かりました。けど、チェリーをこっちに連れて来たのって、先生じゃなくてリトさんですよね?」
「そうなんだよ。俺はリトが関わってるなんて全然知らなかったんだ。城で会った時は心臓止まりそうになったね」

 想像しただけでも笑えてくる。ストーカー相手が男だと知った時の気持ちも、自分の世界でその男と再会した時の気持ちも。残酷というか、二人は奇妙な運命で繋がっているのかもしれない。

「それにしても先生って、あっちの生活を満喫していますよね。向こうに居るのは仕事なんですか?」
「仕事は半分。教師やってるのは、俺の趣味なのかな」
「へぇ」

 魔王親衛隊という堅苦しい肩書とは裏腹に、ゼストは自由奔放に生きているようにしか見えない。それは彼だけではなく、リトやマーテルもそうだ。確かにそれらしき仕事をしている時もあるけれど……。

「親衛隊って、普段からクラウの警護してるわけじゃないんですか?」
「何だお前、俺たちが遊んでばっかいるって言いたいのか?」
「そ、そんな」

 その通りだ。

「まぁ、その通りだからそう見えても仕方ねぇだろ」
「否定しないんですか」
「俺たちは世襲制だ。物心ついた時から、大きくなったら親衛隊としてメルーシュの次の魔王に仕えるんだぞって言われて育った。だから、それなりに自分の腕は磨いてきたつもりだ。けど、俺たちの本来の目的はクラウを守ることじゃねぇんだよ。大体、魔王は俺たちなんかいなくたって十分に強いからな。メルーシュだって毒を盛られたけど、それじゃあ死ななかった」
「そ、それは結果論なんじゃ」 
「まぁ、そうとも言える。眠そうな割に頭が回るな」
「じゃ、じゃあ……」

 一瞬沈黙が起きた。
 そこまで言って、その先を躊躇ためらうのだろうか――そう思ったのも束の間、ゼストは鼻息を鳴らして暗闇に呟いた。

「俺たちの役割は、魔王が暴走した時に、魔王を殺すことなんだよ」

 それは、俺の聞いて良い話だったんだろうか。
 俺はまぶたを押し上げて、必死にゼストの言葉にしがみついた。
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