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12章 ゆりかごに眠る意思
128 阻まれた意思
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「美緒――!」
過ぎ行くトード車の背にありったけの声をぶつけるが、俺一人の叫びなど祭の音に掻き消されてしまう。
「美緒! 美緒ぉ!」
あっという間に開いた距離。それでも全速力で追いかけて何度も声を張り上げると、爪先に当たった石に足が閊えて、俺はみっともなく顔面から地面に転げた。
「ユースケ!」
駆け寄ってきた二人に両腕を取られて立ち上がると、「うわぁ」とヒルドが顔を歪めた。
「大丈夫? 血だらけよ」
口の中に錆びた味が広がる。自分では大したことないと思ったが、額の鈍痛に触れると、指先がぬるりという血の感触を拾った。
指に絡むねっとりした血に不快感を覚えるが、痛がっている暇はない。
「美緒が……」
再び走り出そうと二人を振り切ろうとしたところで、トード車の動きが止まっていることに気付く。まだ中央廟へは距離のある位置だ。
バタリと開いた扉から白装束姿の二人の少女が下りてきた。元老院見習い魔法師の、ミーシャとムーシャだ。
俺は二人の横を抜けて美緒の居るトード車に駆け寄ろうとするが、急に足の力が抜けて思うように前へは進めなくなってしまった。
「お前、俺に何かしたのか?」
ミーシャに向けてそう叫んだ。俺の意思とは別の力が、俺の前進を拒んでいる。
「美緒! 美緒!」
扉が開いたままのトード車に向かって、俺は何度も呼び掛けるが、何も反応は返ってこない。
「無駄よ。彼女には聞こえないわ」
「美緒が居るんだろ?」
「えぇ。けど、今の貴方にはどうすることもできないの。ちゃんと生きている。怪我もしていないわ。だから、今は諦めて」
「諦められる訳ねぇだろ?」
「今は、ってことよ」
お互いに引く気などない。
喧嘩腰になった空気からそっぽを向いたミーシャが、「それより」と話題を変えて俺を振り返った。
「貴方、何て顔をしているの?」
ミーシャは汚いものでも見るような目を俺に向けて、
「クラウ様の弟を名乗るなら、もう少し自覚ある行動をなさい」
そんなことを言って、俺の額に右の人差し指を突き立てた。
突然の接触に全身が恐怖を感じるが、避けることはできなかった。ただ指が触れているだけなのに、やたら重く感じてしまう。
彼女の茶色い目に捕らわれて硬直したのはほんの数秒。指はすぐに俺を離れた。
それが彼女の施した治癒だと気付いたのは、直前までビリビリと響いていた鈍痛が彼女の指の感触とともに消えてしまったからだ。
後ろの二人を振り返ると、「治ってる」と声が重なった。
「こ、これを」
足元から聞こえた少女の声に視線を落とすと、ムーシャが相変わらずのおどおどした顔で俺を見上げていた。差し出された華奢な手に、小さな四角い紙のようなものが握られている。
絆創膏のようなものだと思って患部を指差すと、ムーシャはこくりと頷いて俺の手に乗せ、トード車の中へ走り去っていった。
そんな彼女と引き換えに出てきたのは、空気が一瞬で凍り付くような存在感を放った男だ。初めて彼に会ったのもこの場所だ。
辺りにいた民衆が「ハイド様!」と俺とは真逆の感情で口々にその名前を呼ぶ。
「ハイド!」
けれど、俺は自分の怒りを抑え付けることができなかった。
噛みつくように吠える俺を見据えて、ハイドは「どうしましたか?」と何事もなかったような素振りで返事をする。
「どうしたかって聞くのはこっちだろ? 美緒をさらって何するつもりだよ」
勢いをつけて地面を蹴るが、見えない力が俺を押さえつけて放そうとはしない。
「ミーシャ!」
これは彼女の仕業だ。怒りを込めて叫ぶが、彼女は不機嫌な表情を更に濃くして、俺を睨みつけてくる。
「そうして粋がっていられるだけでも、有難いと思いなさい!」
「はぁ? 何だよ、それ」
黙ったままのハイドの横で、ミーシャは口元に手を添えて俺を挑発するように話し続けた。
「ミオと貴方は似ているわね。ここへ来るとき暴れたから、大人しくしてもらっているのよ」
「大人しく、って。魔法でか? そういうのを犯罪って言うんだぞ!」
普段大人しい美緒が暴れるなんて余程のことだろう。意思さえも拘束された彼女を想像して、俺は怒りのままに声を張り上げた。
「ふざけるなよ!」
「黙りなさい!」
ぴしゃりと響いたミーシャの声と同時に、俺への拘束が強まった。全身を鷲掴みにされたような力に、無駄だとは思いつつも必死で抵抗する。
「そのくらいにしておけ」
突然口を開いたハイドに、たちまち大人しくなるミーシャ。力関係が明白だ。
それは俺に対するハイドの優しさなのだろうか。そんなことが一瞬頭をよぎったが、ひんやりと冷たいその声に、俺の身体は拒絶を示す。
「今、クラウ様の身に起きていることは不条理であるけれど、それを少しでも良い方向へ導いていくのが元老院の役目。我々の考えは、グラニカ国民の真意なのです。異世界から来た貴方が崩すことなど到底できることではありません」
「じゃあ聖剣が抜けなかったら、どうするんですか? 美緒を……こ、殺すんですか?」
口にしたくない言葉だけれど、聞かずにはいられなかった。
けれど、絞り出した問いかけにも、ハイドははっきりとした答えをくれない。
「その時は、ここに居る国民に未来を問いましょうか?」
祭で賑わう民衆を振り向いたハイドが、うっすらと笑っているように見えた。
俺の怒りはやまなかったが、
「では、クラウ様が聖剣を抜くところを、ユースケ様も一緒にご覧になりますか」
突然の提案に、吐き出しかけた怒りを飲み込んだ。
ミーシャが「ハイド様?」と驚愕する。
「俺も? いいんですか? 聖のゆりかごに行っても」
「その気があるなら来ればいい。ただし、一人でな」
ハイドは疲れたように頷くと、俺の背後に立つ二人に視線をくれて、それ以上何も言わずにトード車へ乗り込んでしまった。
「いい? 貴方がクラウ様の弟だからという、ハイド様のご意向よ。感謝なさい」
ミーシャはわなわなと苛立ちを見せながら、そんな捨て台詞を吐いてハイドを追いかけた。
過ぎ行くトード車の背にありったけの声をぶつけるが、俺一人の叫びなど祭の音に掻き消されてしまう。
「美緒! 美緒ぉ!」
あっという間に開いた距離。それでも全速力で追いかけて何度も声を張り上げると、爪先に当たった石に足が閊えて、俺はみっともなく顔面から地面に転げた。
「ユースケ!」
駆け寄ってきた二人に両腕を取られて立ち上がると、「うわぁ」とヒルドが顔を歪めた。
「大丈夫? 血だらけよ」
口の中に錆びた味が広がる。自分では大したことないと思ったが、額の鈍痛に触れると、指先がぬるりという血の感触を拾った。
指に絡むねっとりした血に不快感を覚えるが、痛がっている暇はない。
「美緒が……」
再び走り出そうと二人を振り切ろうとしたところで、トード車の動きが止まっていることに気付く。まだ中央廟へは距離のある位置だ。
バタリと開いた扉から白装束姿の二人の少女が下りてきた。元老院見習い魔法師の、ミーシャとムーシャだ。
俺は二人の横を抜けて美緒の居るトード車に駆け寄ろうとするが、急に足の力が抜けて思うように前へは進めなくなってしまった。
「お前、俺に何かしたのか?」
ミーシャに向けてそう叫んだ。俺の意思とは別の力が、俺の前進を拒んでいる。
「美緒! 美緒!」
扉が開いたままのトード車に向かって、俺は何度も呼び掛けるが、何も反応は返ってこない。
「無駄よ。彼女には聞こえないわ」
「美緒が居るんだろ?」
「えぇ。けど、今の貴方にはどうすることもできないの。ちゃんと生きている。怪我もしていないわ。だから、今は諦めて」
「諦められる訳ねぇだろ?」
「今は、ってことよ」
お互いに引く気などない。
喧嘩腰になった空気からそっぽを向いたミーシャが、「それより」と話題を変えて俺を振り返った。
「貴方、何て顔をしているの?」
ミーシャは汚いものでも見るような目を俺に向けて、
「クラウ様の弟を名乗るなら、もう少し自覚ある行動をなさい」
そんなことを言って、俺の額に右の人差し指を突き立てた。
突然の接触に全身が恐怖を感じるが、避けることはできなかった。ただ指が触れているだけなのに、やたら重く感じてしまう。
彼女の茶色い目に捕らわれて硬直したのはほんの数秒。指はすぐに俺を離れた。
それが彼女の施した治癒だと気付いたのは、直前までビリビリと響いていた鈍痛が彼女の指の感触とともに消えてしまったからだ。
後ろの二人を振り返ると、「治ってる」と声が重なった。
「こ、これを」
足元から聞こえた少女の声に視線を落とすと、ムーシャが相変わらずのおどおどした顔で俺を見上げていた。差し出された華奢な手に、小さな四角い紙のようなものが握られている。
絆創膏のようなものだと思って患部を指差すと、ムーシャはこくりと頷いて俺の手に乗せ、トード車の中へ走り去っていった。
そんな彼女と引き換えに出てきたのは、空気が一瞬で凍り付くような存在感を放った男だ。初めて彼に会ったのもこの場所だ。
辺りにいた民衆が「ハイド様!」と俺とは真逆の感情で口々にその名前を呼ぶ。
「ハイド!」
けれど、俺は自分の怒りを抑え付けることができなかった。
噛みつくように吠える俺を見据えて、ハイドは「どうしましたか?」と何事もなかったような素振りで返事をする。
「どうしたかって聞くのはこっちだろ? 美緒をさらって何するつもりだよ」
勢いをつけて地面を蹴るが、見えない力が俺を押さえつけて放そうとはしない。
「ミーシャ!」
これは彼女の仕業だ。怒りを込めて叫ぶが、彼女は不機嫌な表情を更に濃くして、俺を睨みつけてくる。
「そうして粋がっていられるだけでも、有難いと思いなさい!」
「はぁ? 何だよ、それ」
黙ったままのハイドの横で、ミーシャは口元に手を添えて俺を挑発するように話し続けた。
「ミオと貴方は似ているわね。ここへ来るとき暴れたから、大人しくしてもらっているのよ」
「大人しく、って。魔法でか? そういうのを犯罪って言うんだぞ!」
普段大人しい美緒が暴れるなんて余程のことだろう。意思さえも拘束された彼女を想像して、俺は怒りのままに声を張り上げた。
「ふざけるなよ!」
「黙りなさい!」
ぴしゃりと響いたミーシャの声と同時に、俺への拘束が強まった。全身を鷲掴みにされたような力に、無駄だとは思いつつも必死で抵抗する。
「そのくらいにしておけ」
突然口を開いたハイドに、たちまち大人しくなるミーシャ。力関係が明白だ。
それは俺に対するハイドの優しさなのだろうか。そんなことが一瞬頭をよぎったが、ひんやりと冷たいその声に、俺の身体は拒絶を示す。
「今、クラウ様の身に起きていることは不条理であるけれど、それを少しでも良い方向へ導いていくのが元老院の役目。我々の考えは、グラニカ国民の真意なのです。異世界から来た貴方が崩すことなど到底できることではありません」
「じゃあ聖剣が抜けなかったら、どうするんですか? 美緒を……こ、殺すんですか?」
口にしたくない言葉だけれど、聞かずにはいられなかった。
けれど、絞り出した問いかけにも、ハイドははっきりとした答えをくれない。
「その時は、ここに居る国民に未来を問いましょうか?」
祭で賑わう民衆を振り向いたハイドが、うっすらと笑っているように見えた。
俺の怒りはやまなかったが、
「では、クラウ様が聖剣を抜くところを、ユースケ様も一緒にご覧になりますか」
突然の提案に、吐き出しかけた怒りを飲み込んだ。
ミーシャが「ハイド様?」と驚愕する。
「俺も? いいんですか? 聖のゆりかごに行っても」
「その気があるなら来ればいい。ただし、一人でな」
ハイドは疲れたように頷くと、俺の背後に立つ二人に視線をくれて、それ以上何も言わずにトード車へ乗り込んでしまった。
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