141 / 171
13章 魔王
141 横たわる影
しおりを挟む
暗い森の中に並ぶ10棟ほどのコテージ。
この間泊った建物を横目に走り、次に見えたコテージに飛び込んだ。
内側から鍵を掛けたヒルドが全員いることを確認し、「良かった」と松明の灯で部屋中のランタンを灯していった。
オレンジ色の明かりが広がり、中の様子が照らし出される。
メルと使った部屋とは間取りが違い、ベッドもテーブルもなく、がらんどうとしている。
トイレの個室が隅にあるだけで、シャワー室はないようだ。小さな水場が壁際についていて、布団や箱が脇に積み上げられているのを見ると、今日は雑魚寝確定のようだ。
「今日はここで寝ておいた方がいいね。ただでさえモンスターは夜行性だし、チャーチ香の匂いがしてるんだから。先に入った親衛隊や隊長たちも、今はどこかに身を潜めているはずだよ」
「朝までしっかり寝ておくこと」と加えて、ヒルドは水場で松明の灯を消した。
「ここに居れば平気かしら? 窓を突き破ってきたりしないの? ここに走って来る途中で、モンスターの気配がしたわよ?」
「ええ? 本当ですか?」
「佑くん、気付いていなかったの?」
えっ、と目を丸くする美緒は、ここに逃げてくる間ずっと俺と手を繋いでいた。俺は彼女の足に付いていくことに必死で、そんなことに気付ける余裕がなくなっていたらしい。
「中まで入ってきたりはしないだろうけど。ちょっと待って、この辺に--」
ヒルドは積まれた木箱を漁る。「あった」と取り出したのは、先端に火薬の付いた木の棒だった。見た目は花火のようなものだが、それよりは大分太い。ランタンから炎を拾うと、白い煙が細く立ち上った。
同じもの数本に灯を灯すと部屋中に煙が充満して、俺たちは豪快に咳込んでしまう。
ヒルドは「ごめんごめん」と謝ると、窓と入口の外に一本ずつ香を刺していき、素早く鍵を閉め直した。
チャーチ香とは違って、お世辞にも良い香りだとは言えないが、モンスターに効果があるらしい。
「カルテラ香だよ。これならモンスターも寄ってこないから、朝までゆっくり寝れるね」
モンスターどころか、人間にも効果的だ。そんなに便利なものなら、もっと早く知りたかった。けれど、今以上にそれを必要とした機会もなかった気がする。
「それより、おなか減ったな。さっきのシーモス拾ってこようかな。カルテラ香を持ってれば行けるかも」
「やめとけよ。危険だろ?」
俺だって腹は減っているが、もう一度外に出る気には到底なれない。シーモスの肉は絶品だというが、リスクが高すぎる。
チェリーも「そうよ」と腕を組んで、ヒルドを宥めた。
「シーモスの肉は、モンスターも好む味だって聞いたわよ? 今頃、獰猛な奴らがたかってるんじゃないかしら」
想像しただけでゾッとする。
「あぁ、確かに」と青ざめた顔で諦めたヒルドが、再び部屋にあった木箱を開いた。
中には調理器具や包帯のような救急セットに交じって、鉈らしきものまで入っている。俺たちはその奥に非常食と思われる干し肉を見つけて軽い夕飯を済ませると、しばらくして横になった。
ぐっすりと眠れるはずなんてないけれど、ヒルドのいびきが部屋に響き渡った時、チェリーが身体を俺に向けて、そっと口を開いた。
「メルを見ると、妹を思い出すのよね。だからあの子には幸せになって欲しいなって思うのよ」
ヒオルスと消えたメルは、今どこで何をしているんだろうか。
「俺も、そう思います」
俺はメルとチェリーの妹の凛を頭に浮かべながら、そう頷いて目を閉じた。
☆
知らないうちに眠りについて、朝はあっという間にやってきた。
「もう大丈夫だよ」と入口の扉を開いたヒルドに続いて外に出ると、朝の森にはうっすらと白い霧が立ち込めていた。
カルテラの匂いから離れて森の方角へ大きく深呼吸すると、朝の冷えた空気に交じって甘い匂いが口の中いっぱいに入り込んできて、慌てて唇を強く閉じた。
チャーチ香の匂いが強くなっている。
俺は背筋を凍らせて、腰の剣を握りながらコテージの中へ駆け込んだ。
「これは、ちょっと良くない気がするね」
不安げに戻ってきたヒルドが、また扉に鍵を掛ける。
朝を迎えた俺たちは、もうここには居られない。逃げる為じゃなく戦う覚悟をしてここまで来た俺たちは、モンスターに出会うことだって分かっていたはずだ。
俺より先に身支度を整えた美緒が、「戻ってもいいんだよ?」と俺を覗いた。けれど、彼女の表情は戻る気なんて更々ない。俺たちの誰よりも出立を待ちわびているようだ。
「戻る訳ねぇだろ」と強がると、そんな俺たちを見ていたチェリーが「そうね」と笑う。
「絵本の話だと、ドラゴンは温泉を好むらしいよ」
俺たちは松明の代わりに一本のカルテラ香をかざしながら、森の奥を目指した。
温泉はみんなで一度来た場所だ。あの時は不安なんて一つもなかった。
それなのに今は、モンスターどころかドラゴンにすら遭わなければいいと心の片隅で思っている。
ここに来て怖気づく俺が、最初にその影に気付いた。
木々の隙間から温泉の湯気が見えたのと、ほぼ同時だ。
「あれ」
道を塞ぐように倒れる人影。それが誰なのか一瞬で分かったけれど、俺はその現実を受け止めきれずに呆然としてしまう。
「ゼスト! マーテル!」
叫んだヒルドの声に驚いた鳥たちが、音を立てて一斉に空へはばたいた。
この間泊った建物を横目に走り、次に見えたコテージに飛び込んだ。
内側から鍵を掛けたヒルドが全員いることを確認し、「良かった」と松明の灯で部屋中のランタンを灯していった。
オレンジ色の明かりが広がり、中の様子が照らし出される。
メルと使った部屋とは間取りが違い、ベッドもテーブルもなく、がらんどうとしている。
トイレの個室が隅にあるだけで、シャワー室はないようだ。小さな水場が壁際についていて、布団や箱が脇に積み上げられているのを見ると、今日は雑魚寝確定のようだ。
「今日はここで寝ておいた方がいいね。ただでさえモンスターは夜行性だし、チャーチ香の匂いがしてるんだから。先に入った親衛隊や隊長たちも、今はどこかに身を潜めているはずだよ」
「朝までしっかり寝ておくこと」と加えて、ヒルドは水場で松明の灯を消した。
「ここに居れば平気かしら? 窓を突き破ってきたりしないの? ここに走って来る途中で、モンスターの気配がしたわよ?」
「ええ? 本当ですか?」
「佑くん、気付いていなかったの?」
えっ、と目を丸くする美緒は、ここに逃げてくる間ずっと俺と手を繋いでいた。俺は彼女の足に付いていくことに必死で、そんなことに気付ける余裕がなくなっていたらしい。
「中まで入ってきたりはしないだろうけど。ちょっと待って、この辺に--」
ヒルドは積まれた木箱を漁る。「あった」と取り出したのは、先端に火薬の付いた木の棒だった。見た目は花火のようなものだが、それよりは大分太い。ランタンから炎を拾うと、白い煙が細く立ち上った。
同じもの数本に灯を灯すと部屋中に煙が充満して、俺たちは豪快に咳込んでしまう。
ヒルドは「ごめんごめん」と謝ると、窓と入口の外に一本ずつ香を刺していき、素早く鍵を閉め直した。
チャーチ香とは違って、お世辞にも良い香りだとは言えないが、モンスターに効果があるらしい。
「カルテラ香だよ。これならモンスターも寄ってこないから、朝までゆっくり寝れるね」
モンスターどころか、人間にも効果的だ。そんなに便利なものなら、もっと早く知りたかった。けれど、今以上にそれを必要とした機会もなかった気がする。
「それより、おなか減ったな。さっきのシーモス拾ってこようかな。カルテラ香を持ってれば行けるかも」
「やめとけよ。危険だろ?」
俺だって腹は減っているが、もう一度外に出る気には到底なれない。シーモスの肉は絶品だというが、リスクが高すぎる。
チェリーも「そうよ」と腕を組んで、ヒルドを宥めた。
「シーモスの肉は、モンスターも好む味だって聞いたわよ? 今頃、獰猛な奴らがたかってるんじゃないかしら」
想像しただけでゾッとする。
「あぁ、確かに」と青ざめた顔で諦めたヒルドが、再び部屋にあった木箱を開いた。
中には調理器具や包帯のような救急セットに交じって、鉈らしきものまで入っている。俺たちはその奥に非常食と思われる干し肉を見つけて軽い夕飯を済ませると、しばらくして横になった。
ぐっすりと眠れるはずなんてないけれど、ヒルドのいびきが部屋に響き渡った時、チェリーが身体を俺に向けて、そっと口を開いた。
「メルを見ると、妹を思い出すのよね。だからあの子には幸せになって欲しいなって思うのよ」
ヒオルスと消えたメルは、今どこで何をしているんだろうか。
「俺も、そう思います」
俺はメルとチェリーの妹の凛を頭に浮かべながら、そう頷いて目を閉じた。
☆
知らないうちに眠りについて、朝はあっという間にやってきた。
「もう大丈夫だよ」と入口の扉を開いたヒルドに続いて外に出ると、朝の森にはうっすらと白い霧が立ち込めていた。
カルテラの匂いから離れて森の方角へ大きく深呼吸すると、朝の冷えた空気に交じって甘い匂いが口の中いっぱいに入り込んできて、慌てて唇を強く閉じた。
チャーチ香の匂いが強くなっている。
俺は背筋を凍らせて、腰の剣を握りながらコテージの中へ駆け込んだ。
「これは、ちょっと良くない気がするね」
不安げに戻ってきたヒルドが、また扉に鍵を掛ける。
朝を迎えた俺たちは、もうここには居られない。逃げる為じゃなく戦う覚悟をしてここまで来た俺たちは、モンスターに出会うことだって分かっていたはずだ。
俺より先に身支度を整えた美緒が、「戻ってもいいんだよ?」と俺を覗いた。けれど、彼女の表情は戻る気なんて更々ない。俺たちの誰よりも出立を待ちわびているようだ。
「戻る訳ねぇだろ」と強がると、そんな俺たちを見ていたチェリーが「そうね」と笑う。
「絵本の話だと、ドラゴンは温泉を好むらしいよ」
俺たちは松明の代わりに一本のカルテラ香をかざしながら、森の奥を目指した。
温泉はみんなで一度来た場所だ。あの時は不安なんて一つもなかった。
それなのに今は、モンスターどころかドラゴンにすら遭わなければいいと心の片隅で思っている。
ここに来て怖気づく俺が、最初にその影に気付いた。
木々の隙間から温泉の湯気が見えたのと、ほぼ同時だ。
「あれ」
道を塞ぐように倒れる人影。それが誰なのか一瞬で分かったけれど、俺はその現実を受け止めきれずに呆然としてしまう。
「ゼスト! マーテル!」
叫んだヒルドの声に驚いた鳥たちが、音を立てて一斉に空へはばたいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる