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Episode2 修司
38 帰ってこなかった男
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緩くほころんだ颯太の笑顔に悲壮感を垣間見て、修司はベッドの上で正座した両膝を強く握り締めた。
「良くやったと称えて、空の棺桶相手に盛大に供養はしてたけどな。俺に言わせりゃ犬死だ。アルガスは今だって根本的なトコは変わっちゃいねぇ。命令が下れば、最前線で壁になって戦うのがキーダーだよ」
「そのヤスって人は死んだってこと? それなのに、死体はなかったの?」
「あぁ。回収できなかったんだとよ。それが真実かどうかなんて俺には分からねぇが、あの頃のキーダーは上の話を「そうだ」と飲み込む事しか許されなかった」
颯太は水分補給を繰り返し、再び視線を漂わせる。
「大舎卿はヤスが居なくなった後、塞ぎ込んでよ。ずっとその時を待ってたんだろうな。隕石が降ってきた時、真っ先にすっ飛んでった。俺はテレビ見てるだけだったのにな。あの爺さんには感謝してる。俺はアルガス解放で真っ先にトールになったんだぜ」
トールになる事なんてあっという間だったと笑い、颯太は銀環の消えた手首を押さえた。
「能力者の力を拒絶しながらも、国は解放までトールへの選択という切り札を出さなかった。結局、キーダーを道具としか見てなかったって事だ」
トールを選んだ颯太を、家族は笑顔で迎えたという。
祖父と祖母が互いに子連れで再婚したのは颯太が十歳で、修司の母である千春が四歳の頃らしい。
「解放前のキーダーなんてノーマルにとっては悪魔みたいな存在だったのに、初めて会った時も、トールになって帰って来た時も、あの二人は俺を受け入れてくれたんだ」
「伯父さんは、力を失ったことに後悔はしてないの?」
「してねぇよ」
キーダーの過去を断ち切る為、家族全員で母親の旧姓である『保科』になったんだと颯太は説明した。
「シスコンだったって言ったろ? 俺はトールになって千春の側に戻れた事が本当に嬉しかった。それなのに、お前の父親が突然アイツを奪っていきやがったんだ。アイツは生まれつき心臓が弱くて、出産なんか以ての外だったのに。絶対に産むって聞かなかったアイツを守るって言った男は、呆気なく先に死んだ。身重のアイツをあんな顔で泣かせて――」
颯太は目を閉じて、手の甲でそっと瞼を押さえる。
「あの男が死んで千春はどん底だったけど、出産から五年も生きられないだろうって言われたアイツが、息子の十歳の姿を祝うことができたんだよ」
颯太は修司の髪をてっぺんから掴んで、ぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「お前が産まれた時、塞いでたアイツがやっと笑ったんだ。もう、お前を国に差し出してやることなんてできなかった。アイツを看取った後、平野さんに会ってからの事は、お前が知ってる記憶のままだと思う。同じ境遇の元に居るのは悪い事じゃないと思って任せてみることにしたんだ」
修司は漠然と理解して大きく頷く。
現実でありながらもどこか遠い世界の話のようだが、修司が一番驚いたのは颯太が自分と血が繋がっていないという事実だ。
産まれた時既に亡くなっていた母方の祖父の写真を見て、颯太と良く似ていると思ったことがある。自分もそのうちと期待した時期もあったが、残念ながら彫りの深いイケメンDNAは一滴たりとも流れていないらしい。
けれど修司にとって、颯太が伯父であることに変わりはない。
「あのマンションに二人で帰れるかな」
「そんな心配そうな顔すんなよ、俺はお前の父親変わりだと思ってるんだぜ? 帰ろうと思えばそのうち帰れるさ」
「伯父さん……」
「なぁ修司、トールになれよ。悩むことないだろう? キーダーになるってのは戦って死ぬ覚悟があるかってことなんだ。分かるだろう?」
颯太は感情を高ぶらせ、右の拳を修司の心臓に向かって真っすぐに押し当てた。
「こいつを掛けるんだぞ? ヒーローになってどうする、英雄だと称えられたところで死んじまったらこの世界に戻っちゃ来れない。だから、俺はお前をバスクにしたんだ」
「死んだら終わりだって事は分かってるつもりだよ」
「キーダーになると、金には苦労しない。けど、それは能力への対価だ。キーダーだ英雄だと持ち上げて、仕事にNOは言わせない、そのための金なんだよ」
興奮を沈めるように、颯太は水を煽る。
生きることに貪欲で、『長生きしたい』と言っていた彼のルーツを知ることができた。
お金の話は魅力的だけれど、颯太が言うようにそれだけでキーダーを受け入れられるものでもない。
「血縁だとキーダーの力を得る確率は僅かに上がるんだとよ。けど、そうでもない俺たちが家族になったことは奇跡に近いんじゃないのか?」
そんな凄い確率で得た力なら、余計に今この場所に居ることを運命だと思ってしまう。
「木崎って男が言ってたように、今は昔と違う。けど昔の俺たちには今のこんな未来を描くことなんてできなかった。だから俺の過去もお前の力も隠した。恨んでもいい、お前の気持ちはきちんと受け止める覚悟はできてる。けど、俺の気持ちも分かってほしい」
頭の整理なんて暫くできそうにもなかった。
「良くやったと称えて、空の棺桶相手に盛大に供養はしてたけどな。俺に言わせりゃ犬死だ。アルガスは今だって根本的なトコは変わっちゃいねぇ。命令が下れば、最前線で壁になって戦うのがキーダーだよ」
「そのヤスって人は死んだってこと? それなのに、死体はなかったの?」
「あぁ。回収できなかったんだとよ。それが真実かどうかなんて俺には分からねぇが、あの頃のキーダーは上の話を「そうだ」と飲み込む事しか許されなかった」
颯太は水分補給を繰り返し、再び視線を漂わせる。
「大舎卿はヤスが居なくなった後、塞ぎ込んでよ。ずっとその時を待ってたんだろうな。隕石が降ってきた時、真っ先にすっ飛んでった。俺はテレビ見てるだけだったのにな。あの爺さんには感謝してる。俺はアルガス解放で真っ先にトールになったんだぜ」
トールになる事なんてあっという間だったと笑い、颯太は銀環の消えた手首を押さえた。
「能力者の力を拒絶しながらも、国は解放までトールへの選択という切り札を出さなかった。結局、キーダーを道具としか見てなかったって事だ」
トールを選んだ颯太を、家族は笑顔で迎えたという。
祖父と祖母が互いに子連れで再婚したのは颯太が十歳で、修司の母である千春が四歳の頃らしい。
「解放前のキーダーなんてノーマルにとっては悪魔みたいな存在だったのに、初めて会った時も、トールになって帰って来た時も、あの二人は俺を受け入れてくれたんだ」
「伯父さんは、力を失ったことに後悔はしてないの?」
「してねぇよ」
キーダーの過去を断ち切る為、家族全員で母親の旧姓である『保科』になったんだと颯太は説明した。
「シスコンだったって言ったろ? 俺はトールになって千春の側に戻れた事が本当に嬉しかった。それなのに、お前の父親が突然アイツを奪っていきやがったんだ。アイツは生まれつき心臓が弱くて、出産なんか以ての外だったのに。絶対に産むって聞かなかったアイツを守るって言った男は、呆気なく先に死んだ。身重のアイツをあんな顔で泣かせて――」
颯太は目を閉じて、手の甲でそっと瞼を押さえる。
「あの男が死んで千春はどん底だったけど、出産から五年も生きられないだろうって言われたアイツが、息子の十歳の姿を祝うことができたんだよ」
颯太は修司の髪をてっぺんから掴んで、ぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「お前が産まれた時、塞いでたアイツがやっと笑ったんだ。もう、お前を国に差し出してやることなんてできなかった。アイツを看取った後、平野さんに会ってからの事は、お前が知ってる記憶のままだと思う。同じ境遇の元に居るのは悪い事じゃないと思って任せてみることにしたんだ」
修司は漠然と理解して大きく頷く。
現実でありながらもどこか遠い世界の話のようだが、修司が一番驚いたのは颯太が自分と血が繋がっていないという事実だ。
産まれた時既に亡くなっていた母方の祖父の写真を見て、颯太と良く似ていると思ったことがある。自分もそのうちと期待した時期もあったが、残念ながら彫りの深いイケメンDNAは一滴たりとも流れていないらしい。
けれど修司にとって、颯太が伯父であることに変わりはない。
「あのマンションに二人で帰れるかな」
「そんな心配そうな顔すんなよ、俺はお前の父親変わりだと思ってるんだぜ? 帰ろうと思えばそのうち帰れるさ」
「伯父さん……」
「なぁ修司、トールになれよ。悩むことないだろう? キーダーになるってのは戦って死ぬ覚悟があるかってことなんだ。分かるだろう?」
颯太は感情を高ぶらせ、右の拳を修司の心臓に向かって真っすぐに押し当てた。
「こいつを掛けるんだぞ? ヒーローになってどうする、英雄だと称えられたところで死んじまったらこの世界に戻っちゃ来れない。だから、俺はお前をバスクにしたんだ」
「死んだら終わりだって事は分かってるつもりだよ」
「キーダーになると、金には苦労しない。けど、それは能力への対価だ。キーダーだ英雄だと持ち上げて、仕事にNOは言わせない、そのための金なんだよ」
興奮を沈めるように、颯太は水を煽る。
生きることに貪欲で、『長生きしたい』と言っていた彼のルーツを知ることができた。
お金の話は魅力的だけれど、颯太が言うようにそれだけでキーダーを受け入れられるものでもない。
「血縁だとキーダーの力を得る確率は僅かに上がるんだとよ。けど、そうでもない俺たちが家族になったことは奇跡に近いんじゃないのか?」
そんな凄い確率で得た力なら、余計に今この場所に居ることを運命だと思ってしまう。
「木崎って男が言ってたように、今は昔と違う。けど昔の俺たちには今のこんな未来を描くことなんてできなかった。だから俺の過去もお前の力も隠した。恨んでもいい、お前の気持ちはきちんと受け止める覚悟はできてる。けど、俺の気持ちも分かってほしい」
頭の整理なんて暫くできそうにもなかった。
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