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Episode4 京子
37 空港へ
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綾斗が運転するスポーツカーの助手席に乗り込んで、羽田を目指す。
正月の町はそれなりにスムーズに進むことができたが、首都高から空港が見えた辺りから急に車が増えた。
カーステレオから流れるピアノの音色を絞りながら、綾斗がカーナビをチェックする。
「やっぱり混んでますね。飛行機は福岡行きで間違いないですよね?」
「多分そうだと思う。九州に行くって言ってたから、支部にって事だよね」
「うーん」と唸りながら、彼は人差し指の背を唇に押し当てた。
夕方の便だとは聞いていて、まだ太陽の位置も高い
「難しいかな?」
「ターミナルが第一と第二で別れるんですよ。どっちだろう……」
「えっ、二つあったっけ?」
「第三もありますよ。そっちは国際線だけですけど。京子さん、あんまり詳しくないですか?」
「何回か来たことはあるよ。案内板見ればどうにかなるとは思うけど」
両手でお守りを握り締めたまま、少しずつ姿を現すターミナルビルを眺めた。
本人に電話して聞くのが手っ取り早いのだろうが、見送りに行くと行って待たれたくはなかった。もし間に合わなかったら──結果会えなくてもそれはそれで納得できる気がした。
そんな京子の気持ちを汲み取って、綾斗は隣の車線へ入り込む。
「仕事用ならANOかな。昔からアルガスはあそこと付き合いがあるそうで、融通が利くんです。確実ではないですけど賭けてみますか? もし間違ってても、最悪走れない距離ではないんで」
「うん、それでいいよ」
「あぁけど、空港の中を全速力で走るのは駄目ですからね? いつもより混んでるでしょうし」
「分かったよ。多分……」
「多分じゃないですよ。あと、気配を撒き散らしたりしないように。誰がどこに潜んでるか分かりませんからね?」
「……気を付ける」
気配を放出させたら彼は気付いてくれるだろうか──そんな考えも、口にする前にバッサリと切られた。
「けど中で迷ったら、その時は桃也さんにちゃんと連絡して下さい。京子さんの勘だけじゃどうにもならない時だってあるんですから。桃也さんは監察員ってくらいですから、気配は確実に消しているはずです」
「だよね」
桃也と別れた事を今更後悔するつもりはないが、自分の選んだ選択肢が間違っていないかと少しだけ不安になってしまう。
昔セナに『悩んだり後悔したりするのは、本音を全部伝えた後』だと言われた。
「私はちゃんと言えたかな……」
小声で呟くと、ガラス張りのターミナルの二階へスロープを上りながら、綾斗が「そろそろですよ」と笑顔をくれる。
「綾斗。私がキーダーで居たいと思うのは、間違ってないよね?」
「キーダーになりたくてもなれない人はたくさんいます。能力を持って生まれた京子さんがその運命を受け入れたいと思うのは自然な事だし、国もそれを望んでる。最善の選択だと思いますよ」
「国も……望んでる、か」
ふと頭に浮かんだのは、アルガスの上官たちの面々だ。その厳つい顔の並びに苦笑すると、綾斗が「何考えてるんですか」と笑う。
「報告室のオジサンたちにも望まれてるのかなと思って」
「そりゃあ、キーダーが居なかったらあの人たちは何もできませんからね」
小さく噴き出して、綾斗は続けた。
「けど、そんな面倒な話抜きにして、俺も京子さんがキーダーを辞めなくて嬉しいです」
「うん。じゃあ私、ここで降りるよ」
スロープを上り切ったところで、車が完全に止まってしまった。送迎の車が並んで、暫く動けそうにない。
少し行けば入口だと分かって、京子はシートベルトに手を掛けた。
「その方が速いですね。くれぐれも無茶はしないように」
「ダイジョブだよ。帰ったら連絡するから、綾斗はこのまま戻って」
「帰りどうするんですか?」
「電車で帰れるから。ありがとね」
「いいえ」
一時的にハザードランプを付けて、綾斗が車を通路につけた。
京子は車を降りると、全開にした窓から覗き込んでくる綾斗に「行ってくるね」と意気込む。
「健闘を祈ります」
「うん」と頷いて、京子はターミナルの中へと走り出した。
正月の町はそれなりにスムーズに進むことができたが、首都高から空港が見えた辺りから急に車が増えた。
カーステレオから流れるピアノの音色を絞りながら、綾斗がカーナビをチェックする。
「やっぱり混んでますね。飛行機は福岡行きで間違いないですよね?」
「多分そうだと思う。九州に行くって言ってたから、支部にって事だよね」
「うーん」と唸りながら、彼は人差し指の背を唇に押し当てた。
夕方の便だとは聞いていて、まだ太陽の位置も高い
「難しいかな?」
「ターミナルが第一と第二で別れるんですよ。どっちだろう……」
「えっ、二つあったっけ?」
「第三もありますよ。そっちは国際線だけですけど。京子さん、あんまり詳しくないですか?」
「何回か来たことはあるよ。案内板見ればどうにかなるとは思うけど」
両手でお守りを握り締めたまま、少しずつ姿を現すターミナルビルを眺めた。
本人に電話して聞くのが手っ取り早いのだろうが、見送りに行くと行って待たれたくはなかった。もし間に合わなかったら──結果会えなくてもそれはそれで納得できる気がした。
そんな京子の気持ちを汲み取って、綾斗は隣の車線へ入り込む。
「仕事用ならANOかな。昔からアルガスはあそこと付き合いがあるそうで、融通が利くんです。確実ではないですけど賭けてみますか? もし間違ってても、最悪走れない距離ではないんで」
「うん、それでいいよ」
「あぁけど、空港の中を全速力で走るのは駄目ですからね? いつもより混んでるでしょうし」
「分かったよ。多分……」
「多分じゃないですよ。あと、気配を撒き散らしたりしないように。誰がどこに潜んでるか分かりませんからね?」
「……気を付ける」
気配を放出させたら彼は気付いてくれるだろうか──そんな考えも、口にする前にバッサリと切られた。
「けど中で迷ったら、その時は桃也さんにちゃんと連絡して下さい。京子さんの勘だけじゃどうにもならない時だってあるんですから。桃也さんは監察員ってくらいですから、気配は確実に消しているはずです」
「だよね」
桃也と別れた事を今更後悔するつもりはないが、自分の選んだ選択肢が間違っていないかと少しだけ不安になってしまう。
昔セナに『悩んだり後悔したりするのは、本音を全部伝えた後』だと言われた。
「私はちゃんと言えたかな……」
小声で呟くと、ガラス張りのターミナルの二階へスロープを上りながら、綾斗が「そろそろですよ」と笑顔をくれる。
「綾斗。私がキーダーで居たいと思うのは、間違ってないよね?」
「キーダーになりたくてもなれない人はたくさんいます。能力を持って生まれた京子さんがその運命を受け入れたいと思うのは自然な事だし、国もそれを望んでる。最善の選択だと思いますよ」
「国も……望んでる、か」
ふと頭に浮かんだのは、アルガスの上官たちの面々だ。その厳つい顔の並びに苦笑すると、綾斗が「何考えてるんですか」と笑う。
「報告室のオジサンたちにも望まれてるのかなと思って」
「そりゃあ、キーダーが居なかったらあの人たちは何もできませんからね」
小さく噴き出して、綾斗は続けた。
「けど、そんな面倒な話抜きにして、俺も京子さんがキーダーを辞めなくて嬉しいです」
「うん。じゃあ私、ここで降りるよ」
スロープを上り切ったところで、車が完全に止まってしまった。送迎の車が並んで、暫く動けそうにない。
少し行けば入口だと分かって、京子はシートベルトに手を掛けた。
「その方が速いですね。くれぐれも無茶はしないように」
「ダイジョブだよ。帰ったら連絡するから、綾斗はこのまま戻って」
「帰りどうするんですか?」
「電車で帰れるから。ありがとね」
「いいえ」
一時的にハザードランプを付けて、綾斗が車を通路につけた。
京子は車を降りると、全開にした窓から覗き込んでくる綾斗に「行ってくるね」と意気込む。
「健闘を祈ります」
「うん」と頷いて、京子はターミナルの中へと走り出した。
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