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Episode4 京子
52 本命チョコか、義理チョコか
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いつもより少し早めに家を出て、朝一に本部へ来るという彰人を待った。
今日一番のミッションを早々にクリアしたいという気持ちもあったが、実際は彼が滞在する時間など殆どないだろうと思ったからだ。
今更『渡さない』という選択も後を引いてしまいそうな気がして、京子は腹を括って寒空の屋上に待機する。
平日という事もあって、学生組の三人はもうアルガスを出ていた。
美弦は早朝に配り終えてしまったらしく、彰人の机にも『食べて下さい』とメッセージ付きでチョコが乗っていた。
京子は花売りの少女よろしく、バスケットに詰め込んだ山盛りのチョコに溜息を零す。
綾斗はまた袋いっぱいのチョコを抱えて帰って来るのだろうか。
「やっぱり、チョコ買いに行った方が良かったかな」
朝寄ったコンビニに並んだチョコを見てから、そんな事ばかり考えてしまう。
手作りといえば聞こえはいいが、たった三粒のトリュフを詰めた小さな袋は義理感が否めない。綾斗への気持ちよりも、他のチョコと比べて見劣りしてしまうのではないかという対抗心がふつふつと沸いてくる。
程なくしてヘリの音が近付き、着陸した機体から彰人が降りてきた。
彼は京子の同級生で、幼馴染の同僚──と、肩書が多い。それに加える『初恋の』というワードを今日ばかりは無視して、平常心を装った。
「久しぶり、彰人くん」
「久しぶり──かな。もしかして僕の事待っててくれた?」
「うん。今日来るって聞いたから」
弱まるブレードの風に揺れる柔らかい髪を押さえて、彰人はにっこりと笑顔を見せる。
彼は京子の腕にぶら下がる大量のチョコに、「わぁ」と目を見開いた。
「バレンタインか。凄い量だけど、みんなに配ってるの?」
「うん。美弦が一緒に作ろうって言ってくれて」
「手作りか。京子ちゃんって、そういうのあんまりしないタイプだと思ってたけど、唆されちゃった?」
「──分かる?」
「分かるよ」
嫌味のない笑顔で、彰人は頷く。
少し恥ずかしいとは思うけれど、今更見栄を張る相手でもない。
「けど、ありがとね。今度はちゃんとお返しするから」
「ごめんね、気を使わせちゃって」
「チョコ貰って嬉しくない男子なんていないよ。ところでこれは本命? 義理? どっちだと思って受け取ればいい?」
彰人は試すようにそんなことを言う。
戸惑いつつも、京子は俯くように頭を下げた。
「義理でお願いします」
「分かった」
そんな返事をする彼を一瞬見ることができなかった。
今の彼への気持ちは、好きというよりも憧れに近い。心のどこかで線を引いて、それ以上前に行こうとは思わない──そんな関係もアリなのかなと思う。
想像していたよりも彰人へすんなりとチョコを渡すことができて、自分でも少し驚いた。
「じゃあ、行くね」という彼を見送って、京子は遅れて降りてきたコージたちにもチョコを渡す。
その後、珍しく居るという長官の部屋へ行き、そこから下の階へと順番に配っていった。
「えっ、京子さんが作ったチョコですか?」
毒でも盛られたような反応をしたのは、食堂で昼食をとっていた施設員の面々だ。
普段の京子を知っている彼等は、そのチョコレートに危機感すら抱いたような顔をする。
「味は平次さんのお墨付きなんで!」
けれどその一言で納得させて一通り配り終えた所で、京子は一息つくように医務室へ向かった。
「いらっしゃい、待ってたよ」
加湿器のタンクを手に、颯太がいつもの調子で京子を迎える。
彼の机の上に山積みのチョコレートを見つけて、京子は思わず「すごい」と歓声を上げた。
今日一番のミッションを早々にクリアしたいという気持ちもあったが、実際は彼が滞在する時間など殆どないだろうと思ったからだ。
今更『渡さない』という選択も後を引いてしまいそうな気がして、京子は腹を括って寒空の屋上に待機する。
平日という事もあって、学生組の三人はもうアルガスを出ていた。
美弦は早朝に配り終えてしまったらしく、彰人の机にも『食べて下さい』とメッセージ付きでチョコが乗っていた。
京子は花売りの少女よろしく、バスケットに詰め込んだ山盛りのチョコに溜息を零す。
綾斗はまた袋いっぱいのチョコを抱えて帰って来るのだろうか。
「やっぱり、チョコ買いに行った方が良かったかな」
朝寄ったコンビニに並んだチョコを見てから、そんな事ばかり考えてしまう。
手作りといえば聞こえはいいが、たった三粒のトリュフを詰めた小さな袋は義理感が否めない。綾斗への気持ちよりも、他のチョコと比べて見劣りしてしまうのではないかという対抗心がふつふつと沸いてくる。
程なくしてヘリの音が近付き、着陸した機体から彰人が降りてきた。
彼は京子の同級生で、幼馴染の同僚──と、肩書が多い。それに加える『初恋の』というワードを今日ばかりは無視して、平常心を装った。
「久しぶり、彰人くん」
「久しぶり──かな。もしかして僕の事待っててくれた?」
「うん。今日来るって聞いたから」
弱まるブレードの風に揺れる柔らかい髪を押さえて、彰人はにっこりと笑顔を見せる。
彼は京子の腕にぶら下がる大量のチョコに、「わぁ」と目を見開いた。
「バレンタインか。凄い量だけど、みんなに配ってるの?」
「うん。美弦が一緒に作ろうって言ってくれて」
「手作りか。京子ちゃんって、そういうのあんまりしないタイプだと思ってたけど、唆されちゃった?」
「──分かる?」
「分かるよ」
嫌味のない笑顔で、彰人は頷く。
少し恥ずかしいとは思うけれど、今更見栄を張る相手でもない。
「けど、ありがとね。今度はちゃんとお返しするから」
「ごめんね、気を使わせちゃって」
「チョコ貰って嬉しくない男子なんていないよ。ところでこれは本命? 義理? どっちだと思って受け取ればいい?」
彰人は試すようにそんなことを言う。
戸惑いつつも、京子は俯くように頭を下げた。
「義理でお願いします」
「分かった」
そんな返事をする彼を一瞬見ることができなかった。
今の彼への気持ちは、好きというよりも憧れに近い。心のどこかで線を引いて、それ以上前に行こうとは思わない──そんな関係もアリなのかなと思う。
想像していたよりも彰人へすんなりとチョコを渡すことができて、自分でも少し驚いた。
「じゃあ、行くね」という彼を見送って、京子は遅れて降りてきたコージたちにもチョコを渡す。
その後、珍しく居るという長官の部屋へ行き、そこから下の階へと順番に配っていった。
「えっ、京子さんが作ったチョコですか?」
毒でも盛られたような反応をしたのは、食堂で昼食をとっていた施設員の面々だ。
普段の京子を知っている彼等は、そのチョコレートに危機感すら抱いたような顔をする。
「味は平次さんのお墨付きなんで!」
けれどその一言で納得させて一通り配り終えた所で、京子は一息つくように医務室へ向かった。
「いらっしゃい、待ってたよ」
加湿器のタンクを手に、颯太がいつもの調子で京子を迎える。
彼の机の上に山積みのチョコレートを見つけて、京子は思わず「すごい」と歓声を上げた。
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