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Episode4 京子

70 突然の抱擁

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 平野ひらのと別れて、彰人あきひとと帰路につく。
 郡山に一度立ち寄って実家で荷物を取り、昼食を済ませてから再び新幹線に乗り込んだ。
 東京までは一時間半の距離だ。
 大きな欠伸あくびを一つして、京子は駅のカフェで買ってきたコーヒーを飲みながら広い山の風景にホッと息を吐く。

「こっちは緑が多くて落ち着くなぁ」
「帰りたいって思ってる?」
「思ってないよ。あそこに居たくてアルガスに残ることを選んだんだもん」

 通路側の席から外を眺めて、彰人が「そっか」と京子を伺った。

「さっきの話、気にしてる?」
「……ちょっと」

 朝食の時に話した事だ。
 今まで知らなかったホルスとキーダーの関係を知って、ずっと不安が胸にわだかまっている。

「ちょっとって顔じゃないけど? ごめんね、まだこっちも情報が揃ってないから公にはできなくてさ。平野さんには色々協力してもらってるから、ある程度流してはいるんだけどね」
「そうなんだ。仲間が敵かなんて考えたくないけど、いずれ耳にする話なら早く聞けて良かった気がする」

 本当のことを知るための心構えが必要だ。けれど、そんな事が本当にあるのだろうか。
 昼間の新幹線は思っていた以上にガラガラだった。指定席をとる必要などなかったと後悔するくらいで、会話がしやすい。

「さっきも話したけど、京子ちゃんの周りで何かいつもと違う事が起きたら、僕に知らせて欲しい。監察の僕等とノーマルの施設員だけじゃ情報収集にも限界があるからさ」
「うん、分かった」

 ホルスは何をしようとしているのだろうか。ホルスという組織の名前は前々から噂されていたが、実態は明らかになっていない。表立って動きが見られたのも去年の春に起きた律の騒動の時ぐらいな気がする。

「戦いが迫ってるのかな」
「遅かれ早かれその時は来るだろうから、ちゃんと準備はしておくように。僕の為じゃなくて良いから、死んじゃ駄目だよ?」

 ドンと揺れて、新幹線がトンネルに入った。窓に映る自分は、うまく状況を飲み込めずボンヤリとした顔をしている。

「僕は、京子ちゃんと同じ目で世界を見ることができているのかな」

 ふと横で呟いた彼の言葉が胸に響いた。
 昔、似たセリフをどこかで聞いたことがあるような気がするが、咄嗟とっさに思い出すことはできない。

「彰人くん、それって……」

 彰人はとぼけたふりをして、「何でもないよ」と笑った。


   ☆
 東京駅は相変わらず人が多かった。
 ここに来ると最近はしのぶの事を思い出してしまう。別に会いたい訳ではないが、会えるような気がしてしまうのは何故だろう。
 ごちゃごちゃと人が行き来する中で、連絡先も知らない特定の相手に三度も偶然が起きるなど奇跡に近いのだ。

 キョロキョロする京子を振り向いて、彰人が乗り換えの改札の手前で足を止めた。

「誰か探してる?」
「ううん、何でもないよ。人が多いなぁと思って」

 ナンパされた相手の事を彰人に話す訳にも行かず、京子は誤魔化してしまう。

「そりゃ地元とは違うよね。ところで京子ちゃんこのまま帰るつもりだった?」
「うん。そのつもりだけど」

 まだ三時を過ぎた所だが、特にこれといった用事はない。彰人はこれから東京での仕事に向かうと言っていたから、誘いではないだろう。
 「どうしたの?」と尋ねる京子に、彰人は定型サイズの茶封筒を鞄から抜いて差し出した。

「だったら、これお願いできるかな?」
「え?」
綾斗あやとくんに。大事なものだから、今日中に彼へ届けたいんだ。僕が行こうと思ったんだけど、ちょっと遅くなりそうだから良かったら京子ちゃんに持って行って欲しい」

 綾斗と聞いて、気まずさを覚えた。
 彼とは、昨日の夜に同窓会が終わった報告をしてから連絡をとっていない。だからこそ会いたい気持ちもあるけれど、どんな顔をすれば良いのだろうか。
 宛名もなく封もキッチリと閉じられたそれは、中身があるのか疑う程に薄っぺらいものだ。

「いい……けど」
「ありがとう。大事なものだから、彼以外に渡しちゃ駄目だよ? もちろん京子ちゃんも見ないように」
「分かった。ちょっと気になるけど……」
「約束ね」

 その時だった。
 ニッコリと念を押す彼の表情がサッと陰る。
 あれ、と思う暇もなく、視界を塞ぐように突然彼に抱きしめられた。
 人が行き交うでだ。

「ちょ、彰人くん?」

 急な事態に動転して、京子は手から滑り落ちそうになった封筒をぎゅっと握り締めた。


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