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第4話 美少女と妖精

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 異世界ジュエガルドに強制転移させられたユウトとサーファは、青の国の青の城を目指す。
 その道すがら、野ウサギが目の前に飛び出てきた。
 全身茶色の野ウサギは、中型犬ほどの大きさがあった。
 そして額には角が生えている。

「この世界のウサギって、こんななの?」
 ユウトはサーファに尋ねる。
「んーと、ウサギって言うより、魔石獣?」
「ま、魔石獣かよ。」
 ユウトは素早く刀を構える。
「しゃあああー。」
 そんなユウトを見て、野ウサギは牙をむき出して、うなり声をあげる。
「待ってユウト!」
 野ウサギに斬りかかろうとするユウトを、サーファが止める。
 ユウトが止まっても、野ウサギは襲いかかる。
 ユウトはカウンター一閃、野ウサギを仕留める。

「あーあ、倒しちゃったか。」
 サーファはなぜか落胆。
 ユウトには意味が分からなかったが、その意味はすぐに分かった。

 息絶えた野ウサギは、中型犬くらいの大きさから、普通のウサギくらいの大きさに縮む。
 そして額の角がとれ、小石くらいの大きさの魔石に姿を変える。
 サーファはしゃがみ込んで魔石を拾うと、野ウサギの死体をなでる。

「こっちの世界ではね、魔石が魔石獣化するのは稀なのよ。」
 サーファは悲しげな表情を浮かべる。
 野ウサギをなでる手も止まり、サーファの身体は震えだす。
 ユウトはサーファの隣りにしゃがみ込む。
「こいつのお墓、作ってやろうか。」
 ユウトは優しく話しかける。
「駄目よ。この子を食べる生き物がいる。
 それが、自然の摂理。」
 サーファの瞳に、涙がにじむ。
「サーファ、」
 ユウトがサーファの名を口にすると、サーファの抑えていた感情が溢れ出す。

 サーファは涙が溢れる眼を閉じる。
 そしてユウトの胸に顔をうずめ、軽く嗚咽をもらす。
 ユウトはそんなサーファの頭を、優しくなでる。

 ユウトは理解する。
 なぜサーファが異世界である地球に、魔石を探しに来たのかを。
 ユウトが地球で倒した魔石獣は、どれも魔石が魔石獣化したものだった。
 この野ウサギの様に、何かの動物に取り憑いたものではなかった。

「さ、もう行きましょうか。」
 ひとしきり泣いたサーファは、ぎこちない笑顔を向ける。
 そして拾った魔石を、左手首の腕輪に近づける。
 魔石は腕輪の宝玉に吸い込まれる。

「あれ、食べないの?」
「食べないわよ!」

 地球では魔石を食べてたサーファ。
 だからユウトは疑問に思ったのだが、何故か怒られた。

「あのね、ユウト。
 前々から思ってたんだけど、この際はっきり言っとくわ。」
 サーファは怒りのテンションそのままに、ユウトに何やら言ってくる。
「あんた、バカでしょ。」
「はあ?」
 いきなりバカ呼ばわりされるユウト。
 いきなりすぎて、反論する言葉が出てこない。

「魔石を食べるだなんて、何処をどうしたら、そんな発想が出てくるのかしら?」
 サーファは鋭い眼光を、ユウトに向ける。
「はあ?」
 ユウトは思う。こいつ、何言ってんだ?
「いやおまえ、いただきまーすって食べてたじゃん。」
 と、地球でサーファがやってた事を、ユウトは指摘する。

「はあ、」
 サーファは人をバカにするようなため息をつく。
「あのね、それはその場のノリってヤツでしょ。
 そんな事も分からないの?」
「いやいやおまえ、まっずーいとか言ってたじゃん。
 ちゃんと食ってただろ。」
 ユウトも、サーファの想定外な発言に慣れてきた。
 どこか感性の違うサーファとも、議論出来るようになってきた。

「え、ほんとに食べてたと思ってたの?
 うわー、まじひくわー。」
 サーファはユウトを、かわいそうな人を見る目で見る。
「ちょっとまて、だったら分かる様に説明してくれ。
 俺には、食べてたとしか思えん。」
 ユウトは、このまま平行線な不毛な議論をかわすのに、疲れてきた。
 ならば普通に、サーファの論理を説明してほしい。
 でないと、無駄に文字数が増えるだけだ。

「しょ、しょうがないなあ。」
 下手に出てきたユウトに、サーファも悪い気はしない。
「じゃあ、よく見ててね。一回しか出来ないから。」
 と言ってサーファは、左手首の腕輪にある宝玉を、リズミカルに右手人差し指で叩く。

 トントントトトン、トトトト、トトン。
 ズンズンズチャズチャ、ズチャズチャ、ズチャン。
 タンタタ、タタタタ、タターン。

 腕輪は光だし、サーファの全身を包む。
 そして光が消えると、サーファは妖精体に、その姿を変える。
 体長10センチくらいで、背中に二対の羽をはやして宙に浮く。
 この羽で、どうして宙に浮くのか、ユウトには理解出来ない。
 おそらく別のチカラが働いているのだろう。

 ユウトはそんな妖精体のサーファの顔を、まじまじと覗き込む。
 確かに、人間体のサーファと同じ顔をしている。
 ユウトが妖精体のサーファの顔を確認するのは、これが初めてだったりする。
 今まではなんとなくの認識だった。
 別の個体がすり変わっていても、ユウトは気がつかなかっただろう。

「な、何よ急に。ユウトのくせに。」
 サーファは顔を赤らめる。
 ユウトの視線から逃れたいと思うが、ユウトから顔を背ける事は出来なかった。
 それはユウトに対して、なんか負けた気になるからだ。

「いや、ほんとにサーファなんだな、と思って。」
 妖精体のサーファ。人間体のサーファ。
 このふたりが同一人物だと、ユウトは改めて認識する。
「今さらぁ?
 これだからユウトは駄目なのよ。」
 サーファは思わずため息をつく。
「それより、早く説明してくれないかな。」
 ユウトは急かす。
 何故サーファが今、妖精体になったのか。
 その真意が曖昧になって、そのまま横道にそれそうなのを危惧する。

「分かったわ。」
 サーファも妖精体でいる事は、本意ではない。
 早く元の姿に戻りたい気持ちがある。
「この姿はね、ジュエリングが形を変えたモノなの。」
「ジュエリング?」
 サーファの説明に、ユウトの知らない単語が出てくる。
「ユウトも見たでしょ、私の左手の腕輪。
 あれがそうよ。」
 と、妖精体のサーファは左手を差し出す。
 その左手首にはリストバンドらしき物が見えるが、人間体の時にはあった、宝玉らしき物は無かった。

「気づいた様ね。」
 サーファはユウトの表情の微妙な変化で、ユウトが宝玉が無い事に気づいた事を察する。
「つまり、魔石の魔素を吸い込むのは、ジュエリング。
 この姿になっても、それは変わらないのだよ。」
 サーファは両手を腰に当てて、何故か勝ち誇る。

「じゃあ、ジュエリングはその口から魔素を吸い込んで、サーファは味覚を共有してるって事?ジュエリングと。」
 ユウトはサーファの口を指差して、なんとなく言ってみる。
「あら、ユウトにしては、察しがいいわね。」
 と言うサーファは、何故かご満悦。
 ユウトはそんなサーファが、何処か気に食わないが。

「で、何でその姿だったの?」
 ユウトは別の疑問を口にする。
「そりゃあ、決まってるじゃない。」
 サーファは右手を後頭部に当て、左手を腰におき、身体をくねらせる。
「えと、何が決まってるのかな。」
 サーファは自分なりのセクシーポーズをとってるつもりなのだろうが、ユウトにはその意図が分からない。
「もう。」
 サーファはユウトの鈍感さに呆れ、ポーズを崩す。
「私みたいな美少女が現れたら、大パニックでしょ。」
「それは、」
 ユウトは否定しようとするが、否定しきれなかった。
 あの青髪青眼は、凄く目立つ。
 そしてファンタジーなコスプレ衣装。
 世のオタクどもは、放ってはおかないだろう。
 まさにサーファの、危険が危ない。

 ちなみに妖精体の姿は、ユウトにしか見えないので、目立つ事もないぞ。

「なるほどね。」
 ユウトはサーファの言い分を理解した。
「で、その姿は自由に変えられるの?」
 妖精体のサーファ。人間体のサーファ。
 ユウトとしては、妖精体のままでいてほしい気分だ。
 なぜなら、人間体のサーファはユウトの好みのタイプ。
 こいつはあのサーファなんだと思わないと、惚れ込んでしまう。
 あのサーファに対して、そんな感情はいだきたくはない。

「それには、一定の魔素レベルが必要なのよね。」
 サーファは深刻な表情を浮かべる。
 そんなサーファの表情など、ちっこすぎてユウトは気づかないが。
「じゃあ、しばらくそのままなのか。」
 ユウトの声には、喜びの感情が隠しきれない。
「ざーんねん。」
 サーファはそんなユウトにムッとしながら、人間体の姿に戻る。
「ここジュエガルドでは、それほど必要ないのでした。」
 サーファはにっこり微笑んで、片目をつぶり、ユウトを指差す。
「そ、そうなんだ。」
 ユウトは少しドキッとして、視線をそらす。
「あら、ユウトはあっちの姿の方がいいの?」
 サーファはポーズを崩して、ユウトのそらした顔を覗き込む。
「べ、別に、そんな訳では、」
 ユウトは、目の前に居るこいつは、あのサーファなんだと自分に言い聞かせる。

「ふーん、変なユウト。」
 サーファは、なぜかモジるユウトが分からない。
 そんなサーファは、周囲に気配を感じる。
「それより、急ぎましょう。
 ちょっと長居をしすぎたわ。」
 と言ってサーファは歩き出す。
「ま、待ってよ。」
 ユウトはサーファの突然の変様に驚きつつ、その後を追った。

 ふたりがその場を離れた後、草陰から一匹の狐が姿を見せる。
 そしてウサギの死骸をくわえると、また草陰へと姿を消した。
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