エーテルの騎士

リュカ

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第一章

2 晩酌

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  騎士宿舎は王宮の離れにあった。王都仕えの騎士はここか、もしくはアティリス通り沿いの上級兵舎に住むことになる。それ以外の一般兵舎にはまともな個室はないからだ。
 もちろん名家の御子息や、上手い立ち回りでひと財産稼いだやつは、貴族街にちょっとした屋敷を構えたりするのだろうが、残念ながらおれはそのどちらでもなかった。

 だが、この宿舎での暮らしはそれほど悪いものではない。騎士が寝泊りするような宿舎には厨房や食堂にあきたず、浴場まで設置されていた。奴隷や執事も王宮から派遣されているため、他人との共同生活という点にだけ目をつむれば、十分すぎるほどの待遇だった。
 それに戦時である今は、多くの騎士が戦場へと赴いているため、宿舎の設備はどこもすかすかで使い放題だ。いつもなら仕事帰りの騎士で混み合う浴場も、利用者はほとんど居なかったため、ついついゆっくりしてしまい、完全にのぼせてしまった。

「湯の温度が高すぎるんだ」おれは浴場係の奴隷に軽く文句を言った後、食堂に置いてあった夕食の残りを適当に盛って、ワインと両手に大広間へ向かった。
 平時なら大広間には、仕事終わりの騎士たちが、賭け事や情報交換のために集まり、ちょっとした酒場のようになっているのだが、今はサイコロを転がしているやつらが一組いるだけだった。
 賭け事をする気分ではなかったので、寝椅子に腰かけワインを飲みながら眠くなるのを待った。

「やあリュカ、帰ってきてたのか」
 塩茹でしたアーモンドを食べつくし、ワインが最後の1杯になったところで後ろから声をかけられた。振り返らずに手だけ上げて返事をする。

「今日はお姫様とデートだったらしいな」
 新しいワインボトルとグラス片手に、そいつは隣の寝椅子に腰を下ろした。浅黒い肌と、艶のある深い藍色の髪が、異民族の血が混じっていることを示している。
 深く刻まれたほうれい線と、唇を通る切創痕、骨を折った後の処置が適当だったのだろう、やや左に曲がった高い鼻が、彼の波乱万丈な人生を物語っているようだった。

「ノクス、おれに用があるならまず酒を注いでからだ」おれはグラスに残ったワインを一気に流し込み、ノクスの方へ向けた。

「相変わらずだなお前も、フルニールも、先輩に対する礼儀がなってない」
 呆れ顔でノクスはおれのグラスにワインを注ぐ、その後おれもノクスにワインを注いでやった。

「騎士の友情に乾杯」ノクスはグラスを掲げる。
「くそくらえ」おれも続いた。
 ノクスは今年38になる中堅騎士で(中年騎士と読んでもよい)所属は王都守備隊の衛兵係統括だ。見た目からも分かるとおり純粋な王国民ではなく、噂では異国から連れてこられた農奴だったが、エーテル視が使えたことで、とある貴族に囲われて騎士になることが出来たという話だった。

 ノクスは昔から、なにかと平民出のおれに良くしてくれた、過去の自分と重なるところがあったのか、それとも単に気まぐれか。王立騎士学校に通っていたときには、たまに飯を奢ってくれたし、剣術や体術も教えてくれた。(どちらもおれのほうが遥かに上手になってしまったが)しかしおれはノクスの従騎士にはならなかった。ノクスはそうしたかったようだが、あいにくおれの成績が良くなりすぎて、もっと上位の騎士から見込まれたからだ。
 それでもノクスはおれにとって兄貴のような存在だったし、おれが近衛騎士になって立場と力関係が逆転してからもそれは変わらなかった。

「で、用っていうのはなんだよ」
「大した用じゃねえよ、久しぶりにお前と一緒に、一杯やりたかっただけだ」ノクスがやけに優しい目を向けて「で、最近調子はどうなんだ?」なんて続けるもんだから、おれは急に調子が悪くなってきた。
 ――酒のせいだけではなさそうだ。

「どうもこうもないよ、相変わらず王女の子守だ」
「王女さまのお気に入りらしいじゃないか、お前も隅に置けねえな」ノクスがニヤつきながら、肘でおれを小突く。
「王女から気に入られたからなんだ? 筆頭子守係でも名乗るか? それとも子守大隊長か?」
 思った以上に大きな声が出て、おれ自身もびっくりしてしまった。

 サイコロを振っていた連中が訝しげにこちらを見る。おれが連中に向かい手を振って「気にしないで続けてくれ」と声を上げると、連中はすぐに、興味をサイコロの目に戻し、また歓喜と嘆息の渦へ沈んでいった。

「なんか嫌なことでもあったのか」ノクスが慰めるように、おれのグラスにワインを注ぐ。
「いつも、嫌なことだらけだよ」そう言いながら、おれはグラスを傾ける。
「でも、金はそこそこ貰えてるんだろ?」
「金だけの問題じゃない」
「だったら名誉か?」
「そんな大層なものがほしいわけじゃないんだ。ただ、今の仕事は、想像してたのと少し違うから……戸惑ってるだけだ」

 思えば、王都守備隊に所属し、騎士として小隊を率いて、王国領内の街道をぶらついていた頃が一番楽しかった。
 山賊やはぐれの魔術師と戦ったり、妖精種を捕まえたり、旅の途中の駐屯地でゆきずりの女と恋に落ちたり、落ちなかったり。

 出世と金のため、特に深く考えないまま、フルニールと武芸大会に出場して、おれの人生はおかしな方向に進んでいった。ひょんなことから勝ち進んでしまい、近衛騎士にまで抜擢されたものの、フルニールは戦争好きの王と戦場を駆け回る日々で、おれは王女とママゴトしながら留守番する日々。一体どこで間違った。

「そんなに今の仕事が嫌なら、いっそのこと一緒に、騎士なんてやめちまおうか。おれもこれ以上の出世は望めないしな」そんなおれの気を知ってか知らずか、ノクスが嘯いた。
 「やめてどうするんだよ、いまさら他の仕事なんてできないぜ」
 「エーテル視が使えて、戦える身体を持った男が二人いるんだ、なんだってできるさ」
 ノクスのエーテル視なんて、ひいき目に見ても、下級に毛が生えた程度しかないから、大した役には立たないだろうと思ったが、口に出すのはやめておいた。とりあえずここは、話に乗ってやろう。

「たとえばなにができるんだ」おれが鼻で笑いながら投げかけると、ノクスは良くぞ聞いてくれたと、鼻息荒くしゃべりだした。

「冒険者になるんだよ。そんで遺跡探索で一攫千金だ。お前のエーテル視ならアーティファクトも簡単に発掘できる、二人で力を合わせりゃすぐに大金持ちだ」
「冒険者が遺跡に入ることは禁止されてるんだぞ」
「そりゃこの国の話だろ、東大陸なら問題ない」ノクスは得意げに微笑む。

 東大陸という言葉に、好奇心がくすぐられたせいか、ノクスの案はむしろ悪くないものに思えてきた。

 エゲル期以降、人間が足を踏み入れることがなかった東大陸には、まだ未解明、未探索の古代遺跡が、大量に眠っているという話だった。これは、それだけ危険だということの裏返しでもあったが、腕っ節に自信があり、なおかつ頭のいかれた一部の冒険者たちが、一攫千金を狙って東大陸へ移住し、少しずつながらも、探索と開拓を続けているという。そしてそれを追って商人たちも移り住み、今では東大陸始まりの、イーストポイントにはちょっとした町が形成されているらしい。

「悪くないな」おれはそう呟きながら、もう少しだけ空想を巡らせてみる。もう少しだけ。



 長い船旅を終えて、イーストポイントに降り立つ、おれとノクス。
 空には薄い雲が膜のように広がっていて、優しい日差しが水面を照らすんだ。
 生ぬるい潮風に巻かれるように、まずは酒場に行って一杯やろう、その後に情報収集と遺跡探索の仲間集めだ。さすがにエーテル視持ちが二人いるといっても、人数は多いに越したことはないからな。
 最初は近場の、ある程度手頃な、遺跡探索から始めよう。同じ轍を踏まないためにも。

 おれもノクスもそんなに貯金が多い方じゃないだろうから、とにかく最初は手段を選ばず金を稼ごう、そして手段を選ばないという点に関してはノクスの方が得意だろう。

 生活がある程度安定したら、フルニールのやつも誘ってみよう、後は……ロレッタも誘ってみるか、気は進まないが、おれなんかに付いてきてくれそうな魔術師はあいつくらいしか思いつかない。

 うまく遺跡探索を成功させて、大金を掴めたら、どこかに土地でも買って、梨でも育てながらのんびり暮らすのも悪くない。そのうちおれでも誰かと結婚するのかもしれないし、もしそうなれば誰が隣にいるのだろう。

 1年近く護衛を務めると、さすがに少しは情ってやつが芽生えたのか、だとしても本当に気の迷いとしか言いようがないし、どうせさっきまで一緒に居たのが彼女だったから、偶然思い浮かんだだけなんだろうが、なぜかソフィアの寂しそうな顔が、ほんの一瞬だけ、脳裏をよぎった。母親は幼い頃に病死し、父親は未だ戦場から戻らず、おまけにお気に入りの近衛騎士が職務放棄し、東大陸へと去っていったら、きっとまたソフィアは寂しそうに、でも気丈に微笑んでみせるのだろう。
 そしてその顔を慰めてやれるのは、そのときには、おれではないとしたら。


「本当に、悪くない、けど、やめとくよ」さらにおれのグラスにワインを注ごうとするノクスを制す。
「なんだよ、びびってんのか? 大丈夫だきっと上手くいく」
「そういう訳じゃない」
「ならワインの話か?」ノクスは、ワインの口をこちらに向けたままだったことに気づき、すぐにそれを引っ込めた。
「ワインも、もういらないし、冒険者にも、まだならない」おれはなんとなく、ノクスに悪い気がして、彼の目を見ることができなかったから、前にいるサイコロ集団の歓声が気になったふりをして言葉を続けた。

「もう少しだけ、近衛騎士を続けてみるよ、なにか変わるかもしれないしな」
 サイコロ集団の歓声と嘆息はひときわ大きくなった、茶髪を短く刈り込んだ、アーケンと言う名の騎士が勝ったのだろう。

 それを見ながらノクスは、そうかとだけ呟いて、残ったワインを全て飲み干していた。



 おれのこの選択が、本当に正しかったのかは、結局あとになっても今ひとつ実感はできなかった。少なくともこのせいで、何人かの人生が台無しになってしまったことは確かだった。
 だからと言って人生をやり直せるなら、ノクスと一緒に冒険者になることを選ぶのかと言われると――それをこの場で公言するのはやぶさかである。
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