エーテルの騎士

リュカ

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第一章

7 地下水路 3

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 「まだ勝負はついてない」

 おれは先ほどのやり取りを踏襲しようとするが、ノクスのように上手くはいかなかった。
 ノクスは全く意に介さず、剣先でおれの顎を叩きながら笑う。

「強がるのはよせ、お前は確かに強いが、まだまだ若い」
「あんたが歳をとりすぎただけだ」だがおれの思惑は別のところにある。「なあ、ルドマン」

 その瞬間、それは風切り音を鳴らしながら、耳元をかすめていった。ノクスは身をよじってなんとかそのナイフを避ける。その隙におれは後ろに飛び退き、サーベルを構え直した。ルドマンはソフィアをかばうようにして前に立ち、クロースの中から次のナイフを取り出そうとしている。かつておれとフルニールを救った一手でもあった。

「ここからが本番だ」

 おれはエーテル視を発動させる。
 エーテルはおれの後ろから、ノクスに向かって流れていた。悪くない流れだった。おれは深く息を吸い込み、吐き出すのと同時に飛び掛った。

 多少のフェイントを混ぜながら、サーベルの切先は最終的にノクスの右腕を狙う。鉄製のガントレットに弾かれ、鋭い音が響いたが、おれは構わず攻撃を続けた。
 ノクスは防戦一方だ。しかし、おれの剣戟はことごとく急所をはずしていたため、決め手を欠いていると判断したのか、強引に鍔迫り合いに持ち込んだ。

「慣れない獲物を持つからだ」

 ノクスはおれのサーベルを一瞥し、不敵な笑みを浮かべるとロングソードの質量に任せて、おれのサーベルを押しのけた。返す刀でおれの胴体を両断しようとする。

 ここだ。おれは勢いよく吹き抜けるエーテルの流れを、ひとつ見つけた。その流れにサーベルの刃を乗せて、滑らせるようにして振り下ろす。
 刃はエーテルに乗って加速し、風を切る音も置き去りに、ノクスのロングソードを叩き折った。

「勝負ありだ」

 おれはサーベルに纏わりついたエーテルの粒子を振り払って、ノクスに向けた。青白く光るミスリルの刀身は、刃こぼれひとつしていなかった。

「アーティファクトだったのか。いつのまに手に入れた?」

 ノクスは折れた自分の剣と、おれのサーベルを交互に見つめている。

「ずっと前だよ」

 このアーティファクトを手に入れたのは、おれがまだ十代の頃だった。
 あの日、実家に帰るための長期休暇と偽って騎士学校をサボり、フルニールとロレッタと、三人でこっそり忍び込んだ遺跡でのことを思い出して、ふいに懐かしさがこみ上げてきた。


「俺の負けだ」とノクスは言ったが、その割りにあんまり悔しそうに見えなかった。ノクスは剣を水路へと投げ捨てると、やって来た道を振り返り、もう一度「俺の負けだ!」と叫んだ。

 すると緩やかに弧を描いた道の奥から、二人の兵士に守られた、王宮魔術師ザー・アガラザが顔を出した。

「いやはや、ノクスが手も足も出ないとは、王女の情夫かと思いきや、中々どうして実力派の騎士じゃないか」

 ザーは伸びきった無精ひげを指で撫でながら、おれへの賞賛を送った。

「うるせえ、ほら約束だ、あとは好きにしろ」

 ノクスは面白くなさそうな顔でザーにそう言い放つと、隣にいる兵士の一人を小突いて剣を取り上げた。兵士は僅かばかりの抵抗を見せたが、ノクスがその剣を腰のベルトにしっかりと固定するのを見て、諦めたようだ。

「好きにしろと言われてもなあ、君と違って伯爵は王女の命にはさほど興味はないし、かと言って交渉用の人質にしたところで、どうせ君が不幸な事故に見せかけて殺してしまうんだろう? それならここで、貸しを作っておくのも良さそうだ」

 ザーはいい考えだろ? と得意気に、ノクスに向かって微笑んだ。
 おれはそのやり取りを眺めながらも、逃げる隙を窺っていた。ルドマンも同じ考えのようで、おれが作るなんらかのきっかけを待っていた。

「王女は絶対に殺せよ」ノクスのその声を待たずして、ザーはソフィアに向けて魔法を放った。ザーの周りを流れていたエーテルが円錐状の形を取り、ソフィアに襲い掛かる。

「おお……」感嘆の声を上げたのはザー・アガラザだった。
 おれの振るったサーベルはエーテルの粒子を散らしながら、間一髪のところでザーの放った魔法を切り裂いていた。

「走れ!」

 おれは叫んだ。何が起こっているのか分からず、呆然としているソフィアの手を引いて、おれも走った。
 先頭を行くのはルドマンだ、背負ったリュックが重そうに揺れている。おれたちはそのあとから続く。そしてその更に後ろからノクスたちが追いかけてくる。
 ルドマンはともかく、もう息が上がり始めているソフィアを見て、本当に逃げ切れるのか今さら不安になってきた。だがこの状況で王宮魔術師に勝つのは無理な話だ、相手が風刃のザーならなおさらだ。

 100メートルほど先の歩道がぽっかり抉り取られ、その上に渡し橋が掛けられているのが見えた。追手を振り切るための仕掛けだった。あそこまで逃げ切れば助かる。少しだけ希望が見えた。

 残り60メートル、なんだか足音が近づいてきている気がして、後ろを振り返った。くそ、振り返るんじゃなかった! ノクスに剣を取られた方の兵士が、腹が立つくらい足が速かった。このペースじゃ追いつかれる。でもソフィアはもうそろそろ限界だ。

「ルドマン! ソフィア様を連れて先に行け!」

 残り30メートル、ソフィアの足がもつれた。火照った顔から汗が一粒、雫となって落ちる。

「お断りします!」

 ルドマンはリュックをおれに投げ渡し、ナイフを片手に足を止めた。兵士はルドマンを切り伏せようと腰に手をかけたが、丸腰だったことに気づきたじろいだ。

「ソフィア様のことはリュカ様にお任せします」
「バカいうな! おれに何ができるっていう」
「幸せにできます! 国にしがみつくことだけが人生ではないことを、貴方ならきっと証明できます!」

 ルドマンのその言葉は、長きに渡り王国に仕え続けてきた、自分自身の願望を投影したものだったのだろうか。今では分からない。
 おれの本心を言うと、実はこのとき安心していたんだ。少なくともここにルドマンを置いていかなければならない罪悪感より、自分がその役目じゃなくて良かったという安堵の方が強かった。

 ノクスも追いついてきた。ルドマンも恐怖に飲まれそうなときがあるのだろうか、自分を鼓舞するように、雄たけびを上げながら、ノクスに切りかかった。

「いやだ! ルドマンも一緒に! お願いリュカ!」

 おれはリュックを背負うと、泣き叫ぶソフィアも一緒に抱えて走った。なんていう重さだ。ソフィアの名誉のために言っておくが、リュックの方だ。
 渡し橋は、木の板と麻のロープを使った簡単なものだった。渡る途中で何枚か板が抜けたが、なんとか渡り終えた。もう一度だけ、振り返った。

 ルドマンのナイフはその右腕ごと、ノクスに切り落とされていた。髪をつかまれて喉に刃を押し当てられている。血だけじゃなく、小便も漏らしながら、口を動かしているのが見えた。祈りをささげているのか、それとも命乞いか、そのどちらも同じようなものか。

「ルドマン!」
 ソフィアの叫び声に気づき、ルドマンは顔を上げた。薄っすらと笑っていたような気もする。

「国が滅びようとも、世界の終わりがこようとも、どこまでも逃げるのです! 逃げて逃げ続けて、どうか、お幸せに!」

 ルドマンの口はそれだけ叫び終わると、水路の底に沈んでいった。それを見届けた後、おれは渡し橋を切った。

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