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01:俺のツレは人でなし!

クレアさんのV4

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⊿⊿⊿



 戻ってくると、なんだか騒がしくなっていた。
カップルが喧嘩しているのか、そんな声がたまに飛び交っている。

――――これはぁ、前の彼ピッピに2000万のバッグ買って貰おうってなって……
――――ピッピ……? あぁ、ヒッピーですね! シズカちゃんも昔……
―――― 関係ないでしょぉ!!! シズカちゃんと彼ピッピになんの関係が

(長靴下?)


「ただいま」
とりあえず席に行き、まつりに帰宅報告するぼく。
まつりも粗方食べ終えていて、デザートが済んだらそろそろ会計だろう。

「おかえり」
まつりは、ぼくを心配そうに見つめて大丈夫?と聞いて来た。
お前がそれをいうのか。
「いつもよりテンションが高いと言うか……」
 まつりはまつりでぼくの心配をしていた。テンションがいつもより高いと心配されるぼくって一体……
「だ、大丈夫大丈夫」
「若きななと君の、悩み?」
 幼い頃と違って普段のまつりは、機嫌が良いとき以外では、どこか人を突き放すような刺々しさがある方なのだけど、今は久々に近くに来て、心配そうにぼくの顔を覗き込んでいる。
ぼくはぎこちなく笑った。


「まつりだ、まつりだ。うふふふ!」
「ん?」
「だから、まーつりだ、まつりだまつりだ、って、ねっ? まつりだまつりだー」
ウインク。
「いきなり、まつりが何なわけ?……何がねっだよ。なんの同意だよ。
おかしくなったかな?」
「知らなかったのー。ふふふふふーん!」
ぼくは雑に歌いながら視線を逸らす。
「夏バテか、いかんなぁ。……はいはい、起きて起きて」
それに対し、無表情で苦悶しながら、ぐにー--と、ぼくの頬を引っ張るまつり様。


「いひゃい……」
痛い。涙目で頬を抑える。降参だ。
それに。
(知らなかったの、か……)
咄嗟に口ずさんでいたけれど自分で言っていて、悲しくなった。
よりにもよってなんで選曲をこれにしたんだろう。あの日の母さんと兄貴を思い出すだけなのに。

 あの日。ぼくが帰宅すると二人だけでリビングで話し込んでいて――父さんがどうとか、ぼくがどうとか言っていた、記憶。
そこからまず受ける印象は母が被害者ではなく加害者側ではないかという憶測だった。
(知らなかった、って――知っている知識もあったという意味だよな)
 まるで、何らかの決行が決められていて、「知っていたかどうか」それ以外に思う事が無いみたいな言葉。

 根拠は無いけれど、なんとなく、解る。
あれは、『ぼくの事について話していた』


そして、其処にぼくが居る事を『知らなかったの』だ。
(……知っていたらどうしていた?)
それは、罪も無い知らない相手なら巻き込むつもりだった、って意味なのか。
ぼくでさえなかったら、迷う事さえなく協力して、誰かを貶めていたのか。

そんなの、誰だって同じじゃないか。


母と兄とは壁がある。小さい頃からずっとそう。自分一人だけ何も聞かされていない。
この日もそうだった。
けどきっと、犯罪者なのだと思う。






「もう。ぼーっとするのは良いけど、疲れてるなら言ってよね」
まつりが声を掛けて来て、ハッと気が付く。
「わかった」
ぼくは、それだけ答えて大人しく座る。















奥の席からは、未だに男女の騒ぎが聞こえている。痴話げんかだろうか。
 遠くから見る限り巻かれたハーフツインでフリルの服を着ている、所謂『地雷メイク』の女性と……特に特徴のない男性が騒いでいる。


 ────あー!
酷い!
あのイケメン!!
 折角京大生って聞いてたのに!
アイたちを売ってまで近付いたっていうのにぃぃ!!
経歴詐称って何!?
日本人ってのも嘘で、その上、中国から出稼ぎに来てたって!!京大生ですらないの?

──つーか年収3千万以上って聞いてたのに!
私の運命の人は何処にいるっていうの!?
──お、落ち着いてオネーさん!
――リコリコォ!
――落ち着いてリコリコ!
──あーあ!! イケメンで!頭がよくて!石油王!
──川柳? い、居るのかなぁ……
石油王……

────はぁー! そのためなら何だってするのになぁ。井戸さんにはわからないか。

──イケメンですよ!ほら!

──あの子までブロックしてくるなんてね……目が覚めたんだから仲直りしたいのに!ううう……騙されたぁ。被害者の会ー

──イケメンですよ!ほら!此処に!





「さっきまで、なんかあったの?」
聞いてみるも、まつりは知らなーいと言っただけだった。

 「そっか。あ。まつり、またクリームついてる」
無垢な子どものように勢いよく食べて、きょとんとしているその姿にちょっとだけ和みながら、ぼくはまつりの頬に指を伸ばした。




さっきから食べているトライフルパフェは、結構な量だったはずだが、あっという間に食べている。
「ほらー、じっとして」
「ぺろぺろ……」
まつりは、舌を伸ばして舐めとろうとする。
「わっ、もう、ぺろぺろじゃなくて、ちゃんとこれで──」
まつりは、ぼくの話を聞かず、スプーンを向けてきた。
「ななとも吐いてきてお腹すいたでしょ。はい、あーん」
「!───もぐもぐ……」
美味しい。……じゃなかった。
こら!
お行儀よく食べなさい!


 ちなみにルビーたんは、すぐ横で、またいちゃつきやがって、と睨んでくるが、
それでも、さっきの地雷メイクさん騒ぎに比べれば些末な事。
今はしばらく平和に食事をしている。

「あ、クリームっていうとさ、思い出したんだけど」
 まつりはパフェを美味しそうに頬張りながら、目を輝かせた。
「何々?」
「V4って知ってる?」
V4?

「アイドルグループか?」
まつりは首を横に振る。
「違うよー!V4はV4。組織関係の事件のこと探してたら、今、ちまたで流行ってる噂があったんだけど、
なんとね」
「う、うん」
ドキドキ……
一体どんな秘密が。

「クレアさんのV4の秘密を探ると消されるらしい」
まつりが深刻な顔で、バーン!と発表してくれた。
「な、なんだってー!」
――――って。
まって。
「まって、まって、クレアさん誰、何、結局V4」
「ほら、テレビのお料理コーナーでクリームシチュー作ってるじゃん」
「……テレビ苦手だな」

まつりはきょとんとぼくを見たが、やがて「まぁ無理に挑戦しろとは言わないけど」と端末からクレアさんの写真を見せてくれた。
特筆することは無い、おばさんだ。
「ほら、クレアさん。クレアさんがクリームシチューを作ってるときの隠し味が魚介類の──」
って
「ブイヨンじゃん!」

(4月26日10:57加筆)
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