雨の喝采

たくひあい

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雨の喝采2

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不意を付かれた男が、ほぼ裸になる。あまり見ていて楽しいものではなかった。濃いめ、というか、色がはっきりした顔で、一見すると優男だ。髪は、ギリギリ坊主の部類に入りそうな短髪。驚きで固まって、しかしすぐに笑い出す。
「返してくれないか?」

「やーだ」

おい、なんでわざわざこんなのに絡んでるんだよ、とこっそり耳打ちしてみたが、まつりはけらけら笑う。どうしよう、ぼくの上着は、サイズが合わないし……えーと。とやっていたら、まつりは男をじいっと見つめた。

遠巻きに見るとシュールな光景だが、裸で雨に打たれるなんて、風邪を引きそうで心配してしまう。
まつりは頑なにシーツを握っていた。

「聞いたら、返すよ。──おじさんは、さっきまで、そんなのをかぶってなかったよね? この通りまできてから、そんな目立つ真似してるけど」

「……窓から降ってきてね。ついかぶってたんだよ。服を着忘れて、寒くてさ」

「で、なんで裸なの」

「だから、服を──」

「ときどき、この辺りに不審者がいるって聞いたから、今日、ここで待ってたんだ。どうして、そんなことを、しているの?」

意外と、真面目な話になってきた。誰から聞いたんだよ、と言いたい気持ちはあったが、ぼくは言わなかった。
男はなにも答えない。
ただ、シーツを返せと言うだけだ。


「……わかったよ」

答えない男に、まつりは何か、納得したらしい。そう呟いて、肩にかけていた鞄から、バスタオルを渡し、シーツを返した。

「じゃ、風邪引くなよ?」

まつりは、そう呟いてから、踵を返してすたすたと反対方向に戻っていった。
あっさりした対応だ。
あわててぼくも、さようならと声をかけつつその後を追う。男の表情は、布で見えないままだった。



「──なあ、なにがわかったんだ?」

答えは何も、返って来ない。もともと、気が向かないと喋らないけれど。
早足で、狭い道を奥へ奥へと歩き、どこかに向かっていく。ぼくはひたすら着いて行く。

まつりが足を止めたのは、さっきの道から、5分ほどの場所の、道端だった。
閉まっている店の影で、箱に入った3匹の、白黒の猫が、だれかの上着に隠れて、すやすやと眠っているのがわかる。

「え、猫……?」

もう少し先にも、また箱があって、誰かのズボンらしきもので、覆われていた。
「えーっと……えーっと……なんだこれ」

「しっかし……だからって、シーツを、どうして、てるてる坊主みたいにしていたんだろうね……」

目をぱちくりと動かすぼくと、苦笑するまつり。


「頭が濡れないように、とか、シーツが風で、飛ばないように、とか?」

「……くく、あはっ、あははは! それなら、さっきのところに来るまでは、あの道を通る間ほとんど裸だったってことだろう? あの人は、本当になにを考えているんだ……!」

……ああ、それで笑っていたのか。
服を一枚一枚脱ぎながら、ここまで来たっていう、今どき見ないようなどこに向かいたいかもわからない優しさ。自分のことを、一切省みないおせっかい。
っていうか、もはや犯罪になりかねないぞ……
大丈夫なのかな。

「無駄に難しく些細なことをする具合が、きみみたいだな、って思ってさ!」

「……う。うるさい。っていうか、どうしてこの道からあそこに来たってわかるんだ?」

「……ああ、それはね、足に付いていた土だよ。……って、本当に、靴はどうしたんだろう、あの人……」

まつりは、半分笑いを堪えるような顔で、誰にともなく、疑問を投げた。

「この辺の土は砂が混じっているんだな」

ぼくはそんなに足元を注視したことはなかったので、まじまじと見てしまった。
「……最近、この辺り、多いんだ。捨て猫とか、そういうのが。その時期から、ときどき彼の目撃情報を聞くようになっている」

「へぇ……しかしなんでまた、服を」

「──ああ、それについては、今日が初めてみたいだ。今までは、道案内しようとしてどうとか、餌がどうとか……」

「そう、なんだ……はは」
まつりは、ふと、そのさらに奥を指さして、複雑な顔をした。

「あ、靴……これかなあ。くたびれたサンダルが……向こうの流れが速まってる川に、流れてる気がするんだけど」

……もはや、コメントすることが見つからなかった。彼の物であろうが、なかろうが、なんだかどちらでも良い。推理だとか、男にたいする感心だとかを根こそぎどっかにやってしまった。


「……帰ろうか」

「そうだね」

──シーツについては、たぶん、本当に飛んで来たんだろうと思う。
(──っていうかまだ何か足りないような気がするんだけども。まあいいか)


まつりは笑っていた。純粋に笑っていた。あの頃は。最悪で、だけど、その日々を楽しめていた気がする。


「あ、そういえば──」


まつりはふと、思い出したように口を開いた。鞄から、小さな箱を出して、こちらを、まっすぐ見つめて、ぼくに、言う。


「ハッピーバースデー、だっけ?」


そのとき、雨が、まるで拍手みたいに、強まってきた。まだ当分やみそうになかった。どうやって帰ろう。


end
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