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前編
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羽を羽ばたかせる音。
水面で跳ねる水の音。
草原を駆ける風の音。
神が住む天界は、美しい音色で溢れていた。
その中でも、一際美しく響く音色。
天使たちにも負けず劣らずの歌声を持つ、人間の少女の歌。
神に愛されし娘。人間に疎まれた少女。
そんな少女の歌声に誘われ、天使たちは今日も少女の周りに集まる。
「ニーレ。神様が呼んでおりますよ?」
少女の歌声を中断させるように、天使長の声が響いた。
少女は歌うのをやめると天使長に視線を向け、にっこりと微笑み、その場を立ち去る。
どれぐらいの日々が過ぎただろう。
こちらに来てから。平和を手に入れてから。
「ニーレ。こちらの生活にも慣れたようだね」
「はい。天使長様のご厚意で、皆さんも仲良くしてくれています」
少女は目の前の“神”に頭を垂れていた。
目の前の男は、若くもなく、老けてもなく、誰が見ても溜め息を着くような美しさを持ち、肌は異様なほどの白さを輝かせる。だからと言って、虚弱なイメージは一切なく、どことなく子供っぽさを思わせるような、無邪気そうな顔立ちをしていた。
人は彼のことを“神”と呼ぶ。
一方、少女の名はニーレ・アスカ。
本来なら、神の姿を見ることさえ出来ない人間の少女である。だが、彼女は“神”の救いにより、運命を変えた人間であった。
歌の名手とされる天使たちを凌ぐ歌声は、人間のものとは思えないほど美しく、魅了し、浄化する力があるほどだった。
彼女の生い立ちは、とても異常なものだった。
早くに母を亡くし、父は酒を飲み荒らすようになった。まだ幼かったニーレを働かせ、彼女が稼いでいた金は酒に消えていった。
ニーレの歌声は生まれつきのもので、その澄んだ歌声で稼いでいた。だが、それでも大金を稼げる訳でもなく、彼女は常に父親の怒りを買い、殴られ、蹴られ、食事もまともに与えられずにいた。
それが当たり前だったある日、彼女の歌をじっと聞く男に会った。それが“神”だと知ったのは、後のことであるが。それからは、いつも聞きに来てくれるその男と仲良くなり、身の上をぽつりぽつりと話し始めた。
そして、彼は言ったのだ。
「下界に置いておくにはもったいない歌声だ。天使をも凌ぐ歌声をなくす訳にはいかない。……どうだろうか。私の元へ来ないか?」
ニーレは問うた。彼が何者なのかを。
彼はにっこりと微笑んだ後、何を言わなかった。その代わり、背から白い羽を出してみせた。
その巡り会わせで、彼女は人間でありながら、天界に住むようになったのである。
「じつは、再び下界に降りようと思っている。ニーレ、君も来ないか?」
「え?」
その言葉に困ったような表情で見上げた。
もちろん、あんなことがあった場所だ。二度と行きたくない。父に会う確率はほとんどないはずなのに、その“もしも”が怖い。
強張った表情で固まるニーレに気付き、神はやんわりと伝えた。
「別に、君を困らせたいわけじゃないんだ。ただ、私が君から離れたくないからね」
そう言って、彼は苦笑を漏らした。
「神がこんなこと言ったら驚くかな。でも、君は私にとって娘みたいなものだから。一緒に来て欲しい。……考えてくれないか?」
ニーレが逡巡しながら歩いていると、天使長が現れた。
「ニーレ、随分と悩んでいますね。何かありましたか?」
その言葉に甘え、ニーレは打ち明けた。
天使長という、天界では神の次に実権を持つ彼女に言えば、取り消しになるだろうか、と浅はかな気持ちで話したのだが、彼女は困った表情を浮かべた。
「……あなたは知らないのでしたよね。大天使様のことを……」
天使長はぽつりと呟いた。
「大天使様、ですか?」
「ええ。この度、神様が下界に降りるのは、彼女のことなのですよ」
天界には天使が住み、その統率を神が行っていた。
天使は神と人を繋ぐものとして存在したが、それゆえに神自身の孤独は深まる一方であった。
その寂しさゆえ、一人の少女を作り出した。姿かたちは天使と同じ。だが、“神”の力を分け与えられたため、神と天使の間の存在として『大天使』という愛称で呼ばれるようになった。
神は彼女を、自分の娘のように大事にしていた。しかし、彼女は下界への好奇心に駆られるようになり、度々天界を抜け出した。神はその度に彼女を咎めたが、下界へ降りることを止めることはなかった。
そして、恐れていた事態が起きた。彼女が下界に行ったきり、帰って来なくなってしまったのだ。当初は、天使たちに探させていたが、一向に見つからず、神自身が下界に赴いた。しかし、見つかることはなく、多くの者が諦め、神も敢えて彼女の存在を口にせず、下界に行く頻度を落とした。
「そんな過去が?」
天使長の話を黙って聞いていたニーレが問う。
「ええ。あなたを連れて来た時も、下界へ彼女を探しに行っていたのです。そして……あなたを見つけた」
そう言って、天使長は微笑む。
「あなたは、大天使様にそっくりです。歌が上手なのも、雰囲気も」
天使長の言葉を聞いて、ニーレはふっと小さく息を吐くと、天使長を見据えた。
「……私、下界に降りてみようと思います」
ニーレの中で何かが吹っ切れたのを悟った天使長は、ゆっくりと頭を下げた。
「ニーレ。神様のことをお願いします」
数ヶ月ぶりに降りた人間の世界。もう二度と踏まないであろうと思っていたこの地に、ニーレは足をつけていた。
ぐっと歯を食いしばり、前を見据えたニーレ。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ニーレ」
神はにこりと微笑んで、ニーレの手を握り、歩き出す。
その言葉につられるように、彼女も笑顔を取り戻し、ゆっくりと歩み始めた。
ニーレは貧しい家の育ちで、家庭も粗悪だったため、生まれ育った町から一歩も外に出たことがなかった。歌っていた場所が酒場だったため、時々訪れる旅人に外の話を聞き、自分もいつか、と思いを馳せることが、彼女の唯一の楽しみでもあった。
その彼女が、人間界の故郷以外の場所に立っている。彼女にとってそれは、不思議な気持ちであり、喜びでもあった。
「どこに行く予定ですか?」
ニーレの言葉に、神は予定を伝えていなかったことを思い出し、申し訳なさそうに笑った。
「ああ。先日、一人の天使が教えてくれたんだ。この街の近くに、封印されている洞窟があると。中に入ったものはいないらしいが、神が眠る場所という言い伝えがあるらしくて、真相を確認したくてね」
「言い伝えですか?神様自ら赴くほどのことなんでしょうか?」
「人間たちの考えには、天使を神と呼ぶこともあるらしい。個人的に、とても興味があるからね。ニーレは、そんな曖昧な情報じゃ嫌かい?」
「いえ、そういう訳では……」
慌てて首を横に振ったニーレを見ながら、「さあ、行こう」と二人は言い伝えが残る洞窟へと向かった。
町外れの森の奥深くに、その洞窟はあった。人が踏み入ることがないせいか、足場はかなり酷く、中はじめっとした空気が重く、どこまでも暗い。
「ニーレ、大丈夫かい?」
「はい」
神の手を握り、奥へ奥へと進んでいく二人だったが、やがて奥の方から光が零れてきた。
「光?」
「そう、みたいだね」
神の返答にも、ニーレは難しそうな顔をする一方だった。
「でも、ここは未踏の地ですよね?そんなところに、どうして光が……?」
「さあ。神でも眠ってるんじゃないかな?」
茶目っ気いっぱいに答えながら、その光の方へと足を進めていく。
奥に進めば進むほど、光が強くなる。だけど、決して眩しくはない、淡い光。淡い青色の光。それと同時に、神の足も次第に速くなり始めた。
広い空間に出た二人は、信じられないものを目にした。
水のように澄んだ青い髪に白い肌、ボロボロになっていたが純白の羽を持った、まだ幼さが顔に残る少女。氷のようなものに包まれ、結晶化されてしまった美しき天使。
「……やっと、見つけた」
「え?……この方が……大天使様?」
ニーレは彼女に惹かれ、ゆっくりと近付いた。そっと手を伸ばせば、ひんやりとした感触が伝わる。
「まさか、こんなところに封印されていたとは……。一体、誰が……」
神もゆっくりと近付く。が、すぐに振り向くと、思いっきり叫んだ。
「誰だ!?」
その言葉に驚き、ニーレも振り返る。そこで目にしたのは、会いたくもない人物だった。
「久しぶりだな、ニーレ。親の恩も知らず、見知らぬ男と家出とは、随分と不良になったじゃないか」
「お父、さん……」
彼女のか細い声に、男は口端を上げた。
「ニーレの父親がこんなところに現れるとは……どういうことかな?まさか、娘を探してここまで来た訳ではあるまい?」
神の言葉に、男は視線を娘から神へと変える。
「ああ。ここに来たら偶々会っただけだ」
「偶々ここに来た、とは思えないけどね。ここは、人から恐れられているのだろう?それを、冒険家でもないあなたが来る理由があると言うのか?」
「あるさ。そこに封印されてる天使様に会いに」
その父の言葉に、ニーレはぞわりと背筋を凍らせた。
「なんで、お父さんが……」
ニーレの呟きに、父は笑いながら答えた。
「まだ、私が真面目に働いていた頃……それこそ、お前が生まれる前どころか、結婚する前の話だ。当時、商人をしていて、いろんな街を渡り歩いていた。そして、この近くの町に寄った時、そこの天使様に会った。あの時は、人間に成りすまし、酒場で歌姫として働いていたが……俺はその姿に一目惚れしたんだ」
そこまで言うと、父は顔を顰めた。
「しかし、彼女は俺の気持ちを受け入れようとしなかった。そして、俺は彼女の正体を知った。だから、彼女の羽を引き千切ったんだ。もう飛べないように。もう、帰れないように」
「なんて、下劣な!!」
あまりにも身勝手な行動に、思わず神は叫んだ。
羽を無くした天使は力を失い、一種の仮死状態になる。それが、今の彼女である。
「俺はずっと、彼女を蘇らせる方法を探し続けた。天界に帰さず、人間にする研究を。その結果が……ニーレ、お前だ」
「え?私……?」
ニーレの驚きの声と同時に、何かを悟った神はニーレを背に庇った。
「ニーレと彼女の魂を交換する。そうすれば、彼女は人間として生きられる。……そのために、娘を育ててきたんだ!歌唱力も、容姿も、近づけるようにっ!」
「なんてことをっ!欲深い人間めっ!」
神の怒りを聞きながらも、ニーレは背に結晶化した彼女を感じながら、立ち尽くしていた。あまりの事実に足が竦み、逃げることなど出来そうになかった。
父は何かしらの呪文を言い、それを神が止める。その繰り返しの中で、ニーレだけがぽつんと取り残されていた。
『ねぇ、歌って』
「え?」
突然、どこかから聞こえた声に、ニーレは辺りを見回した。もちろん、誰もいない。
『ねぇ、歌って。私の……』
「だれ……?」
「っ!?ニーレ!!!」
ニーレの呟きと、神の叫び声は同時で、ニーレが振り向いた時には、彼女は宙を舞っていた。
『私はあなたを……』
地面に叩きつけられ、意識を失う中で、まだ声が響いていた。
水面で跳ねる水の音。
草原を駆ける風の音。
神が住む天界は、美しい音色で溢れていた。
その中でも、一際美しく響く音色。
天使たちにも負けず劣らずの歌声を持つ、人間の少女の歌。
神に愛されし娘。人間に疎まれた少女。
そんな少女の歌声に誘われ、天使たちは今日も少女の周りに集まる。
「ニーレ。神様が呼んでおりますよ?」
少女の歌声を中断させるように、天使長の声が響いた。
少女は歌うのをやめると天使長に視線を向け、にっこりと微笑み、その場を立ち去る。
どれぐらいの日々が過ぎただろう。
こちらに来てから。平和を手に入れてから。
「ニーレ。こちらの生活にも慣れたようだね」
「はい。天使長様のご厚意で、皆さんも仲良くしてくれています」
少女は目の前の“神”に頭を垂れていた。
目の前の男は、若くもなく、老けてもなく、誰が見ても溜め息を着くような美しさを持ち、肌は異様なほどの白さを輝かせる。だからと言って、虚弱なイメージは一切なく、どことなく子供っぽさを思わせるような、無邪気そうな顔立ちをしていた。
人は彼のことを“神”と呼ぶ。
一方、少女の名はニーレ・アスカ。
本来なら、神の姿を見ることさえ出来ない人間の少女である。だが、彼女は“神”の救いにより、運命を変えた人間であった。
歌の名手とされる天使たちを凌ぐ歌声は、人間のものとは思えないほど美しく、魅了し、浄化する力があるほどだった。
彼女の生い立ちは、とても異常なものだった。
早くに母を亡くし、父は酒を飲み荒らすようになった。まだ幼かったニーレを働かせ、彼女が稼いでいた金は酒に消えていった。
ニーレの歌声は生まれつきのもので、その澄んだ歌声で稼いでいた。だが、それでも大金を稼げる訳でもなく、彼女は常に父親の怒りを買い、殴られ、蹴られ、食事もまともに与えられずにいた。
それが当たり前だったある日、彼女の歌をじっと聞く男に会った。それが“神”だと知ったのは、後のことであるが。それからは、いつも聞きに来てくれるその男と仲良くなり、身の上をぽつりぽつりと話し始めた。
そして、彼は言ったのだ。
「下界に置いておくにはもったいない歌声だ。天使をも凌ぐ歌声をなくす訳にはいかない。……どうだろうか。私の元へ来ないか?」
ニーレは問うた。彼が何者なのかを。
彼はにっこりと微笑んだ後、何を言わなかった。その代わり、背から白い羽を出してみせた。
その巡り会わせで、彼女は人間でありながら、天界に住むようになったのである。
「じつは、再び下界に降りようと思っている。ニーレ、君も来ないか?」
「え?」
その言葉に困ったような表情で見上げた。
もちろん、あんなことがあった場所だ。二度と行きたくない。父に会う確率はほとんどないはずなのに、その“もしも”が怖い。
強張った表情で固まるニーレに気付き、神はやんわりと伝えた。
「別に、君を困らせたいわけじゃないんだ。ただ、私が君から離れたくないからね」
そう言って、彼は苦笑を漏らした。
「神がこんなこと言ったら驚くかな。でも、君は私にとって娘みたいなものだから。一緒に来て欲しい。……考えてくれないか?」
ニーレが逡巡しながら歩いていると、天使長が現れた。
「ニーレ、随分と悩んでいますね。何かありましたか?」
その言葉に甘え、ニーレは打ち明けた。
天使長という、天界では神の次に実権を持つ彼女に言えば、取り消しになるだろうか、と浅はかな気持ちで話したのだが、彼女は困った表情を浮かべた。
「……あなたは知らないのでしたよね。大天使様のことを……」
天使長はぽつりと呟いた。
「大天使様、ですか?」
「ええ。この度、神様が下界に降りるのは、彼女のことなのですよ」
天界には天使が住み、その統率を神が行っていた。
天使は神と人を繋ぐものとして存在したが、それゆえに神自身の孤独は深まる一方であった。
その寂しさゆえ、一人の少女を作り出した。姿かたちは天使と同じ。だが、“神”の力を分け与えられたため、神と天使の間の存在として『大天使』という愛称で呼ばれるようになった。
神は彼女を、自分の娘のように大事にしていた。しかし、彼女は下界への好奇心に駆られるようになり、度々天界を抜け出した。神はその度に彼女を咎めたが、下界へ降りることを止めることはなかった。
そして、恐れていた事態が起きた。彼女が下界に行ったきり、帰って来なくなってしまったのだ。当初は、天使たちに探させていたが、一向に見つからず、神自身が下界に赴いた。しかし、見つかることはなく、多くの者が諦め、神も敢えて彼女の存在を口にせず、下界に行く頻度を落とした。
「そんな過去が?」
天使長の話を黙って聞いていたニーレが問う。
「ええ。あなたを連れて来た時も、下界へ彼女を探しに行っていたのです。そして……あなたを見つけた」
そう言って、天使長は微笑む。
「あなたは、大天使様にそっくりです。歌が上手なのも、雰囲気も」
天使長の言葉を聞いて、ニーレはふっと小さく息を吐くと、天使長を見据えた。
「……私、下界に降りてみようと思います」
ニーレの中で何かが吹っ切れたのを悟った天使長は、ゆっくりと頭を下げた。
「ニーレ。神様のことをお願いします」
数ヶ月ぶりに降りた人間の世界。もう二度と踏まないであろうと思っていたこの地に、ニーレは足をつけていた。
ぐっと歯を食いしばり、前を見据えたニーレ。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ニーレ」
神はにこりと微笑んで、ニーレの手を握り、歩き出す。
その言葉につられるように、彼女も笑顔を取り戻し、ゆっくりと歩み始めた。
ニーレは貧しい家の育ちで、家庭も粗悪だったため、生まれ育った町から一歩も外に出たことがなかった。歌っていた場所が酒場だったため、時々訪れる旅人に外の話を聞き、自分もいつか、と思いを馳せることが、彼女の唯一の楽しみでもあった。
その彼女が、人間界の故郷以外の場所に立っている。彼女にとってそれは、不思議な気持ちであり、喜びでもあった。
「どこに行く予定ですか?」
ニーレの言葉に、神は予定を伝えていなかったことを思い出し、申し訳なさそうに笑った。
「ああ。先日、一人の天使が教えてくれたんだ。この街の近くに、封印されている洞窟があると。中に入ったものはいないらしいが、神が眠る場所という言い伝えがあるらしくて、真相を確認したくてね」
「言い伝えですか?神様自ら赴くほどのことなんでしょうか?」
「人間たちの考えには、天使を神と呼ぶこともあるらしい。個人的に、とても興味があるからね。ニーレは、そんな曖昧な情報じゃ嫌かい?」
「いえ、そういう訳では……」
慌てて首を横に振ったニーレを見ながら、「さあ、行こう」と二人は言い伝えが残る洞窟へと向かった。
町外れの森の奥深くに、その洞窟はあった。人が踏み入ることがないせいか、足場はかなり酷く、中はじめっとした空気が重く、どこまでも暗い。
「ニーレ、大丈夫かい?」
「はい」
神の手を握り、奥へ奥へと進んでいく二人だったが、やがて奥の方から光が零れてきた。
「光?」
「そう、みたいだね」
神の返答にも、ニーレは難しそうな顔をする一方だった。
「でも、ここは未踏の地ですよね?そんなところに、どうして光が……?」
「さあ。神でも眠ってるんじゃないかな?」
茶目っ気いっぱいに答えながら、その光の方へと足を進めていく。
奥に進めば進むほど、光が強くなる。だけど、決して眩しくはない、淡い光。淡い青色の光。それと同時に、神の足も次第に速くなり始めた。
広い空間に出た二人は、信じられないものを目にした。
水のように澄んだ青い髪に白い肌、ボロボロになっていたが純白の羽を持った、まだ幼さが顔に残る少女。氷のようなものに包まれ、結晶化されてしまった美しき天使。
「……やっと、見つけた」
「え?……この方が……大天使様?」
ニーレは彼女に惹かれ、ゆっくりと近付いた。そっと手を伸ばせば、ひんやりとした感触が伝わる。
「まさか、こんなところに封印されていたとは……。一体、誰が……」
神もゆっくりと近付く。が、すぐに振り向くと、思いっきり叫んだ。
「誰だ!?」
その言葉に驚き、ニーレも振り返る。そこで目にしたのは、会いたくもない人物だった。
「久しぶりだな、ニーレ。親の恩も知らず、見知らぬ男と家出とは、随分と不良になったじゃないか」
「お父、さん……」
彼女のか細い声に、男は口端を上げた。
「ニーレの父親がこんなところに現れるとは……どういうことかな?まさか、娘を探してここまで来た訳ではあるまい?」
神の言葉に、男は視線を娘から神へと変える。
「ああ。ここに来たら偶々会っただけだ」
「偶々ここに来た、とは思えないけどね。ここは、人から恐れられているのだろう?それを、冒険家でもないあなたが来る理由があると言うのか?」
「あるさ。そこに封印されてる天使様に会いに」
その父の言葉に、ニーレはぞわりと背筋を凍らせた。
「なんで、お父さんが……」
ニーレの呟きに、父は笑いながら答えた。
「まだ、私が真面目に働いていた頃……それこそ、お前が生まれる前どころか、結婚する前の話だ。当時、商人をしていて、いろんな街を渡り歩いていた。そして、この近くの町に寄った時、そこの天使様に会った。あの時は、人間に成りすまし、酒場で歌姫として働いていたが……俺はその姿に一目惚れしたんだ」
そこまで言うと、父は顔を顰めた。
「しかし、彼女は俺の気持ちを受け入れようとしなかった。そして、俺は彼女の正体を知った。だから、彼女の羽を引き千切ったんだ。もう飛べないように。もう、帰れないように」
「なんて、下劣な!!」
あまりにも身勝手な行動に、思わず神は叫んだ。
羽を無くした天使は力を失い、一種の仮死状態になる。それが、今の彼女である。
「俺はずっと、彼女を蘇らせる方法を探し続けた。天界に帰さず、人間にする研究を。その結果が……ニーレ、お前だ」
「え?私……?」
ニーレの驚きの声と同時に、何かを悟った神はニーレを背に庇った。
「ニーレと彼女の魂を交換する。そうすれば、彼女は人間として生きられる。……そのために、娘を育ててきたんだ!歌唱力も、容姿も、近づけるようにっ!」
「なんてことをっ!欲深い人間めっ!」
神の怒りを聞きながらも、ニーレは背に結晶化した彼女を感じながら、立ち尽くしていた。あまりの事実に足が竦み、逃げることなど出来そうになかった。
父は何かしらの呪文を言い、それを神が止める。その繰り返しの中で、ニーレだけがぽつんと取り残されていた。
『ねぇ、歌って』
「え?」
突然、どこかから聞こえた声に、ニーレは辺りを見回した。もちろん、誰もいない。
『ねぇ、歌って。私の……』
「だれ……?」
「っ!?ニーレ!!!」
ニーレの呟きと、神の叫び声は同時で、ニーレが振り向いた時には、彼女は宙を舞っていた。
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