新生月姫

宇奈月希月

文字の大きさ
75 / 75
新月の運命

水面に揺れる月・1

しおりを挟む
 キールは古い街並みの中を歩いていた。
 ただ、それが“普通”と違うのは、人が一人も街に存在せず、静寂に包まれていることだろう。
 キールは歩きながら天を見上げれば、そこに映るのは“空”ではなく水面で、ここが水底に封印された亡国であることを嫌でも思い起こさせる。
 “氷晶国”。三大界とは別に一国家として存在していた古代国だが、はるか昔に当時の大神の怒りを買い、滅ぼされ、封印された国。
 サファイア家は、その王族の末裔であり、国を復興させるのが一族の使命。
 キールはそれを、幼い頃から耳にタコができるぐらいに聞かされていた。
「そんなめんどくさい使命を勝手に負わせるな」
 それがキールの正直な感想ではあるが、世界を手中に治めたいという願望はあるため、それすらも利用しようとしか思っていない。

 キールはそのまま、街の中央にある神殿へと足を踏み入れた。
 同時に、神殿の中央にある泉がゆらりと揺らめく。そのまま人の形を作ると、中から女が現れた。
 水色に輝く髪は綺麗に巻かれ、同じく水色の瞳は宝石のように輝く。
「久々だな、キール」
 かなり美しい女性ではあったが、口調は高慢であり、キールを見下しているのがみてとれる。
 キールは口角を上げた。
「申し訳ない。今、忙しくてな。代わりに女を送っただろう?」
「女。……ああ、あんたの部下か。あいつは使い物にならないよ。こっちが物を頼んでも嫌そうな表情を浮かべるのだからな。反乱軍にいる以上、私の命令は絶対ではないか?ここの守護神は私だぞ」
「それは申し訳ない。彼女も、“神”であるあなたに畏怖しているのでは?」
 キールは笑みを浮かべたまま答える。
「はっ。白々しい」と文句を言いつつも、女はキールの前までやって来た。
「それで?忙しいということは、三大界に喧嘩を売っているのか?」
「喧嘩などとは……そんな、低次元のことはしていない。“戦争を売っている”と言ってくれないか?」
 キールがそう言えば、女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「そうか。やっとか。今までのサファイア家当主は腑抜けが多くて、本当に復興させる気があるのかと思っていたが……さすが、“最後の王の生まれ変わり”なだけあるな」
 女のその単語に、今まで楽しそうに笑みを浮かべていたキールから、すっと笑みが消えた。
「……私は最後の王の生まれ変わりではない。“恋”に現を抜かして、国を滅ぼした王と一緒にしないでくれ」
「そうは言っても、顔も力の質もそっくりなのだが。それに……いや、やめておこう。まずは、今の状況を教えてくれないか?私もその戦争とやらに参加したいのだが」
 途中で言葉を切った女に、キールはじとりと視線を向けるが、すぐに息を吐いた。
「あなたの出番はまだないと思うが。必要になったら召喚する」
 キールが面倒そうに言えば、女はつまらなそうな表情でキールを見た。
「むっ。私だけ除け者か?酷いなぁ。この氷晶国の守護神である私を、王が除け者にするのか。……誰のおかげで、晶術が使えるのだろうな?」
 思わず声のトーンを下げた女に、キールはぐっと眉を顰めた。
「そうは言うが……あなたは、ド派手な戦いの方が好みだろう?今はその時ではない。まだ、三大界にこちらの存在を示した段階だ。今から派手に戦争をするのは得策ではないだろう。もう少し、あちら側の戦力を削いだ方が賢いと思うが?」
 キールが物怖じせず言い返せば、女は舌打ちをした。
「全く。今の主殿は慎重派だな」
 女の言葉に、キールは「あんたが考えなしなだけだ」と言いそうになるのをぐっと飲み込んだ。
「慎重ではなく、論理的と言ってほしいものだが。まあ、いい。何かあればサリアに伝えるから、彼女に聞いてくれ」
「ということは、あの女はまだここにいるのか?はあ。あれだったらいない方がマシなのだが」
 女はそう言うと、ぶつぶつ言いながらさっさと姿を消した。
 それを見送り、神殿の外へと向かいながら、キールは大きな溜め息を吐いた。
 そこへ、メサイアがやって来ると、頭を下げた。
「キール様。戻ってからでも良いかと思ったのですが、念のためご報告が」
 そう言って、キールに書類を渡す。
「ユウキとスタイから、作戦計画が提出されました」
 メサイアに渡されたものをペラペラと捲っていたキールだが、そこへ「キール様!」と声をかけられた。
 サリアが慌てて走って来た。
「キール様。私も戦わせていただきたく」
「貴様は、罰でここの清掃だったはずだが?」
 キールが冷たい目で見下ろせば、サリアは言葉を詰まらせた。
「ま、まだ続くのですか?一体、いつまで?」
 サリアは、絶望したようにか細い声で問う。
 その様子にキールは表情を変えず、「さあ?いつまでだったろうな?」と言いながらメサイアを見る。
 メサイアはすぐに書類をパラパラ捲る。
「今回の罰につきましては、作戦失敗よりも、あなたが一人で逃げ出し、彼を置いて行ったことで彼が捕まり、三大界にこちらの情報が渡ってしまったことによる責任能力の話になります」
「それは……あいつがさっさと逃げなかっただけで、私は見捨てた訳では……」
「ほう?部隊を率いるトップが、他人へ責任を押し付けるのか?」
 しどろもどろに答えるサリアに、キールが声のトーンを下げて問う。
「今回の件はかなり重く受け止めております。現時点で、掃除程度の罰で済んでいるのは、キール様の寛大な心のおかげですよ」
 メサイアの言葉に、サリアはぐっと口を噤み、すぐに「申し訳、ありません」と頭を下げた。
「故に、期限は設けておりません。あなたの反省次第です」
 メサイアはぴしゃりと言い放つ。
 サリアは頭を下げているため、二人の顔を見ていないが、メサイアがちらりとキールを見ると、キールは楽しそうに口角を上げていた。
「精々、頭を冷やすことだな」
 キールはそう吐き捨て、帰路に着いた。
 サリアはキールに言葉をかけようとしたが、ただその背中を見送るだけで、ぐっと奥歯を噛み締めた。
 が、その傍らにメサイアがやって来て、そっとサリアに耳打ちをした。
「サリア、安心なさい。あなたが将軍職から抜けている今、あなたの代理としてダイがあなたの部下たちを率いてくれています」
 メサイアの言葉にハッとし、サリアは慌ててメサイアの顔を見た。
「そ、それは……」
「同じ立場であるユウキとスタイも頑張ってくれているので、あなたが心配することは何もありませんよ」
 メサイアはそう言うと踵を返し、キールの後を追った。
 それは、優しさに見せかけた左遷宣告のようなもので、サリアは絶望のあまり、その場で膝をついた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

処理中です...