割り切れない世界にいる僕ら

浅香ショウ

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ラスト「1」日

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「くっそー!」
ケイタは仰け反って、頭を抱えた。

図書室のいつもの席。「宇宙・生命」の棚の前。
再試験を明日に控えた今日は最後の仕上げだ。

「また同じ問題で間違ったよ!
明日大丈夫かなー。」
向かいの席でケイタの答案を眺めていたシンジは
なぜかうっすらと笑っている。
この3週間で、だいぶ表情が出てきた気がするとケイタは思った。
それは、ケイタの方がシンジの些細な表情の変化を敏感に読み取れるようになったからでもあるのだけれど。

「大丈夫だよ。
間違えてるのは応用問題だし、
それ以外のところでちゃんと点数取れてるから、
合格ラインは超えるはず。」
シンジに言われると、本当にそうなのかもしれないとケイタは思う。

「お前のお陰だな。
教え方上手いし、本当に先生になればいいのに。」
これはお世辞ではなく、ケイタの本心だった。

シンジはいつも、ケイタが引っかかっているポイントを正確に把握して、
その引っかかりをなくす説明をしてくれる。
それまで、ごちゃごちゃに絡まっていた頭の中の糸が
シンジの小さな手でするすると解かれていくような気持ち良さがあった。

「僕には時間があるから、授業の復習ができてるだけだよ。
君には部活があるから、習ったことをもう一度頭の中で整理する時間がないんだよ。」
自分だって、放課後バイトしてるじゃんか、
とケイタは思ったが、言わずにいた。
それよりももっと気になったことがあった。
ここ数日、ずっと気になっていたこと。

「その君って呼び方いい加減にやめろよな。」
シンジはきょとんとしてケイタを見つめる。

「俺はお前のことシンジって呼んでるんだぜ。
セブンじゃなくて。」
シンジは黙ったままだ。

「だからさ、俺のこともケイタって呼べよ。」
シンジは前髪をいじりながら黙っている。
これはケイタが見つけたシンジの癖だ。
困ったら前髪をいじって何か考え始める。

「ほら、呼んでみ。ケ・イ・タって。」
前髪をいじり続けるシンジは、机の上を見ながら言った。

「ケイタ。」
落ち着きなく目をパチパチさせている。

「そうそう。もう一回。ちゃんと目見て。」
シンジがしばらく前髪をいじり続けた後、
そっと手を両膝の上に置いた。
そして、目線をケイタの目の奥に移して言った。

「ケイタ。」
ケイタは急にくすぐったくなる。
野球部のやつらに名前を呼ばれたって、なんとも思わないのに。

「よしよし!これからはそう呼べよ!」

ここで時間になったので、教科書やノートを片付けて図書室を出る。
この図書室でシンジと勉強をするのもこれで終わり。

駐輪場から自転車を出して、シンジを後ろに乗せる。
いつも通り、シンジの手を自分の腹の前で組ませる。
もうシンジも乗り慣れているから必要ないかもしれないけど、
これが落ち着く。

走り出した自転車の後ろでシンジは黙っている。
これもいつものこと。

「追試が終わったら、また野球漬けだな。
夏には高校最後の大会があるしな。」
3週間、自宅で筋トレだけだったから、
早くブランクを取り戻さなければ。

「まずは、明日の追試、ゼッテー受かる!」
そう言って、ケイタはペダルを思いっきり踏み込んだ。
シンジの手がぎゅっと握られるのが分かる。
こうやって、たまに意地悪した時の地味な反応も、
また可愛いとケイタは思う。

コンビニの前まで来て、シンジを下ろす。
シンジをバイト先まで送るのも今日で最後だ。

「じゃあな。バイト頑張れよ。」
そう言って、軽く手を挙げると、シンジが神妙な面持ちで言った。

「ケイタも、明日の試験、頑張ってね。」
そして、くるりと向きを変え、
スタスタとコンビニの中へ歩いていく。

シンジが店に入ったのを見届け、ケイタはふふっと笑って自転車を漕ぎ出す。

「そんなこと言われて、頑張らないわけねーじゃん!」
いつにも増して大音量の独り言とともに、ケイタの自転車は軽快に走っていった。
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