ハンバーグ

きたひがし

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ハンバーグ(完結)

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 いらっしゃいませ。

 やあ、お待ちしてました。さあ、こちらのテーブルへどうぞ。

 今日はあなた達ご夫婦のために貸し切りにしていますから。ちょうど、料理も出来上がったところです。

 ほら、美味しそうでしょう。うちの店自慢のハンバーグです。時間をかけて丁寧に作りました。私の自信作です。

 え…。いやいや、まずは食べてみてください。ほら、冷めないうちに…、ね…、どうです、美味しいでしょう。肉から臭みをとりつつ旨味をひきだすのがね、結構大変なんですよ。

 …はい、…はい、そうですね。わかりますよ。娘さんが心配なのはよくわかります。それはおいおい、順をおって話していきますので。…ええ、大丈夫です、食べ終わるころには全て…。ほら、どんどん召し上がってください。色々と話すことがありますから、食べながらでも、ねえ…。自分で言うのも何ですけど、本当に私のハンバーグはそこら辺の店で出してるものと全然違うでしょうから。

 いやね、今でこそ私はこんな小さい店で洋食屋をやっておりますが、若い頃は三ツ星ホテルの厨房を任されてたこともありまして。そりゃあもう修行中はしごかれたものです。昔は超勤、パワハラなんてものは当たり前すぎて皆何も言わないくらいでしたからねえ。私らみたいな下っ端はひたすら皿洗いか食材の下処理をするかでした。

 それでも、たまに料理長のテストみたいなものがありまして。
 レストランを閉めて、お客さんがいなくなった後にハンバーグにかけるデミグラスソースなんかを作らされて味をみてもらうんですけど、そこで合格点をもらえたら、晴れて昇進ということで調理の仕事も任されるわけなんです。けどねえ、料理長連中が試食して出来が悪いようなら、怒号だけでなく、皿が飛んでくるくらい荒々しかったですよ。それでいて、どこが悪いかは具体的には教えてくれなくってね、…まあ、確かに料理ってのは最終的には自分の舌で感じとるしかないわけですから。だからね、私はよく、お客様が召し上がった後の皿をバスボーイが下げてきた時には、チャンスとばかりに回収して、皿洗いするフリしながら残っている僅かなソースを盗み舐めては味を研究したものです。

 そうやって舌を鍛えてきたわけですからね、そこいらの定食屋みたく、化学調味料をふんだんに使って作った料理よりかは良いものを提供しているつもりですよ。

 …あ、いやスミマセン。余計な話までしてしまいまして。ま、ま、我慢して聞いてください、決して関係ないつもりで話しているわけではなくて。

 …ええと、それでですね、何年かするうちに私もそのホテルで腕が認められまして、そこそこ上の役職につくことができました。それでまた、亡くなった妻もそこのホテルレディだったもんで、職場で出会って、そのまま結婚して、ほどなくして娘が生まれたんです。

 ただ、私も妻も仕事を辞めることはなくって共働きを続けてました。ホテルも慢性的な人手不足でして、シフトに穴が空かないようガチガチにローテーションを組んでるわけなんですが、それでも子供が風邪をひいたりした時なんかはシフトが入っていたとしても休まざるをえないわけですよ。もちろん、職場はフォローしてくれましたが、だんだん申し訳がなくなってきて、それに、私も妻も何だか大きな組織の中で働くことに疲れまして。お客様に気を使うことはもちろんですが、それプラス、お偉いさんにも言葉を選びながら接したりして、何だか人間関係とかも、もう嫌気がさしてきてしまって。蓄えもある程度ありましたし、一念発起して自分たちで店を開業しようかと思い立ったわけなんです。もちろん、私が調理担当で、妻には配膳とか経理とか諸々の庶務をやってもらいました。

 いざ店を始めると、毎日すごく忙しくて。開業当初は、お客さんといったら、珍しがって来てくれる近所の人たちばかりだったんですけど、だんだんと評判が広まったようで、今はインターネットなんかでお店に点数つけたりするのもあったりするでしょう。生の口コミもすごいですが、ネットの影響というのは凄まじいですね。ありがたいことに、ウチの店は高い点数をいただいてて、「特にハンバーグが美味しい」という感想が多く書かれていたみたいです。それで、わざわざ遠方から来るようなお客さんも結構いたんですよ。そんなお客さん達に「評判どおり美味しかったです」とか「他の店のハンバーグとは全然違いました」なんていう言葉をかけてもらうと、ああ、自分で店を構えて本当によかったなと沁み沁み思いました。

 あっという間に店は繁盛していったわけなんですが、それに併せて当然忙しくなりました。経営というのを甘くみてました。不思議な話ですけど、売上げが大きくなっても生活が楽になるわけではないんですよね。経済的には余裕がでても、ほぼ毎日、仕事に追われていて、利益のことを実感する余裕はありませんでした。定休日とか店を閉めてる時も、私は仕入れにでかけたり、仕込みをしたりしてましたし、妻は妻で経理関係を一任してましたので、帳簿をつけたり何だりで。疲れる暇も無いくらい忙しかったです。

 ただ、この頃、娘が小学生だったんですけど、毎日慌ただしくしている私らを見かねてか、だんだん店の手伝いをしてくれるようになったんですよ。皿洗いとか、閉店後の店内の掃除とか、そういう後片付けみたいな簡単な仕事をね積極的にやってくれたんです。正直、アルバイトでも使おうかと考えていたところだったんですが、本人が一生懸命に手伝ってくれていたもんですから、なんだか無下にすることもしたくなくて。実際、少しでも仕事が減るのはコチラとしても助かりましたし、何よりも父親としては、すごく嬉しかったんです。手伝ってくれたこともそうですが、何といいますか、まだ子供だと思っていたけど、忙しそうな親の姿を見て自分も何かしないとって考えて、自発的に行動するくらい成長したんだな、と感動しました。

 …どうです、あなた方にも、娘さんの成長の過程でそんなことってありませんでしたか。
 …子供ってのは幼い時ほど素直なものですよね。その素直な頃に親の一生懸命な背中を見ていたら、子供は何か胸を打たれて自然とまともに育つのかもしれませんねえ。きっと、あなた方の娘さんもあなた達の背中を見て育っているハズですよ…。

 それから、忙しいながらも家族で協力していきながら、だんだんと経営にも慣れてきて店は順調に回っていきました。
 だけど…、幸せってずっと続かないものなんですかね…。
 ある日の朝、いつものようにランチ営業のための仕込みをしていたら、妻が体調不良を訴えてきたんです。何だか、お腹のあたりがしくしく痛むんだとかで。聞けば、前々から痛みはあったみたいなんですが、何とか我慢できるくらいだったから、放っておいたらしいんですね。だけど、とうとう、辛抱できなくなったみたいで、それで、その日は店を閉めて二人で病院に行ったんですよ。正直、この時は胃腸炎か何かかな、なんて軽い気持ちだったんですが、採血した後に色々な検査を受けさせられて、その度に医者の顔色が強張ってきて、だんだんと嫌な予感が頭の中で膨らんできまして、何だか生殺しにあっているような感じがしました。結局その日は一日中病院から出られませんでした。

 悲しくも、私の嫌な予感は当たってしまいました。検査の結果、妻はガンだと診断されました。ステージ4の子宮頸がんで、もう手がつけられない状態だと聞かされて、私は頭の中が真っ白になって、治療のこととか話があったんですけど、何も入ってこなくて。でも何故かその日のランチの仕込みが途中だったことがふと頭の中をよぎったりして、けど、それも思い出しただけで、その先が考えられなくて。只々、呆然自失でした。

 私なんかよりも、妻のほうがよっぽどしっかりしていましたね。余命のこととか、入院のこととか、聞きたくないようなことも表情変えず医者から淡々と話を聞いていました。医者の話では、1年はもたないかもしれない、と言っていたかと思います。妻は静かに「そうですか」と答えていました。

 とりあえずすぐに入院することはせずに、まずは通院して治療を進めることにして、この日は家へ帰りました。妻からは、まだ娘には話さないでほしいと頼まれまして、それどころか、当面は普段どおり店の仕事を続けたいなんて言ったんです。さすがに病人を働かせるわけにはいかないですし、それに今のうちにできることをさせてやりたい、楽させてやりたいって思ってましたからね。だけど、本人は最後の最後まで生きていることを実感していたいんだって主張してて、頑なだったんです。

 仕方なく、店は夜営業だけにすること、体調が営業に支障をきたすようになったら大人しく休むこと、という条件のもとで妻のわがままを聞いてやることにしました。娘には適当にはぐらかして、お母さんはちょっと病院に通うことになったから店の営業時間を縮めることにする、とだけ話しました。悟られないよう平静を装ってに伝えたつもりでしたが、何か感じ取っていたのかもしれません。今度は店の手伝いだけでなく、洗濯とか掃除とか、家のことも積極的に手伝ってくれるようになりました。

 それからの妻は実に気丈でした。病人という素振りは全く見せず、いつもどおり仕事をこなしていて、これが本当に死期が決まっている人間の働きぶりかと、何もかも嘘だったのではないかと思うくらいでした。このまま何事もなくいつまでも過ごしていけないものかと何度も願いましたが…、とうとう限界はやってきました。

 半年ほど経ったある日、どうにも痛みが治まらず、熱も下がらない状態で、起き上がることもできなくなり、妻は病院へ運ばれました。何とか抗がん剤を投与して落ち着きを取り戻したものの、医者からはもう元の生活に戻ることはできないと告げられました。このまま入院が必要だという話になって、妻も覚悟の上でした。ここで、妻は娘に自分の病気のことを伝えました。ベッドの上で、体は弱りきっていましたが、堂々とした口調で「自分は人生に悔いはない、だから悲しいことなんかない」と言って胸を張っていました。私も娘もその気概に圧倒されました。半分は娘を心配さすまいという虚勢もあったかと思います。娘もそれを汲んで、泣くまいと涙を飲んでこらえているようでしたが、やはり、耐えきれず、ホロホロと涙が溢れて、母娘抱き合って泣いておりました。

 それからほどなくして、妻は帰らぬ人となりました。最後まで痛みと闘って、だけど意識の混濁など見せずに、立派に生き抜きました。

 この時、娘は中学生になっていました。あの日、病室で泣いてからというもの、人前で泣くことはなく、通夜式や告別式などではあの時の妻のように、気丈に凛としたものでした。だけど、家で1人部屋にこもっている時なぞは、何だかドアの奥からシクシク泣き音が聞こえてくるような気がして、少しいたたまれなくなることもありました。

 そうして、それからまた何ヶ月かして、傷心が少しずつ癒え始めたある日のことです。娘から突然、店はまた始めないのか、と尋ねられたことがありましてね。妻が入院してからはずっと店は閉めておりまして、蓄えはある程度ありましたし、あと、幸いにも…という言い方はしたくないですけど、妻の生命保険がおりて、親子2人なら不自由なく暮らしていけるくらいありましたから。ただ、娘曰く私もどうやら傍から見ると塞ぎ込んでいるようにも見えてたようで、1日中、何もせずにボーッと生活するよりかは働いたほうが精神衛生上いいんじゃないかということを言われまして。確かにその通りだなと思いました。そう言われるまで、店のこととか、働くことなんて全然考えてなくて、やっぱり私も、自覚してなかったけど少し鬱っぽくなっていたのかもしれません。

 これはちょっといけなかったかなと、子供に頼りない親の背中を見せてしまったなと、反省しまして。それで、店を再開することを決めました。だけど、今度は1人で回していかなきゃいけないわけですからね。まず、店の規模をぐっと縮小しました。座席数とかを減らして、それと、メニューもハンバーグ定食だけにして負担が増えないような対策をとりました。あまり娘には手伝わせたくなかったですからね、勉強の方が疎かになってはいけないと思いまして。

 それで、いざ店を再開すると、その懐かしかったこと。家で食事を作ることはありましたけど、厨房で作るのは格別で。やはり、お客様に提供するものですから緊張感がありますし、プライドもあって出来ばえも気にしますし、何よりもこうして料理するのが好きでしたから。来てくれるお客さんもかつての常連の方ばかりで、時より妻のことを聞かれて慰めの言葉などかけてもらったりして、色々と思い出してちょっと辛くなることもありましたけど…、だけど、仕事をして外の世界と繋がっているとだんだん気持ちが健全になっていくような感じがありました。あの時、背中を押してくれた娘に感謝しています。

 店を再開させたものの、正直、営業利益としてはトントンといったところで、ほとんど趣味でやっているようなものでした。バイトでもいれて、営業規模を大きくすることもできたんですが、別にお金に困ってるわけでもなかったですし、儲けようという気もなくってですね。

 ただ、この頃、何故か娘がやけに家計のことを気にしていまして、私が心配ないって話しても、それを深読みして私が心配させまいと逆のことを言ってるんじゃないかと変に勘ぐったみたいで、倹約につとめるようになったんです。服や靴なんかもずーっと同じのを着回したり、お小遣いは毎月あげてたんですが、何かあった時のために貯金していたみたいです。

 それに、勉強の合間を縫って店の手伝いもしてくれて。ありがたかったんですけど、こっちのことなんて気にしないで、もっと学校生活を楽しんでほしかったですし、妻のこともありましたから、無理して体に障っても困ると言ったんですけど、「別に無理しているわけじゃない」と答えるだけで、あんまりハッキリとしたことを言わなくて。何だかお金のことだけではないような感じもあったんですけど、何分、難しい年頃でしたから。ましてや男親と娘ですし、尚のことコミュニケーションが一筋縄ではいかなくって。こっちがあまりしつこくすれば向こうの口数も少なくなってしまうので…、まあ、勉強の方はそんなに成績が悪いわけではなかったので、とりあえず本人の気の済むようにやらせようかなということで、とやかくは言わなかったんです。

 ただ、今から一ヶ月くらい前でしたかね、奇妙なことがありました。土曜日のランチ営業の時に、娘に片付けや皿洗いとかを手伝ってもらってたんですけど、その時に、娘と同じくらいの年の女の子が4人組で入店してきたんです。娘はその顔ぶれを見ると眉をひそめて水も出さないで、逃げるように厨房のへ入っていったんです。

 何だか変だなと思いながら、仕方なく私がその子達に水を出して、一応、一見客なのでメニューはハンバーグ定食しかないことを説明すると、驚いた感じを見せたんですが、何かわざとらしく驚いているような、知っていたけど、あえてリアクションしてるような感じで。結局、注文は4人で来てるのにハンバーグ定食を1つだけということで、まだ中学生とはいえ、失礼な客だなと思いました。厨房に戻ると娘は黙々と皿洗いをしていて、あの連中は友達かと尋ねると、下を向いたまま「違う」と強い口調で返事をしました。厨房から見てると、その4人組は店内をぐるぐる見回して、時よりクスクス笑ったりしてて。直感的に店を嘲っているなと思いました。そして、最近、娘が妙に色々と気にしていることと何か関係してるんじゃないかとも思いました。

 もう早く帰ってもらいたかったので、さっさと料理を作ってテーブルへ出しました。連中もスグに食べ終わって、帰っていったんですが、娘に「嫌な客だったな」と声をかけると、「そうだね」と少し笑って返ってきました。私はまた、「ああいう連中に何を言われても気にするなよ、どうせ、いつかは消えていく人間だからな」と話したんですが、力弱く「ウン」と返ってくるだけでした。

 それから何日か経った時のことです…、私の娘は自殺しました。

 …あなた方も聞いていますよね。学校で、屋上から飛び降りたんです。

 学校から連絡を受けた時は、もう、妻の時と全く一緒でした。最初だけ話を聞くと、わけがわからずまた頭の中が真っ白になって、何も考えることができませんでした。娘が運ばれた病院までどこをどうやって行ったのかも覚えていません。そこで、担任の先生の話とか、警察の人の話とかあったんですけど、違う国の言葉を聞いてるみたいで全然頭に入ってこなくて、只々、その時の私は、変わり果てた娘の姿を呆然と見ることしかできませんでした。

 その日はもう、警察に家まで送ってもらいましたが、帰ってからも何もできませんでしたねえ。電気もつけずに、店のイスに腰かけて、何も飲まず、何も食べずに、寝たのか、起きているのか、いつまでそこでそうしていたのか、身も世もなく生きる屍のような状態でした。

 そうして、そのまま何日かして、ある日の夕方です。娘と同じ学校の制服を着た女の子が2人、家を訪ねてきました。

 聞けば、その女の子たちは娘と親しい友達だったみたいで、私の様子に少し戸惑いながらも、娘に線香をあげたいと言ってきたんです。実際、娘の仏壇はまだなくって、私も鬱病人みたいな状態でとても人と話せる精神ではなかったんですけど、少しだけ思考が働きまして、娘のことを聞いてみたんです。何故、娘は学校であんなことをしたのか、一体、学校で何があったのかを率直に尋ねてみたんです。

 そうしたら、その女の子のうち1人がワーッと泣き出して。娘を助けてあげられなくて、ゴメンナサイ、ゴメンナサイって泣きじゃくったんです。もう一人の方もシクシク泣きながら、私に、娘が学校でイジメを受けていたことを教えてくれました。

 何でも、ことの発端は、新学期に学級会議で学校の制服を一新しようという議題がもちあがった時のことだそうです。新制服を生徒たちでデザインしたら面白いんじゃないかという意見があって盛り上がっていたみたいなんですが、この時、唯一、娘が声を上げて反対したみたいなんです。わざわざ新しくする必要なんてない、無駄なことだ、と意見したそうです。きっと、娘は、制服を新しくするとお金がかかるということをわかっていたので、家計のことを心配して嫌気したんだと思います。

 その結果、娘に同調するような生徒もでてきて、結局、制服のリニューアルの話はなくなったみたいなんですが、そのことを面白くなく感じた生徒たちがいたそうで、娘はそのグループから目をつけられたようなんです。それ以降、その連中は、娘を何かと貧乏扱いして小バカにしていたとのことで、あの時、土曜日のランチに来ていた4人組がきっとそのグループの中核だったんだと思います。

 でも、娘はそんな嫌がらせとかは無視して気にしないようにしてて、あまり大事にもしたくないと友達に話していたみたいです。けれども、あの日…、娘が自殺したあの日の休み時間に、またその連中が娘をつかまえて、今度は店のことを揶揄してきたそうです。そいつらは私の店の売上げを勝手に推測して、いい加減な年収を吹聴したみたいです。

 さらには、売れない洋食屋だから嫁に逃げられたんだというような放言までしたそうで、この時だけは、さすがに娘も激怒して、そのリーダー格の女子生徒に思いっきり筆箱を投げつけたんです。そしたら、それが勢いよく女子生徒の右目に当たって、その女子生徒はこれ見よがしに大袈裟に反応して、娘を脅すようなことを言ったみたいです。あんたの親に慰謝料を請求してやるとか、自分の親は学校で役員もやっているからあんたなんか退学にできるとか、大人が聞けばバカバカしい戯言だと思いますけど、娘は真に受けてしまったんですね。たぶん、自分から手を出して怪我をさせてしまったことで罪悪感もあったんだと思います。

 それで娘は教室から飛び出して、授業が始まっても席には戻らず…。そのまま屋上から飛び降りてしまったのだと…、娘の友達が語ってくれたのはそんな経緯でした。

 彼女たちはまた、何もできなくてゴメンナサイと繰り返していました。私は、「ありがとう」とだけ言って、涙が1つ、ホロと頬をつたいました。

 …もう、わかってますよね。娘をイジメていた、そのリーダー格の女子生徒というのが、あなた方の娘さんです。

 次の日、私は何かに取り憑かれたように娘の学校へ赴きました。学校側には、娘の持ち物が残っているはずだから教室の中を見たいという適当な申入れをしまして、けど、担当教諭からは、教室には入ることは遠慮してほしい、間違いなく教室内を隈なく探すから、せめて教室の傍で待っていてほしいとお願いされまして、仕方なく少し離れたところから教室を眺めていました。

 そして、チャイムが鳴ってドアが開いた瞬間、何人もの生徒が垣間見えるなか、私の目はハッキリと一人の生徒を捉えました。眼帯をした、あの時、ウチの店に食べに来てたあの女子生徒。その顔姿が一瞬間のうちに私の脳裏に焼き付いて、私はもう、そのまま学校をあとにしました。そうして、学校のちょうど向かえにあるスーパーの入口横で、私はじっと校門を睨んで、ずーっと待ち続けました。その時がくるまで、一歩も動かずに。

 ようやく、放課後になって、下校する生徒たちがぞろぞろと校門から出てくるなか…、とうとう見つけたんです、あの眼帯の女子生徒を。私は考えるともなく彼女の跡を追いました。

 …その先は話しません。
 そこからの記憶はね、ハッキリと覚えてないんです…。どのようにして娘さんをつかまえて、どのようにして娘さんを問い詰めたか…。ただ、彼女の自白を全部聞いた時に、私がどうしたのか…、考えるのは容易いでしょう。

 …私はね、後悔しています。

 何をって、まずは妻に対してです。何であの時もっと早く体調不良に気付いてやれなかったんだろうって。もしかしたら違う結果になったんじゃないかって…、今でも後悔しています。

 そして、次に娘に対してです。様子がおかしいことに気付いていたのに…、なのに、親として安心させることができなかった。それがすごく悔しいのです。

 …どちらももう戻ってきません。

 …だけど、だけどもね、娘の方は、諸悪の根源がまだこの世に存在してるじゃないですか。

 …娘はもういないのに、それってあんまりじゃないですか。

 …そう思えばもう、気が気じゃあいられませんよ。

 娘を虐めていた張本人、これが悪いのは明白です。報いを受けるのは当然のことで。

 だけど、一番の害悪の存在はその親であるあなた達だと、私は思うんです。

 学校側がどうとか、教育委員会がどうとか、世間は言ってますが、私からすれば全然関係のないことでね…。子供は、親を見て育つんですよ。まともな親を見て育っているなら、こんなことにはなっていないハズだと思うんです…。

 ちゃんと、あなた方がまともな人格を持ち合わせていたなら、その姿を、その生き様を、子供が見て育っていたのなら…、こんなことにはなっていないハズなんです。だから、親のあなた達は、最大限の罰を受けなきゃならないんですよ。

 そうしないと娘は…、私たち家族は…、清算されないんです。

 …先ほどから、あなた達は娘に会わせろとか、娘を返せとかって言ってましたよね。

 …だけど、そんなこと、もうできませんよ。

 …だって、あなた達今、食べてるんですから。
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