俺はニートでいたいのに

いせひこ

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第一章:剣姫の婿取り

信頼を得るために

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 イリスと戦場の確認をした翌日。
 ソルディーク伯爵家の中庭で、俺は五十人の兵士と対面していた。

 体格も良く精悍な顔つき。
 身に着けている装備はどれも使い込まれており、それでいて、しっかり手入れされていると素人目にもわかる。
 
 国内最強を誇るソルディーク伯爵家領地軍。
 中には騎士の爵位を戦功によって授与された者もいるほどの精鋭揃いだ。

 女性もちらほらいるのはイリスの影響だろうか?
 いや、彼女の年齢を考えたら、元からいたと考えるべきだな。

 候補生に女性の割合は増えてそうだけど。

 彼らはイリスが選別した領地軍の中でも精鋭百人、その下位五十人だ。
 ようは五十一位から百位、という訳だけど、二千人からいるらしい領地軍の上位百名だ。
 しかも国内最強のソルディーク伯爵家の兵士。

 実力的には実家(エルダード)の領地軍より何倍も上だろうな。

 それはともかく。
 俺の前に整然と並んでいながら、俺に向けられるのは敵意と懐疑の目。
 当然の話で、俺とイリスの話は領地軍にも伝わっている。
 それでこの反応って事は、イリスが彼らからどれだけ慕われているかがわかる。

「さて、一ヶ月後、私は君達を率いて、君達が敬愛するイリス嬢率いる精鋭・・五十人に勝たなければならない」

 俺が話し始めても、彼らの反応は薄い。

「勿論、簡単な話じゃあない。あちらは国内最強であり、大陸最強とさえ噂される程の精強さを誇る、ソルディーク伯爵家の精鋭だ。いかに優れた指揮官が率いようと、これに勝つのは難しい。例え相手を率いているのが凡庸を通り越して無能だったとしても、それを補うだけの実力がある。そして、彼らを率いるイリス嬢は決して無能でも凡庸でもない」

「お言葉ですがレオナール様」

 挙手して発言の許可を求めたのは、先頭に立つ女性兵士だ。
 イリスから渡された名簿によると、名前はミリナ。名簿の一番上に乗っていたから、多分イリス評価で51位なんだろう。

「なんだろうか?」

 俺はミリナに発言する許可を出す。
 内容によっては黙殺して話を進めるつもりだけど。

「我々もその精強なるソルディーク伯爵家の領地軍に所属しています。ただ籍を置いているだけでなく、厳しい訓練に耐え、匪賊討伐に何度となく出撃しております」

 どうやら、俺の言葉から、最強のソルディーク領地軍とはイリスが率いる五十人の事で、自分達は違うと言われたように思ったらしい。
 その感覚は正しい。
 だって俺は、敢えてそう聞こえるように話していたんだから。

「……恐らく君達の実力は、エルダード伯爵家の兵士達より上だろう。他に比較対象が無いので、それがどの程度なのかはわからないがね。それでも、君達とイリス嬢が率いる者達の間には実力に差があると言わざるを得ない」

「何故でしょうか?」

「今回の決闘に際し、率いる兵の選抜に、二つのルールが設けられた。一つは領地軍の中から百人を選別する事。そしてもう一つはイリス嬢は領地軍の上位五十人を率い、私は下位五十人を率いる事だ」

 俺の言葉に兵士達がざわつき始める。
 よし、上手く誤解されてくれたみたいだな。

 上位百人を選抜して五十人ずつに分けたところを、俺は百人を選別、としか説明しなかった。
 そして上位百人のうち、上位五十人をイリスが、下位五十人を俺が率いるというところを、『領地軍の』と冠をつけて上位百人をイリス、下位五十人を俺が率いると説明した。

 お前達は領地軍の中で、下から数えた五十人だ、と誤解するような言い方をしたんだ。

 微妙な言い回しではあったし、全員とはいかなかったみたいだけど、誤解してくれた人数の方が多いみたいだから、この誤解が解ける事はないだろう。
 仮にイリスに確認しても、『下位五十人を選んでレオナールに与えたのか?』と聞かれれば、誤解している事を知らないイリスはイエスと答えるだろう。

「勿論、私では細かい実力がわからないから、選別を行ったのはイリス嬢だ」

 この選抜と選別の使い分けも誤解を助長させるための重要なポイントでもある。

 これにより間接的にではあるが、彼らはイリスから、実力的に領地軍の中でも下だと指摘された事になる。
 領地軍内でもある程度実力差は認識されているだろう。

 とすれば、こいつより自分の方が実力が上だ、という自負は必ずあった筈だ。
 その自信が今、彼らの中で揺らいでいる。

 けれど、彼らを見渡せばわかるけれど、落胆している者ばかりで、憤怒や嫌悪感を露にしている者はいない。
 つまり、自分達が領地軍で実力的に劣る、と言われた事に対し、評価をしたイリスへ不満や怒りを抱くのではなく、自分の不甲斐なさにショックを受けている状態だ。

 うーん、ここまでくると、イリスが勝ち得ている信望に、ちょっと引く。

「さて、決闘の内容は勿論だけど、決闘の結果どうなるかもある程度伝わっているだろう。それ故に、私はこの決闘で絶対に勝たなくてはならない」

 俺の言葉に多くの兵士は無反応だ。
 ミリナをはじめ、一部の兵士が顔をこちらに向けている。

「私個人としては、この縁談が破断になったとしても痛くも痒くもない。君達も知っての通り、エルダード伯爵家の子息ともなれば、引手数多だからね。すぐに別の縁談が持ち上がるだろうさ」

 俺がニートを目指している事を知らない彼らは、この言葉を疑う事はできない。

「けれど、それでも私には、この決闘に勝たなくてはならない理由がある」

 今度は多くの兵士がこちらに顔を向けた。
 当然だ。個人的には破談になっても問題無い縁談だと言っておきながら、勝たなくてはならないと言い切るのだから。
 疑問が湧いて当たり前だろう。

「はっきりと言ってしまえば、ソルディーク伯爵家は滅亡の危機に瀕している。既に王室からの援助は限界で、それでもなお、ソルディーク家の状況は悪化しているからだ」

 これは、領地で暮らす彼らの方が身に染みている事だろう。

「領地を経営するうえで、最も重荷になっているのは君達領地軍である。しかし、国内最強と謳われるソルディーク伯爵家として、君達を解雇するような真似はできないと伯爵閣下は仰られた」

「おお……」

「流石は閣下……」

「それは私も同意見だ。君達という存在が王国の平和を担っているからだ。二十年前の戦争だけの話ではない。最強たるソルディーク家が健在であるから、他国も容易に手を出せないのだ」

 彼らの俺を見る目つきが変わった。

「しかしこのままのソルディーク家では君達を維持できない。巡回を増やそうにも、国内の需要にも限りがあるし、君達に無理を強いて精強さが失われれば本末転倒だ。そして――」

 わずかに間を置く。
 全員の興味が集中したところを見計らって口を開く。

「伯爵家成立から一度も私戦を行っていない、つまり、一度も味方に刃を向けていない事を、伯爵閣下は誇りに思っておられる」

「くっ……!」

 ついには泣き出す者が現れた。
 娯楽が少ない世界の住人って沸点が低いからちょろいよな。

「そのため閣下は私を婿に招き入れる事を決意なされたのだ。大国全土に多大な影響力を持つエルダード伯爵家とは言え、その三男でしかない私を」

 貴族にとって立場とは非常に重要なもので、爵位の差は絶対である。
 そしてそれは、生まれの順にも現れる。

 男子のいない貴族が、長女の婿に三男を迎え入れる。
 それは格下の貴族が格上の貴族に頭を下げて申し込む縁談だ。

 同格の家同士で申し入れる縁談ではあり得ない。

「ソルディーク家の誇りを守るために、国内最強たる君らを守るために、王国を他国の脅威から守るために、閣下は覚悟を決められたのだ! 故に、我々は勝たなくてはならない!!」

 涙を流す人数が増えた。
 泣き崩れる者、祈るように蹲る者も出始める。

「しかし、イリス嬢はこの婚姻に反対の意思を示された」

 一転トーンを落として話を続ける。

「彼女は私を婿に迎えるくらいなら、領地ごと滅ぶ事を選ばれた」

「なんと……」

 イリスもこの領地の窮状を理解している。
 そしてその事を、兵士達も理解していた。

 イリスは巡回を増やす事で悪化に歯止めをかけ、その間に他の領地が復興するのを待つ方策を選んだようだった。
 他の領地への支援が減れば、王室からのソルディーク家への支援が増す、と考えたのだろう。

 ユリアス閣下も言っていたが、兵士にかかる負担を考えなければ悪くない方法ではある。

 民を守るために自分達が率先して犠牲になるべき。
 その精神は素晴らしいとは思うけれど、ちょっと理想論が過ぎるよな。

「自らを犠牲にしてでも領地を、軍を、国を守るというなら、例え心で嫌悪していても笑顔を貼り付けて私を受け入れる筈だ。しかし彼女は私を公衆の面前で罵倒した挙句、勝手に縁談を破棄するためにこの決闘を決めたのだ」

 勿論、決闘を申し込んだのは俺からだけど、受ける事を決めたのはイリスだからね。
 嘘は言ってない。細かく説明してないだけで。

「では、この決闘内容は……」

「絶対に勝てると踏んでの事だろうな」

 『算盤貴族』と揶揄されるエルダード家の、一日中本を読んでいるだけの穀潰し。それが領地の外に流れる俺の評判だ。
 こうして考えると、父上は俺を婿に出す気は無かったんじゃないだろうかと思う。
 エルダード家の後ろ盾が得られるとは言え所詮三男だ。その影響力は薄い。
 そのうえでこんな噂があれば、まともな貴族は婿入りも嫁を出す事も躊躇うだろう。

 本来は格下の家に押し付けるつもりだったのかな?
 他の上級貴族の派閥に入っていない位階が下の貴族だと断れないだろうし。

 さておき、そんな評判のある相手と、軍を指揮して戦おうとするなど、必勝を通り越して大人げなくすらある。
 しかも兵士達の認識では、イリスは上位五十人を率いるのに対し、俺には無能五十人を押し付けた事になっている。
 そうなるように、俺が誘導したんだが。

「まさか、お嬢様が、そんな……」

 これまでに抱いていた、イリスへの尊敬や信頼が崩れていく音が聞こえてくるな。
 すまんイリス。今回の決闘に必ず勝つために、お前には悪役になって貰うぞ。

「ただ、この二日間彼女と接してみて、そして君達の反応を見て、イリス嬢の反応がおかしいように私は思う」

 兵士達がイリスに対して失望する中、俺は神妙な面持ちでそんな事をしゃあしゃあとのたまう。

「何となくではあるが、私がエルダード家の長男だったとしても、武断派の貴族の息子だったとしても、絶対に縁談を受けなかったような印象を受けるのだ」

「あ」

 と声を上げたのはミリナだった。
 男所帯の領地軍に所属していてもそこは女性。
 この手の話に対する嗅覚は鋭いみたいだ。

「何か彼女が、縁談を受けたくない理由が他にあるようなのだ。そしてそれを、イリス嬢も自覚していないようだった」

 一応、イリスへの悪感情が高まり過ぎてしまわないようにフォローを入れておく。

 イリスが騎士位を持っている領地軍の兵士に恋心を抱いているのは公然の秘密だ。
 しかも、それに気付いていないのがイリスであるため、多くの者はその様子を微笑ましく見守っている。

 無自覚の恋心のせいで現実が見えなくなっている。

 そういう評価をイリスに与えておく。

 これなら、恋心を自覚させる事を怠り、その恋を否定するどころか見守って来た兵士達に罪悪感を植え付けられるだろうからね。

「どのみちこの決闘に勝たねばその真意を測る事もできない。イリス嬢とこの領地を救うため、ひいてはこの国を守るため、君達の力を貸して欲しいのだ」

「レオナール様の御心、理解いたしました」

 ミリナが胸に手を当てて、俺を真っすぐに見つめてそう言った。
 うん、純粋な瞳が心に痛いね。

「微力ながら、ソルディーク伯爵家を救うためのお手伝いをさせていただきます」

 宣言と共にミリナが胸の前に指を伸ばした腕を掲げる形で敬礼を行った。
 そして他の四十九人も、それに倣ったのだった。
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