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第一章:剣姫の婿取り
決闘に向けての準備
しおりを挟む「俺たちゃ最強ソルディーク!!」
「「「俺たちゃ最強ソルディーク!!」」」
「どんな手強い相手でも!!」
「「「どんな手強い相手でも!!」」」
「勇敢に戦い負けないぜ!!」
「「「勇敢に戦い負けないぜ!!」」」
兵士達との顔合わせを終えた翌日、早速俺は彼らとの訓練を開始した。
恐らく世界一有名なランニング中に歌う唄を替え歌で歌いながら、一昨日イリスに教えられた道を走る。
俺が先頭を走り、兵士達がその後に続く。更に最後尾から、操る馬車が続く。
馬車は俺の私物で実家から持ち込んだものだ。同じく、実家から持って来た色々な道具や資材を乗せている。
毎日のランニングを続けていたお陰で、体力だけなら俺はソルディーク家の兵士達より上らしかった。
とは言え、碌に舗装されてない道を5キロのランニングは少々どころかかなりキツイ。
まぁそれは兵士達も同じだ。
鎧こそ装備していないけれど、普段やり慣れていない訓練に加えて、道中妙ちきりんな歌まで歌わされちゃな。
だがそこは王国最強を誇るソルディーク伯爵軍。
いかにも運動能力の低そうな俺が歌とランニングを続けているのに、自分達がリタイアする訳にはいかない、とペースと声を落とさずついてくる。
ランニングを始める前に、
「きつかったらいつでも馬車に乗っていいぞ」
と煽っておいたのもプラスに働いているみたいだ。
「よし、小休止」
演習場に到着し、整列したのを確認してから、俺は命じる。
深い息を吐いて、めいめいに休憩する兵士達。
「アリーシャ、ご苦労」
「勿体無いお言葉です」
みんなが休んでいる間に次の訓練の準備をする。
馬車から降ろした木箱には、人数分のスコップが入っていた。
アリーシャは水の入った革袋を兵士達に手渡している。
女性兵士がいるとは言え、どうしたって彼女達は武骨だ。
それに戦闘訓練などを行い、行軍訓練を共にし、野営を一緒にしていれば、女性という事を忘れるだろう。
そこへ、いかにも女性らしい服装を纏った美少女が、微かに花の香を漂わせて現れれば、彼らの心情は推して知るべしだ。
確かに、綺麗さで言えばイリスの方が上だろうけれど、やっぱり女性を感じさせるかどうかは男性にとって重要な要素だ。
その間にも俺は、スコップを使って地面に線を描いていく。
横十メートル、奥行き五メートルほどの長方形を描き終えたところで、アリーシャが近付いて来て、革袋を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取る際に両手を一瞬包まれたようだ。
「他の兵士にもそれを?」
「まさか」
言って微笑むアリーシャは妖艶で魅力的だった。
例え嘘だったとしても、その嘘が心地良い。
「よし、水を飲んだらこの装備を受け取りこちらへ集合だ!」
俺が命じると、渋々ながらも立ち上がる兵士達。
しかし、アリーシャからスコップを受け取る時には表情が崩れていた。
ミリナを始め、数人の女性兵士がそれを見て眉根を寄せる。
「よし、ここに穴を掘れ。大きさは線の通り。深さはこのくらいだ」
そう言って俺は自分の胸の高さを示す。
「この大きさで、その深さ……!?」
それを聞いたミリナの顔が蒼褪める。
「安心しろ、そのためのこの装備だ。私が考案し、エルダード伯爵家で開発、量産された土木作業用の道具だ。スコップという」
スコップの先を地面に突き刺し、足を乗せて更に深く食い込ませながら、土を掬って見せる。
「このように、簡単に穴を掘る事ができる」
「「「おお」」」
疲労で多少素直になっているのか、反応が良い。
「では、開始!」
そして穴掘りが始まった。
スコップは確かに穴を掘るのに適した道具だ。
けれど、この場所は硬く乾いた土の土地であり、穴を掘るのには向かない。
更に言えば、演習場として使われていたせいで、大勢の兵士によって踏み固められてしまっている。
最初のうちは簡単に掘れるからついつい勢い良く掘ってしまいがちだけど、穴が深くなれば腕にかかる負担は大きくなる。
ましてや、穴を掘るという作業は全身運動だ。
疲労の蓄積はランニングの非じゃない。
「待て、一部だけを掘り続けるな! 高さが合わないと余計な労力を使うぞ!」
「階段のように掘って行こう!」
「それぞれの担当区域を決めて、交代しながら掘った方がよくないか?」
暫く無言で掘り続けていた彼らだったが、そこは流石に精鋭部隊。
それぞれに声を掛け合いながら、効率的な掘り方を模索し始めるようになった。
「よし、一旦そこまで! 飯にするぞ!」
俺がそう声をかけると兵達の間から歓声が上がった。
彼らが穴を掘っている間、アリーシャは竈を作り、事前に作ってあったスープを温めていた。
今日の昼食はスープと白パン。
アリーシャから給仕を受ける兵達は嬉しそうだ。
スコップを受け取る時は表情を引き締めていた女性兵士達も、今回ばかりはとりつくろわなくなっている。
疲れてるんだろうね。
「食事を終えた者は暫く休んでいて良い。それから穴掘りを再開するぞ」
気の無い返事が返って来る。
俺も適当なところに腰を下ろして昼食を摂り始めた。
アリーシャがその隣に座り、同じように食べ始める。
そんな様子を兵達がちらちらを盗み見ていた。
彼女が俺の『側付き』である事は知られているから、その関係性もわかっているだろう。
それでも、主人とメイドが同じ席で食事をするというのは、非常に珍しい事なんだ。
アリーシャが兵士の恰好をしていたら別だけど、ロングスカートのエプロンドレスだからな。
俺が食事を終えると兵士達がにわかに緊張し始めた。
その反応が少し面白かったけれど、気にせずごろりと横になる。
暫くは兵士達のいる方向から緊張感が漂って来ていたけれど、いつからか呼吸と話し声に、いびきが混ざるようになっていた。
昼食後の昼寝は午後の活力になるからな。
まぁ、そりゃつまりその分働かせるって事なんだけど。
大体二十分くらい眠ると、アリーシャが起こしてくれた。
「すまん」
「いえ」
体を起こして立ち上がる。兵士達を見ると、数人を残して横になって眠っていた。
その数人も、座って何やら話しているだけで、緊張感は皆無だった。
「起立! 全員起立!!」
俺の号令を受けて、眠っていた兵士達がはねるように起き上がり、慌ててその場で立ち上がる。
「よし、作業再開!」
そして再び彼らに穴掘りを命じる。
その命令を受けた兵士達の動きはばらばらだった。
小走りで穴に向かい、すぐに作業に戻る者もいれば、だらだらと歩いて行く者もいる。
こういう時、個性が出るね。
「よし、そこまで!」
それから二時間ほど穴を掘らせて、終了を宣言する。
見ると、穴の深さは平均して俺の腰くらいまでしかなかった。
うん、まぁ初日はこんなものかな。
「よし、埋めろ!」
「え……?」
「使った場所は片付けていかないとな。埋めろ。土を被せたあとはしっかりと踏み固めるんだぞ」
俺がそう命じると、兵士達の間でアイコンタクトが為されたのが見えた。
一瞬の無言の会話の後、彼らは穴を埋め始める。
しっかりと踏み固めつつ、何度も土を被せてしっかりと埋めていく。
ように見せかけて、手抜きをしているのはわかった。
俺の命令から、明日も同じ訓練をやらされると思ったんだろう。
少しでも楽をするために、土を柔らかいままにしておくつもりなんだ。
いや、それ自体は別にいい。
目的は穴を掘る事じゃないからな。
穴を埋めさせて装備を回収。
朝来た時と同じように歌を歌いながらランニングで屋敷まで戻る。
屋敷の庭で俺が解散を宣言し、この日の訓練は終了となった。
ふぅ、俺も疲れたぜ。
もう日が落ちそうだ。さっさと夕食にして、体を洗ってとっとと休もう。
明日も早いんだからな。
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