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第一章:剣姫の婿取り
一戦目、決着
しおりを挟む三回勝負の一戦目、俺がパーを出し、イリスがグーを出した事で俺が勝利した。
「くっ……!」
と悔しがっているイリスの方を見ながら、俺は大きく息を吐き出す。
続けて、俺は腕を交差させた状態で手を組み、手の平の隙間からイリスを見る。
「う……」
ハッタリだと思っているみたいだけど、実際さっきは俺が勝ったからな。
イリスはわずかにたじろいだ。
「アリーシャさん、まずはレオナール様が先勝しました。あのまじないの効果なのでしょうか?」
「そうとも言えますが違うとも言えます」
「と言いますと?」
「レオ様の頭の中身は根本的に私達と一緒ではありません。ルールを聞いた時、誰もが思ったでしょう、このじゃんけんというゲームは完全に運が重要なゲームだと」
「ええ、私も思いました」
「しかしレオ様は独自の計算式によって、相手が次に出す手を予想する事ができます」
「ええ!?」
それを聞いてざわつく観客席。
イリスも、まさか、という表情で俺を見ている。
勿論、嘘だ。
あの二人にはルールや決闘内容の説明のほかに、場を作る事も指示してある。
場とは空気。空気とは流れだ。
そしてそれは、時に虚構を真実にしてしまう力を持つ。
じゃんけんに必勝法は無い。
それぞれに必勝法だと思っているジンクスのようなものは存在しているかもしれないけれど、少なくとも俺は知らない。
心構えをしていない人間はグーを出しやすい、とか精々その程度の話しか知らない。
当然、そんな程度の備えでじゃんけんを決闘に選ぶ訳がない。
ある意味願い通りに貴族の三男なんていう、ニートに適した生まれ変わりを果たした俺の強運は証明されていると言える。
けれど、それだけを信じて戦うなんてただのバカだ。
俺はイリスに魔法をかけた。
じゃんけんというものを知らない相手だからこそ、通じる魔法だ。
俺はイリスに説明を行う時、グー、チョキ、パーの順番を崩さなかった。
手の紹介をする時も、アリーシャと実際にやって見せる時も、必ずこの順番だった。
ミリナ達にもそれは徹底させている。
手を口に出す時は、できる限り単体ではなくグー、チョキ、パーと一括りにするよう指示を出していた。
そして重要な要素だとして伝えた後出しと先出しのルール。
じゃんけん、ぽん、のリズムをイリスの体に刻ませ、そのうえでタイミングが重要だと思わせる。
ルールがシンプルなので、イリスが練習するとなれば、このタイミングの練習に重点を置かれる事だろう。
そして、練習相手はリーリアを始めとした彼女の侍女だ。
当然だよな。
俺達に頼んで何か策を仕掛けられたらまずいんだから、信頼できる相手を練習相手に選ぶのは当然だ。
そしてその練習相手も、じゃんけんのルールを知ったばかり。
ルールを聞けば運に頼ったゲームだと思うだろう。
そのゲームの練習をするのに、練習相手に勝つ必要は無い。
運に頼ったゲームだが、それを俺が提案してきた以上、確実に勝つ策があると思うだろう。
となれば、後出し先出しを誘発する策だと考える。
それを阻止するために、練習するのはタイミングの練習になるはずだ。
様々な手を即座に出せるようにする練習なんてするはずがない。
子供の頃からじゃんけんに慣れ親しんでいたのなら、出す手のの確率はフラットだったかもしれない。
けれどイリスは一ヶ月前に知ったばかり。
その身にリズムを馴染ませ、タイミングを計る練習ばかりしていたならば。
無意識のうちに出す手は、グー、チョキ、パーの順番になるだろう。
「それでは、レオナール様はこのゲームで必勝という事ですか?」
「そうとは限りません。いかなレオ様とは言え、何の根拠もなく計算する事などできません」
「その根拠とは?」
「相手の思考です」
俺の頭脳を持ち上げるよう指示したのも当然俺だ。
別に自尊心を満たすためにそれをしろと言った訳じゃない。
俺の頭が良いのは一応これまでの人生で多少は示してきた。
俺の実家なら、書を読み解く力はあるが、発想が天才的という訳ではない、という評価で一致するだろう。
けれどここはエルダード家から遠く離れたソルディーク家。
中途半端に俺の噂が流れてきており、そして一ヶ月前の決闘でしか俺の実力を知らない。
そんな状態で、俺の『側付き』とは言え冗談なんて口にしそうにないアリーシャが語っているのだ。
これを疑うのは難しいだろう。
それに、イリスは軍を指揮する立場にある。
俺の無能を信じるよりは、有能だという前提で策を立てる癖がついてる筈だ。
なら、彼女は俺が相手の手を計算で予想できるという事を信じるだろう。
そして信じて対抗するならば。
アリーシャの言葉からヒントを得ている筈だ。
「続けて第二回戦です!」
相手の思考を元に計算して手を予測するのなら。
思考は放棄してしまえばいい。
相手が何も考えていなければ、相手の考えを見抜く事は不可能だ。
そして考えないという事は意識しないという事であるから。
彼女は身に沁みついたリズムとそれに連動した順番で手を出す事になる。
「じゃーんけーん――」
「――ぽん!」
俺の手はグー。そしてイリスの手はチョキだった。
「レオナール様二連勝ーーーーー!!」
興奮したようにミリナが叫び、それに合わせるように観客が歓声を上げる。
そして俺は、再び大きく息を吐き出した。
目を強く瞑り、眉間に皺を寄せながら。
「しかし勝っている筈のレオナール様が苦しそうですね」
「頭だけで計算するというのは想像以上に疲れるそうですからね」
俺の行動に二人が意味を生じさせる。
俺が計算して相手の手を予測しているとイリスに誤解させるためだ。
グー、チョキと順番に出した事からも、これまで俺の作戦は成功している。
とは言え、このまま突き進むのは危険だ。
流石に二連勝して相手がこちらの意図に気付くかもしれない。
そのように考えて、次に相手がパーを出すかどうかを確認するという方法もある。
例えば次に俺がグーを出す。
イリスが俺の作戦に気付いていないならそのままパーを出して勝つだろう。
そして四回戦目は再びグーに戻る。
パーを出した事で俺の作戦に気付いていない事を確認できるし、俺に勝ったことで、思考放棄作戦がやはり俺の計算を狂わせるのだ、と相手に確信させる事ができる。
だから、四回戦でイリスがグーを出す確率は高まる。
反対に、このまま俺がチョキを出したらどうなるだろう。
イリスが俺の作戦に気付いていないなら勝利できる。
けれど気付いていたら?
間違いなく、パー以外を出して来る。
確率としては俺のチョキに勝てるグーが一番高いか。
そして俺は、一勝取り返された状態で、何を出して来るかわからない相手と戦わなくてはならなくなる。
流石にそれは怖い。
ならそれを逆手に取ってパーを出す?
イリスが気付いていたならこれで勝つ確率が高くなるし、気付いていないならパーでアイコ。
一勝を彼女に渡さなくて済む訳だ。
けれど、俺がパーを出した事でイリスの思考にノイズが走り、その段階で俺の作戦に気付かれてしまう可能性もある。
それはそれで面倒だ。
「じゃーんけーん――」
となるとここは……。
「――ぽん!」
グーを出して負けておくのが正解だろう。
「イリス様一勝!!」
「やはり、計算も絶対という訳ではありませんね」
打ち合わせ通りだしな。
「ふふ、あなたの計算を狂わせるなんて簡単なのよ」
「……頭の中で計算しているんだから、間違う場合もあるさ」
俺はいかにも疲れています、とばかりに息を荒くしながら返した。
イリスのその言葉と表情から、俺の作戦に気付いていない事を確信する。
となれば当然。
四回戦は俺がパーを出し、イリスがグーを出して、俺の勝利となる。
こうして一年間の連続決闘、その初戦は、俺の勝利で終わったのだった。
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