俺はニートでいたいのに

いせひこ

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第一章:剣姫の婿取り

婿取り12番勝負:じゃんけん

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「じゃんけん、ぽん」

「じゃんけん、ぽん」

「じゃんけん、ぽん」

 決闘の日が近付きつつある日、イリスは自室でじゃんけんの練習をしていた。
 相手は専属の次女であるリーリア。

「うん、タイミングは問題無いわね。これで、後出しや先出しで負けるなんて間抜けは晒さずに済みそうだわ」

「それはようございました」

 手を覚えるのは簡単だし、ルールもシンプル。
 じゃんけんを行うのにあたって、イリスが心配するのは手を出すタイミングだけだった。

「明らかに運の要素が強いこの勝負。わざわざ一発目に持ってくるという事は、それだけ自信があるという事よね」

「だと思われます」

「けれど、戦略も何も無いわ。本当に純粋な運の勝負。相手の手を直前に見分ける術でもあるかと思ったけれど、そんな事も無かったしね」

 イリスはリーリアとの勝負で、それを何度も試みた。
 じゃん、けん、と手を二度振り、ぽんの直前、振り下ろすタイミングで出す手に応じて指の形を変える。
 しかし、イリスの目をもってしも、これを見抜くのは不可能だった。

 何となく察する事ができないでもないが、それから自分の手を選んでいたのでは、間違いなく後出しになってしまう。

 勿論、レオナールが聞けば、何となく察せられる、という事実に驚愕するか呆れるだろう。
 しかし、じゃんけんの事をよく知らないイリスはそれに気付かなかった。

「となればアイツの狙いは間違いなく、私に後出しか先出しをさせる事。ふふ、意識させようとしたのか知らないけれど、ちょっと喋り過ぎたわね」

 そう言ってほくそ笑むイリス。
 彼女はレオナールの企みを全て看破した気でいた。
 少なくとも、他に確実に勝てる要素は見当たらなかった。

「そして運の要素が強いゲームなら、私は負ける事はないわ」

 それはある意味根拠の無い自信だった。
 しかし、何よりも彼女の信頼する根拠は確かに存在していた。
 その根拠の名前は経験。

 これまで何度、兵達とカードなどのゲームに興じたかはわからない。
 けれど彼女は、その膨大な数の勝負において、殆ど負けた事がなかった。
 運の要素が強まれば強まるほど、それは顕著だった。



 そして決闘の当日。
 場所は一ヶ月前の決闘でも使用した演習場。
 そこに杭を突き立て、縄を巡らし、リングのような場所が拵えられていた。

 わざわざそのような舞台を整えたのはレオナール。
 領地の内外に宣伝し、見物人が多く集まるようにした。

「こんな人数集めなくても、逃げたりなんてしないわよ」

「いや、彼らには別の役割があるのさ」

「なに? 必勝の策?」

「見物料を取っている」

「ええ……」

 ソルディーク領内の人間だけでは、そもそも貧乏なのでここまで人は集まらなかったかもしれない。
 だからこそ、レオナールは馴染みの商人などを使い、領地の外にも声をかけた。

「ちなみに、どちらが勝つか、という大きな賭けの胴元はソルディーク伯爵家だ」

「父上は何をやっているのよ!?」

「持ち掛けたのは俺だよ。賭けの場を提供するだけの胴元なら、損する事はないからな」

 胴元が損をする時というのは、胴元が親となり直接子と賭け合う場合のみだ。
 あるいは、客の的中率が良過ぎて、場の維持費が利益を上回ってしまった場合だろう。

 ただし、どちらが勝つか、という単純な賭けでは後者は起こりにくい。
 そこまでいってしまうと、賭け自体が不成立となるからだ。

 当然、人件費などは見物料だけで元が取れるように計算されていた。

「神聖な決闘を見世物みたいに……」

「稼げる金は少しでも稼がないと。ソルディーク家がどれだけ切羽詰まってるかわかってるのか?」

「巡回を増やせば問題無い。王室だって、国内最強たるソルディーク家が滅亡するのは避けたいはずだわ」

「それだと王室の都合の良いように戦わされてしまうだろ?」

「貴族の軍は王国の刃よ。王室の命令に従う事は当然でしょ」

 噛み合わない。レオナールはそう思った。
 高潔である事は間違いない。滅私奉公の心も素晴らしい。

 王室だって、このままずっと戦争が起こらないなんて、そんな都合の良い事は考えていない。
 仮にそのような事態が続いたとしても、それは王国の軍事力を恐れての事だと理解するだろう。

 軍事力を、防衛戦力を持たない国など、他国から見れば、番犬のいない羊の群れだ。

「国の剣であるために、独立性を維持しないといけないんだと、俺は思うよ」

 ソルディーク家という刃が、いつでも外に向けられているとは限らない。
 王室の都合の良いように使われるという事は、内側に向けられる可能性もあるのだ。

 そのような事態に陥らないようにするためにも、ソルディーク家は王室にとって諸刃の剣でなければならない。
 そしてそうなるには、自分達の力だけで軍を維持し、領民を支えていかなければならないのだ。

「さて、皆さんお待たせいたしました! これより、レオナール・エルダードと、イリス・ソルディークによる一年連続決闘勝負、その一番目を始めたいと思います!」

 リングの外に幾つか設けられた特別席。いずれも地面より高い位置に設置されており、決闘の様子がよく見えるようになっている。
 そのうちの一つに座ったミリナが、鹿の革で作った簡易的な拡声器を片手に叫んだ。

 観客から歓声が湧き起こる。

「あの子は何をしているのよ」

「次の決闘でも多くの観客を呼びたいからな。盛り上げさせるために命じた」

「……一応まだ私の部下なんだからね?」

「わかってるよ」

「決闘内容はじゃんけん! これはレオナール様が考案したルールに則って行う勝負であり、エルダード伯爵領では、貨幣投げの代わりに使われる事も多いのだとか!」

「はい。領民は基本的に全員がじゃんけんのルールを把握しておりますし、よく交易に来る商人にも伝わっております」

「ご紹介が遅れました。今回の決闘、司会は私、ソルディーク領地軍所属のミリナ。解説をレオナール様の侍女、アリーシャさんにお願いいたします!」

「どうぞよろしく」

「あれ、あなたの『側付き』でしょ?」

「他に解説できそうな人材がいなくてな」

「解説? ルール説明くらいしかいらないんじゃないの?」

「まぁ、聞いてればわかるさ」

 言って、にやりと笑うレオナール。
 二人が話している間にも説明は続く。

「じゃんけんのルールは簡単。じゃんけん、ぽん、の掛け声と同時にお互い、決められた三つの手のうちから一つを選んで出します! その結果によって勝敗が決まる訳です! その三つの手とは、グー、チョキ、パー。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝ちます! 手が同じなら引き分け。アイコとなってもう一回勝負です!」

 ミリナの隣でアリーシャが、観客に見えるようにグー、チョキ、パーと手の形を変えていく。

「今回は三回勝負。先に三勝した方の勝ちとなります!」

 実際には、三回勝負して勝ち越せば勝利、というのが三回勝負の本当の意味なのだが、説明が面倒臭かったレオナールがそのように伝えた。

「手を出すタイミングはぽんの掛け声の時。遅くても早くてもいけません。遅い場合は後出し、早い場合は先出しとなって反則負けとなります!」

 その説明をしている途中、イリスがにやり、と笑って意味ありげにレオナールを見た。
 気付いたが、意図がわからない、という風にレオナールは首を傾げる。

「それでは決闘を始めて参ります! 両者位置についてください!」

 そして二人はリングの中央へ移動し、少し間を空けて向かい合う。

 イリスは、レオナールが説明の時にしていたように、拳を握って顔の横に掲げる構え。
 対して、レオナールは奇妙な構えを見せた。
 両腕を交差させてから手を組み、それを顔の前に掲げたのだ。
 組んだ手の隙間から、イリスを覗き見ているような格好だ。

「……それはなに?」

「未来予測だ。君の最初の手を確認している」

「そんなハッタリが……!」

「それではまいりましょう!」

 レオナールが手をほどき、握った拳を顔の横に掲げたところで、ミリナが宣言した。

「じゃーんけーん――」

「――ぽん!」

 イリスが出した手はグー。
 それに対しレオナールが出した手は――。
 
 ――パーだった。
 
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