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第一章:剣姫の婿取り
アリーシャとレオナール
しおりを挟む「おはようございます、レオ様」
「……おはよう、アリーシャ」
正式にイリスと婚約して一週間が経った頃の朝。
俺はアリーシャに起こされて目を覚ました。
正確には、意識が覚醒を始めた頃に近くに気配を感じて目を覚ましたら、そこにアリーシャがいた、という感じだけど。
ていうか顔が近い。
「どうした?」
「レオ様の寝顔を拝見させていただいておりました」
「この距離で?」
「気分になったらいつでも口を吸えるようにと思いまして」
……こんなデレたアリーシャは久し振りに見るな。
いつも通りの済ました表情。
眉の一つも動いていないけれど、心なしか頬が上気している気がする。
いつもより息も荒いような……。
「体調は?」
「万全です」
念のため、顔を上げて額と額をひっつける。
そのまま頭を抱きかかえられ、唇を奪われた。
うん、今のは紛れもなく、奪われた。
いや、まぁいいんだけどね。
『側付き』のメイドってそういう役目もあるし。
主が結婚したら側室となり、その後、側室のまとめ役になるのが通例だ。
それとは別に、主に閨の手解きをするのも『側付き』の役目だ。
多くの『側付き』は知識を得ているだけで、処女である場合が多い。
これはこの国にとって、経産婦以外は処女であるという事がステータスになっているからだ。
これは、年齢が進んで、年増、嫁き遅れ、と言われるような年齢になっても変わらない。
まぁ、貴族だけの文化で、平民はあんまり気にしないみたいだけどな。
貴族にしろ平民にしろ、重視されているのは貞操観念なんだ。
ようは一度心を許した相手と一生添い遂げる事が美徳とされている訳だ。
貴族としてはある意味当然の話。
処女であるという事は、誰の子も宿していないという事なんだから。
血統を何より大事にする貴族にとって、これは非常に重要な要素だ。
ただ、父親が誰かわからない子供であっても、妻が咎められないし、継承権を残す場合もある。
強姦などの女性に非が無い場合だ。
結局は、父親が誰かわからない子を宿した女性を貴族が敬遠するのは、その子の父親、あるいはその一族に家を乗っ取られないようにするためだ。
例え貴族によるものだったとしても、強姦などが原因では、相手も名乗り出る事はできないからね。
さておき、多くの場合貴族の正室となる女性は処女である場合が多い。
『側付き』で女性を知るなら、『側付き』も処女である方がその後の都合が良い、という考え方だ。
練習のためだけに処女を相手にする訳にはいかないし、その数だけ『側付き』や側室を増やす訳にもいかないからね。
そういう訳で、俺も貴族の例に漏れず、『側付き』であるアリーシャとそういう関係だ。
というか、女性経験はアリーシャ以外無い。
だからまぁ、アリーシャとキスをする事に抵抗は無い。
無いけど、TPOってもんがあるじゃん?
気分になったらキスできるように顔を近付けていたってアリーシャは言ったけど、それなら俺にもそういう気分とそうじゃない気分ってのがあるわけで。
起き抜けは流石にそういう気分じゃねぇよ。
下半身が反応してるのは朝の生理現象だからな。
「…………」
「…………口を開けて下さい」
「本格的に続けようとすんな」
そのまま唇を貪られていると、アリーシャが口を離し、不満そうに言った。
その隙に彼女のホールドから頭を抜き、魔の手から逃れる。
「熱は無いみたいだな」
「体調は万全だと言いました」
「まだ体調不良で頭が茹っててくれた方がよかったよ」
単純に言えば、アリーシャは発情していた。
まぁ、無理もない。
実家にいた頃は三日と空けずに肌を重ねていた俺達だ。
それがソルディーク家に来てからは一度もしていない。
今のところは他人の家、という遠慮がある。
何よりイリスにそういう事を知られたくないというのがあった。
彼女が俺の『側付き』という事で、関係は察せられているだろう。
それでも、決定的な場面を目撃するのとしないのとでは大きく意味合いが違う。
まだまだイリスの心が俺に無いどころか、別の人間のところにある段階で、そんな関係を匂わせる訳にはいかない。
せめてもうちょっとこっちに傾けて、アリーシャとの関係に対し、敬遠じゃなくて嫉妬を覚えてくれるようになってからじゃないと。
その辺りはアリーシャにも言い含めてあったので、この一ヶ月と少しは我慢してくれていたみたいだけど。
とうとう限界に達したって訳か。
寝ている間に勝手に処理できる男とは違うもんなぁ。
「自分でするとどのくらい発散できるの?」
我ながら最低な質問だと思う。
「翌日一日保てば良いほうです」
これが一般的な女性の性欲なのか、アリーシャが人一倍強いのかは、俺には判断できない。
前世でも、流石に女性にそんな事聞けなかったからな。
「毎日するというのも酷か……」
「はい。徐々に必要な回数が増えてきていますから」
さらっとそういう事を言うんじゃないよ。
「わかった。今夜な」
「今この時間、多くの者はレオ様がランニングをしていらっしゃると思っております。イリス様は朝食を摂っておられました。レオ様の身の回りの世話は全て私がするよう侍女達には伝えてあります。護衛の方々とはそれほどの信頼関係を築けていません」
「…………」
何となく、アリーシャの言いたい事は理解した。
最後にさらっとヘコむ事実を伝えられたような気がするけれど、とりあえずスルーしよう。
いつの間にかアリーシャはベッドに乗り、俺の上で四つん這いになっていた。
どう見ても、押し倒されたあとの男女だ。上と下の性別が逆だけど。
息が徐々に荒くなってくる。顔の中の赤い面積が徐々に広がる。瞳が潤んでいる。
待て、を指示された犬のように、行動にこそ出ないが、色んな部分から欲望が駄々洩れになっている。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「………………………………よしこい」
許可が出た瞬間、アリーシャは俺にのしかかってきた。
そのまま体中をまさぐられ、まさぐるように要求され。
そして俺は、アリーシャに食われた。
二回戦目以降は反撃できたので、まぁ良しとする。
「エルダード家から荷馬車が到着しました」
朝食を摂り損ね、遅めの昼食を摂り終え、軽い倦怠感を覚えていた頃、アリーシャがそう報告してきた。
「ああ、今日来ちゃったのか……」
本来ならできるだけ早い到着を望んでいたので喜ぶべきなんだけど、今はちょっと間が悪い。
精も根も尽き果てた、と言っても過言じゃない状態だからな。
荷馬車の中身が俺の予想通りなら、今日はこれから更に肉体を酷使する事になる。
とは言え、来てしまったものは仕方ない。
来たなら来たで、一日でも早く作業をしてしまいたいからな。
荷馬車に積まれていたのは俺の予想通りのものだった。
大麦とライ麦、ソバの種。
麦畑用の肥料。
そしてジャガイモの種イモだ。
ジャガイモは本来春に植えるものだけど、ソルディーク伯爵領の季候ならむしろこれからの季節の方が丁度良いかもしれない。
麻袋の中身を見ると、既に種イモの下準備がされているらしく、縦に二つに割られ、切り口に草木灰がつけられていた。
ジャガイモは三ヶ月程度で収穫できるようになるからな。
まずはこれでソルディーク伯爵家関係者の心を掴もう。
「護衛の兵を招集しろ。これから農場へ向かうぞ」
俺の命令を受け、アリーシャが兵舎へと向かう。
その足取りが軽いような気がするのは、きっとジャガイモが好きだからだろう。
今朝の事が関係しているとは、ちょっと思いたくない。
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