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第一章:剣姫の婿取り
現状確認
しおりを挟む護衛の兵を伴って、俺はソルディーク伯爵領内のある農地に来ていた。
わかっていた事だけれど、これはひどい……。
農地はそれなりの数があるようで、屋敷からここに来るまでも幾つもの畑を見た。
けれど、もうすぐ夏になろうという時に畑には麦が植わっていた。
ソルディーク伯爵家は、王国内でも寒い地域だ。
とは言え、どちらかと言うと、南部が暖かい地域というだけで、小麦の生育に悪影響が出るほどの寒さじゃない。
この世界には春小麦が無いようで、基本的には秋に蒔いて初夏に収穫する。
確かにそういう意味だと、収穫時期には若干遅い程度かもしれない。
けれど、育ち具合がエルダード伯爵領の俺が手を加える前と比べても、明らかに悪い。
育ちが悪いのは土や気候が影響しているだろう。
けれど、畑の中にまばらに生えているのはどういう事だろうか。
簡単な話だよな。
人手が足りなくてまともに世話ができてないんだ。
害獣に荒らされてそのまま、なんて畑も珍しくないくらいだ。
王国は二十年前まで戦をしていた。
その中で中心となったのがソルディーク伯爵家だ。
王国最強と謳われ、諸外国に恐れられた存在だが、決して無傷とはいかない。
ましてや、なまじ頼りになるので領地の防衛だけでなく、他国への逆侵攻などにもソルディーク軍は使われた。
徴兵に次ぐ徴兵で、華々しい戦果とは逆に、領地はどんどん貧しくなっていったんだ。
人口ピラミッドを見れば、歪なひょうたんのようになっているに違いない。
まともな戸籍なんかないから、作りようがないけどね。
資料である程度数字は把握していたけれど、実態を見るとそのひどさが実感できた。
「これは、一年の期限は長すぎたかなぁ……」
「そ、それほど我が領は厳しいのですか!?」
馬車から降りた俺の呟きに反応したのは、俺の護衛に選ばれたミリナだった。
一応は婚約者である俺に、女性の兵士をつけるのは、イリスが俺を信頼しているからなのか。それともそこまで考えが回らなかったからなのか。
俺が彼女に手を出せば、自分も意中の兵と恋仲になれると思って?
いや、そういう企みのできる性格じゃないのは、この短い間でもわかっている。
「ああ、今すぐ手をつけないとマズイかもしれんな。正直、土壌改良法を試して上手くいけばなんとかなるだろう程度の認識だった」
正直、軍事力に全振りした領地というものを甘く見ていた。
考えてみれば当然だよな。
軍事力にリソースを割いた時に持っていかれるのは金だけじゃない。
人手、それも農作業に最も大事な、若い男性が減るんだ。
いっそ本気で領地を返納して、他の領地から支援を募り、王国の国境防衛を一手に担う巨大兵団を組織した方が良いように思えて来た。
普通の貴族なら、他の貴族の軍を自分の領地に置きたいとは思わないけれど、ソルディーク家の信頼があれば問題無いだろうしなぁ。
まぁ、上手くいかない可能性のあるバクチである事に変わりはない。
最終的にそのようになったとしても、現時点では堅実にいこう。
土は硬めで乾燥もしてるな。
糞尿をそのまま撒かないだけの知識はあるみたいだけど、それ以上に手入れが殆ど行われてない。
まともな領地なら、それこそ土にちょっと手を加えるだけで収穫量が段違いになるんだけど、ここだと根本から変えないといけないよな。
「実家から大麦、いやいっそライ麦を取り寄せるか? ジャガイモを持ち込む事も考えないといけないな……」
「あれは何をしているのですか?」
「土と気候に合った作物を考えておられるのでしょう」
背後からミリナとアリーシャの声が聞こえる。
「え? 小麦を植えるのでは?」
「麦にも種類がありますから。恐らく、乾燥や寒さに強い種類を考えておられるのでしょう」
「なるほど……」
「考えていてもはじまらない。今はやれる事をやろう。まずは畑作りからだ。全員、鍬を持て!」
俺が立ち上がりそう叫ぶと、護衛の兵らは驚いたような表情を浮かべた。
「畑作りって、もうそこにあるじゃないですか……」
ミリナが俺の立っている畑を指差す。
ここは戦で一家が全滅してしまい、そのまま放置されていた農地だ。
農業改革の実験に良い土地はないかとユリアス閣下に尋ねたところ、ここを自由に使って良いと教えられた。
ちなみに、同じような農地を他にも幾つか貰っている。
仮にも農地を遊ばせておくとか勿体無いにも程がある。
手が足りないなら、他の領地の農園主に貸し出すとか、いっそ売ってしまうとか……。
無理か。
こんな痩せて荒れた土地、欲しがる奴はいないし。
そして貴族にとっては、どれだけ荒廃した土地であっても、そこは大事な自分の領地なんだ。
そう簡単に手放さないわな。
「こんなただ土を掘り返した程度の畑じゃまともな作物は育たん! しっかりと耕すところから始めないとな!」
なに心配するな。
領地に残された時間は少ないけれど、種蒔きまでの時間はたっぷりあるから。
「わ、我々はレオナール様の護衛であり、農夫では……」
「じゃあ俺が畑を耕す。アリーシャ、ミリナ、ケイン、ギリーは手伝え!」
俺が名指しした三人の兵は、この間の決闘で俺に率いられていた五十人の中にいた三人だ。
俺には何を言っても無駄だとわかっているらしく、素直に鍬を手に取る。
「わ、わかりました。我々が耕しますから、レオナール様とアリーシャ様は、せめて馬車の中でお待ちください」
「見えないと指示が出せないだろ? 馬車の陰にいるようにはするよ」
「ではそのように……」
疲れた様子で溜息を吐くのは、この間の決闘でイリスに率いられていたやつだ。
顔を見た覚えがある。
俺は馬車の陰に座り込み、その隣にアリーシャが佇む。
その馬車の周りを三人の兵士が囲み、残りの六人が畑を耕し始めた。
「いっそ肥料も取り寄せるか。時期的にソバもいいかもなぁ。確か実家に種がまだ残ってたろ」
「でしたら早いうちに便りを出しませんと、夏になったら植えられてしまいますよ」
「せめて産業作物でも生産していてくれたら、それを使って商売を考える事もできたんだけどな」
「根本的に人手が足りていませんので、難しいかと」
「決闘よりも、よっぽど考えないといけないな」
「そうですね」
婚約を維持してイリスと結婚しても、領地が滅べば意味が無い。
滅亡までいかなくても、領地の経営に忙殺されても、やはり意味が無い。
俺が目指しているのは寝ているだけでお金が入って来る生活。
夢の不労所得生活なんだからな。
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