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第一章:剣姫の婿取り
剣姫のご機嫌窺い(文字通り)
しおりを挟む「ほら、起きなさい!」
朝、俺は柔らかな朝日と騒がしい声に目を覚ます。
「んん、あと五分……」
もとい、意識が夢の世界から帰ってきただけだった。
自分の体を自分のものとして動かしている感覚が無い。
隣にあるはずの温もりを求めるように手が動き、無意識のうちに声から逃れるように寝返りをうつ。
「ごふん、って何?」
「わかりません。時折レオ様が口になされる謎の単位です。おそらく、もう少し寝かせて欲しい、くらいの意味かと」
「だったら容赦しないわ!」
俺の体から布団が剥ぎ取られていくのを感じた。
即座に、それを掴む。
「こいつ、本当に寝てるの!?」
「無意識に抱き着いて布団に引きずり込んでくることもありますので、お気をつけて」
「あー、もう! 毎朝毎朝、迷惑かけるんじゃないわよ!」
そうして浮遊感を感じたと思ったら、そのままベッドから落下し、今度こそ目を覚ましたのだった。
「なんでこの世界の人間は、時計も無いのに毎日時間が正確なんだ」
「訳のわからない事を言ってないで、さっさと食べなさい」
イリスに叩き起こされたあと、ランニングを終えて俺は朝食を摂っていた。
俺が身支度を整えている間に、イリスは朝食を終えたらしい。
二回目の決闘を終えてから、イリスと朝食の時間が被る時もあったけれど、彼女は頑なに俺と朝食の席を一緒にしようとはしなかった。
昼食は普通に一緒に摂る時もあるから、嫌われているというよりは、意地になってる感じだな。
次の決闘で俺に負けない限り、朝食を一緒にする気は無いんだろうな。
まぁ、そういう要求でもしないと、運任せのニアミスに頼る事になるから、必要な要求ではあったんだけどさ。
「今日は午前中、何をするの?」
「この間やった道化探しから始めようか」
「……遊びの予定しかないの?」
「次の決闘のための布石だよ」
事実だ。
害虫駆除は心理の読み合い。
相手が嘘を言っているかどうかを見抜く必要がある。
イリスが顔に出やすいとは言っても、それはババ抜きという単純なゲームだからかもしれない。
色んなゲームを一緒にやって、イリスの表情と行動の関係性を探るつもりだった。
これは、害虫駆除以外でも役に立つはずだからね。
「もう勝った気でいるの?」
イリスは何やら勘違いをしている。
問題無いので訂正しない。
彼女には害虫駆除を、自分の手札と場の状況、差し出されたカードの情報から、周囲の手札を計算して予測するゲームだと伝えてある。
勿論、練習していればそうではない事に気付くだろう。
練習用にデックを1セット渡してあるので、俺がいない時にも練習は可能な筈だ。
けれど、気付かれたら気付かれたで問題無い。
じゃんけんでの嘘がバレてないから、俺は計算でそういう事ができる、と未だに思われてるからね。
計算して答えを導き出してると思われてれば、表情や仕草への意識が無頓着になるだろうし。
「戦いとは、常に二手三手先を考えて行うものだよ」
「目先の勝負を蔑ろにして、二手目が無駄にならなければいいわね」
通じないとは思いながらも、若干芝居がかった口調で言ったら、そんな返しをされた。
暫く無言で見つめ合い、お互いにやりと笑った。
朝食を摂ったあとは俺の部屋でババ抜き開始。
最初は俺とイリスとアリーシャとリーリアの四人だけだったが、何戦かした後にレフェルを伴ったアウローラが参戦。
すっかり定番の流れになったな。
何気にアウローラって昼まで寝てる時もあるし、俺以上にニートしてるんだよな。
まぁ、実家にいた頃は俺もこんな感じだったし、そんなもんか。
貴族の兄弟総ニート説。
言ってみれば自営業、それも時間の制約は文筆業やアーティスト的なものに近いからね。
しかしイリスの表情は本当にわかりやすいな。
アウローラはいつも柔和な笑みを浮かべていてわかりにくいって言うのに。
アウローラの笑顔は、領地内じゃ花の咲いたような笑顔、と評されているんだけど、もう俺には暗黒微笑にしか見えないよ。
細められた目の奥から、こっちの胸の内を覗き込んでいるように見えて怖い。
ババ抜きのあとはジジ抜きもやってみる。
更に、こっちの世界に既にあったポーカー擬きでも遊んでみた。
ルールがシンプルで役も少なくなっているけど、基本はポーカーだ。
これをやってみて、表情だけでなく、性格もイリスはわかいやすいんだと実感した。
「ベットよ」
例えばイリスがベットを宣言した際、俺の目を真っすぐに見て来るようならそれは勝負手だ。
ただし、
「ベット」
「ベット」
「ベット」
「ベット」
「ベット」
「…………」
全員で即座に応じてやると不安そうな表情で黙り込む。
これでそれなりに強いが絶対ではない事がわかる。
まぁフラッシュかストレートあたりだろう。
ここでもう一度載せて来るようならフォーカード以上。
ただし、もう一回全員で乗ってやると降りる可能性の方が高い。
慎重なのは指揮官向きかとも思うけれど、しかしそれは自分がベットを宣言した場合の話。
「ベットだ」
例えば俺からベットを宣言してみる。
「随分良い手なのかしら?」
なんて探りを入れて来るけれど、イリスが相手の表情などから思考や心理を読めない事はこの場の人間なら全員わかっている。
ミリナに聞くと、戦いの時なんかは自分の手の内全てバレているかのような錯覚に陥る、とか言ってたけどな。
多分、必要なセンサーが違うんだろうな。
「そう思うんなら素直に降りたらどうだ?」
「ふん、後悔しない事ね。ベット!」
こんな風にちょっと煽ってやると簡単に乗って来る。
とは言え、半日遊んで、イリスの成績は圧倒的だった。
ババ抜きは全敗だったけど、ジジ抜きは無敗。一位率も八割以上。ポーカーに至っては二位のアウローラにダブルスコアの大勝である。
まぁ、引きがやたらと強いせいなんだけどね。
ババ抜きの初手の少なさはこの間説明した通り。
こっちも何がジョーカーなのかわからないジジ抜きでは表情関係ないからその引きの強さを存分に発揮していた。
ポーカーでも初手でツーペア以上の手はほぼ確定で入っている。
ロイヤルストレートフラッシュを三連続で出された時はマジで目が点になったからね。
ただまぁ、害虫駆除は引きの強さ関係無いからね。
この半日で随分と情報を集めさせて貰った。
あとは、数日ごとに同じように遊んで、情報を更新していけばいい。
となるとやっぱり問題はアウローラだな。
表情が読みにくいし、感情も思考もわかりにくい。
そのうえで、今回は上手く実力を隠されていたように思う。
多分俺の狙いに気付いていたんだろうな。
ババ抜き、ジジ抜きでは特に小細工せず、ポーカーでも手の強さでラインを引き、これ以上なら攻める、未満なら降りる、という動きを徹底していた。
次の決闘は特殊な四人勝負だけど、実質2対2のチーム戦だ。
害虫駆除は本来一人負けのゲームだけど、特別ルールで誰か一人の勝者が決まるまで続けることになってる。
イリスは、俺とアリーシャで集中攻撃すれば簡単に沈むだろう。
だから問題はアウローラだ。
一人で俺達相手に無双するだけの実力があるのか。
それとも、イリスをフォローしつつ戦えるほどの実力があるのか。
ただ、次の決闘までにそれを探ったとして、対策できるかどうかの問題があるからなぁ。
さて、どうするか……。
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