列車居酒屋異聞 〜旅が好き〜

夢彩姐

文字の大きさ
17 / 30
3.山本 皐月 故郷は遠きにありて

3.山本 皐月 故郷は遠きにありて④

しおりを挟む
 雨はまだ降ってるかしら……。

 窓の外に目を向ければライトアップされた海の絵がぼんやり浮かんでいる。
 雨脚は弱まりつつあるようだが止む気配はない。

 う~ん…そろそろ降りる時間なのよね……。

 乗車券は次のサザンクロス駅までだ。
 ポツポツ他の乗客も乗ってくる頃合いだと思うし何より食後に飲ませなきゃならない薬を持ってきてない。
 夫だって帰ってくる時間だし……。
 何だか焦る。

 お腹もいっぱいになった事だし延長せずに帰らなきゃ。
 傘…買ったほうが良いかな?

 隣の席では父が『裏山で猫が集会をしていた話』をまだしている。
 私はニコニコと笑いながら聞いてはいるが帰りの心配しかしていなかった。

 高齢の父には食事毎に飲む薬がある。
 食事が済んだ後、あまり時間を置かずに飲まさなければいけないのでは?

 あ、夫の分の食事どうしよ?

 父は『裏山で猫が集会をしていた話』を話し終えて満足そうに水を飲んでいた。
 グラスのデザインのせいか冷酒に見えてしまう。

 水だよね?

 父の食事内容は自分で仕切っているのに何を心配してるのやら……。
 自分の考えに思わず苦笑が浮かぶ。

 夫の分の食事……
 何かテイクアウトできないかな?

 メニューを確認するとお弁当のテイクアウトが可能という案内が書かれていた。
 私は胸を撫で下ろし、お弁当を買って帰る事を決意する。

「お父さん。そろそろ駅に着くから御不浄行って降りましょう」
と、私が促すと
「おお、もう着くのか?」
と、言いながら父は立ち上がった。

 私は父の動きの邪魔にならないようにトレイを空席へ避難させる。
 そして御不浄(トイレ)まで誘導した。

 幸い、父に排泄介助までは必要ない。
 行くタイミングさえ間違わなければ大丈夫だ。
 今日はかなり水分を取っているから帰ったらもう1回行くように言わないと……
 無事、トイレを済ませた父を席まで誘導してから自分もトイレを済ませる。

『まもなく【サザンクロス駅】に到着致します。お降りの方は……』

 降車アナウンスが流れてきた。
 私達はトレイを持って列車を降りる。
 そして食器の回収ワゴンにトレイを返却した。

 プラットフォームに設置してあるベンチに父を座らせて私は売店でテイクアウトのお弁当を買う。

 傘も売ってたけど、車まで行けば有る傘を買うのはなんだかもったいないな……。
 幸い今の雨脚はかなり弱い。
 これなら少し濡れるかもしれないけど私だけなら車まで行ってここまで帰ってこれる。

「すみません」
 私は店員さんに声をかけた。
「はい?」
「車をこの店の前まで移動させてから父を乗せたいのですが、このままこのベンチで父を座らせておいても大丈夫ですか?」

「あ~…外、雨ですからね」
 店員さんは少し考えるように宙に視線を向け…
「ここより待合室をご利用になってはいかがでしょう? 出口にも近くなりますし…」
と、勧めてくれた。

 ありがたい。

 私は店員さんの言葉に甘えてプラットフォームから出ると最初に入った待合室に父を座らせる。

「お父さん、車を取ってくるからここで待っててね。このお弁当、持って帰るから見張ってて」

 別にお弁当を見張る必要は無いだろうけど父をこの場所から動かないようにさせる為の方便だ。

「大丈夫ですよ。お戻りになるまで私もこちらの方と一緒にいますね」
 そう、店員さんが請け負ってくれた。
 本当にありがたい。

「申し訳ありません。急いでに戻りますので……」
 私は何度も頭を下げて部屋を後にした。

 店を出ると雨はほとんど降ってなかった。
 傘もささずに歩いている人もいるぐらいだ。
 それでも私は気が急いて早足で駅前の駐車場へと向かう。

 また強く降り出したら大変だし……。

 駐車場の手前で向こうからやってくる夫に気がついた。

「パパ!」
 私達夫婦は子供が産まれて以来パパ・ママ呼びだ。
「あれ? ママ? どうしたのこんなところで?」
 私は手短に夫に事情を説明する。

「うわぁ…。今日も大変だったねぇ…。お疲れ様」
 夫の労う言葉に少しばかり安心感を感じながら
「車で来たから一緒に帰りましょ。雨も心配だし…」
と、誘った。
 もちろん夫に否やは当然無い。

 店のかなり近くの道端に車を止め、父を迎えに店へと入る。
 待合室へ行くと父は店員さんを相手に取り留めのない話をしていた。

「お父さん。戻りましょう」
 話の切れ目を待って父に声をかける。
「あぁ、迎えに来てくれたのか…。ありがとう」
 父はゆっくり立ち上がった。

「お世話になりました」

 私は店員さんに頭を下げて部屋を後にする。
 そして、父を連れて車に戻った。

 車の中から夫は父に手を振っている。
「あぁ、兄ちゃんも迎えにきてくれたのか? 忙しいのに悪いねぇ……」
 どうやら父には夫が自分の兄に見えるようだ。

「それじゃ行きますよ」
父と夫を後部座席に座らせ、私は車を発進させる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...