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罠に嵌めたのは
しおりを挟む初めてやって来たボスマン公爵家。
良い意味で時代を感じさせる素敵な御屋敷に、カイはこんなところで生まれ育ったのかと感慨深い気持ちになった。
「ごめんねアーシェ、わざわざ家まで来てもらっちゃって。姉さん、あの日は幸せそうな顔で帰ってきたと思ったら日が経つに連れて罪悪感が募ってきたみたいで…」
「謝らないで?グレイスさんも同性の方が話しやすいこともあると思うし。アフターケアは任せて!」
元気よくそう言う私を、カイはいつもの優しい瞳で見つめていた。
「ありがとうアーシェ。だけど姉さんのことが終わったら僕にもしっかり構って欲しいな」
「それもばっちり任せて!私の本分はそれだからね?」
どこまでも自分達本位な私とカイ。
今回ボスマン公爵家に足を運んだのも、グレイスさんを思ってのことというより、自分達の計画のためというのが大きかった。
自分の姉まで利用してしまうカイと、婚約者を簡単に切り捨てる私。
決して正しいとは言えない道を私達は選んだんだ。
誰かを巻き込む最悪な形で。
「じゃあ、カイはここで待っててね?」
グレイスさんの部屋の前に来ると、なんとなく扉の中から陰鬱な空気を感じた。
センシティブな内容になるだろうから、カイにはここで待っていてもらった方が良いだろう。
「うん、ごめんね。よろしくお願いします」
申し訳なさそうな顔でそう言うと、カイは私をぎゅっと抱きしめ、額にそっとキスを落とした。
パワー満タンだ。
コンコン、
「グレイスさん、入っても大丈夫ですか?」
「……」
返事は無かったが、確かに人の気配を感じる。
拒絶の言葉が聞こえないのは、入っても良いということだろう。
都合の良い解釈は得意だ。
「入りますね」
「え、ちょっ…!」
焦ったような声は無視して部屋の中に入る。
扉を閉めると二人っきりだ。
「グレイスさん、泣いてるんですか?」
目を真っ赤に腫らした彼女は、頬にしっかり涙のあとを残している。
次から次に零れる雫が痛々しい。
「どうしてあなたが泣くんです?」
「っ、私、最低だもの…」
自分を最低だと罵る彼女。
私だって自分のやったことは最低だと自負しているが、それ以上に幸せいっぱいだからこの先今回のことで泣くことなんて絶対にないと胸を張って言える。
「グレイスさん、最低なのはこの計画を持ちかけた私達ですわ」
「それでもっ、この計画に、自分から乗っかったのは…私だわっ」
「目の前に人参をぶら下げられたら馬は勢いよく走り出すに決まってます。あんまり気にしない方がよろしいのでは?」
自分を馬に例えられたからか、少しだけムッとした表情に以前のグレイスさんの面影を感じてホッと息をついた。
「媚薬を使ったから何なのです?自分から手を出したのは殿下でしょう?」
「媚薬なんて使われた状態で女性と過ごせば誰だってそういう行為に走ってしまいますわ…」
「それは据え膳を食らってしまった殿下が悪いのですよ。そもそも殿下の普段の行いが良ければ媚薬を盛られて罠に嵌められた被害者で十分通用したはずですわ」
それができなかったのは、普段から信頼を失うような行為に明け暮れた殿下の責任だ。
「それに、本当にまずいと思っていたのなら、自力で媚薬の効果を打ち消すくらいの些細な治癒魔法をあの殿下が使わないわけありません。グレイスさんに渡した耐魔のブレスレットは付けた本人にしか効きませんから」
彼が据え膳をしっかり平らげる性格で心底安心した。
「…でもっ」
「殿下は日頃から扱いにくい私に不満をもらしていましたわ。グレイスさんが婚約者になった方が殿下にとっても都合が良かったのだと思います」
お茶をしている時も、私には面白みがないなどと常々ぼやいていた。
それが嫌だったのかどうかと言われたらよくわからないしどうでもいいけど。
グレイスさんの気持ちを晴らすためだ。
「…殿下は、アーシェさんと破談になってもよろしかったと言うの?」
「そうですね。殿下は私に特段固執なんてしていませんし…私の前で堂々と女遊びを公言する方ですわよ?」
これで破談したくなかったと言うのならば殿下は完全に頭がおかしいと思うし。
「だからグレイスさんは何も気にせずお腹の子のことを考えて、健やかにしていて下さい。せっかく大好きな殿下と結婚できるんですから!」
「まだ子どもができたとは限りません!…でも、ありがとう、アーシェさん。私頑張ります。いつか殿下が私に振り向いてくれるろうに、努力しますわ!」
「それでこそグレイスさんです!」
うんうん、元気な方がグレイスさんらしい。
「ちなみに…初めてってやっぱり痛いんですか?」
これは絶対に聞いておきたいと思っていた。
「っ、下品ですわ!」
「教えてくださいよぅ…将来の妹ですよ、私」
「弟とのそういう話題は想像したくありませんわ…」
私はカイのことではなく、ディラン殿下とグレイスさんのことを聞いているのに。
顔を真っ赤にするグレイスさんに収穫はなしかと諦めかけた時、彼女は小さな声で口を開いた。
「その、殿下は、本番の前に…たくさん愛してくれたから…痛くは、なかったですわ」
「生々しいっ!!!」
「っ、アーシェさんが聞いてきたんでしょう!?カイがそういうことが下手でも知りませんわよ!」
うっ…不吉なことを!
ちょっとだけ怖くなってしまったじゃないか。
「グレイスさんも元気になったみたいですし、私はカイのところに戻りますね」
「ええ、本当にありがとう。殿下を罠に嵌めてしまった私が幸せになれるかなんてわからないけど…まずはしっかり謝って、誠意を伝えていくしかないわ」
「そうですか」
罠に嵌めた、か。
グレイスさんは殿下を罠に嵌めたと言うが、私からすると、グレイスさんも立派な被害者だ。
例えそれが彼女の望む未来だったとしても、私達の未来のためにグレイスさんを利用したことには変わりないのだから。
どうか彼女が目一杯の幸せを掴むことができますように。
ついでに殿下も、グレイスさんと一緒に幸せになってほしい。
沈みかけた気持ちを振り払うように、扉を開けて愛しい人に駆け寄る。
「おつかれさま、アーシェ」
「うん…ちょっと疲れちゃった」
カイの温かい胸にそっと体を預けた。
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