兄が度を超えたシスコンだと私だけが知っている。

ゆき

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ユーリの気持ち

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Side ユーリ

️■□▪▫■□▫▪■□▪▫


「打算的でずる賢いやつだ。そういう面では長男よりも伯爵家を継ぐ素質はあるのかもな」


ネックレスを家臣から預かった殿下についてカティの見送りに行くと、そんなグレン様の声が聞こえた。


具体的な言葉は聞こえなかったが、グレン様が僕を悪く言っていることはわかった。


打算的でずる賢い、か。

大方僕が伯爵家の家督を継ぐことを狙っているとか、そういう感じのことなんだと思う。


そんなことは、昔から何度か耳にしてきたものだったから大して気にはならないが、僕はグレン様に気に入られていないらしい。

以前二人で話した時から薄々感じてはいたが。



兄は素直で真面目な人だから、正直に言うと僕よりも立ち回りが下手だった。

人を信じやすい質だから、今回のエクル様との騒動のように、誰かに利用されてしまいそうな場面も何度もあった。


自慢するわけではないが、その都度どうにか事態が収まって来たのは次男である僕の力も大きい。

そんな状況に不満はないし、僕は次男だから家を継ぐ長男を支えることは当然であるとさえ思っていた。


だが、周りはそうは考えない。


社交界や親戚の間では僕が兄を蹴落とそうとしているだとか、いつか家督争いが起こるのではないか、なんて噂がいつも付きまとった。


兄も重圧を感じていたのではないかと思う。


それでも僕を蔑ろにしたり、敵対心を持たなかったのは間違いなく兄さんの人柄だ。

エクル様に騙されて、カティを侮辱したことは許せないけど。



「ユーリ殿、気にするな」

「お気遣いありがとうございます殿下。別に気にしていませんよ」


心配してくれているのか、僕を気遣ってくれる殿下にそう返事を返す。


自分自身を貶める言葉をなんかよりも、僕はカティの反応の方が気になって仕方なかった。


…カティがグレン様の言葉を信じたら、少しショックかもしれない。

今まで誰かの言葉や態度に傷つくことなんてほとんどなかったが、どうしてか彼女に嫌われることに不安を感じている自分がいた。



だから、


パンッ

そんな乾いた音ともに、小さな手を振りかざすカティに驚きと同時に、どうしようもなく胸が高鳴った。



「っ…」


「へえ、やるなカティア嬢」


殿下は面白そうに笑っていた。



「ユーリはそんなことしませんわ。何も知らないくせに、適当なことを言わないでください」

凛とした声でカティがそう口にする。


グレン様の言葉に迷う素振りもなく反抗したカティは、自分のことをし理解してくれて、心底信じてくれているのだ。


なんだか、胸が苦しくて泣きそうになってしまう。

かっこ悪いから泣かないけど。



グレン様とカティにじはし沈黙が流れる。



「カティア嬢、忘れ物を届けに来たぞ」


全く空気を読まない殿下がそう横槍を挟んだ。

…いや、逆に空気を読んだのか?



「カティ…」

カティは僕を視界に捉えて気まずそうな表情を浮かべる。

先程のグレン様の言葉を聞かれたことを引け目に感じているのだろう。


殿下がネックレスを渡してからも、カティは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。


「僕も殿下と、カティを見送りに来たんだけど…ちょっとタイミングが悪かったね」

勝手についてきた自分が悪い、そんな気持ちをこめて言葉を口にしたつもりが、カティは一層眉を下げて苦々しい顔を浮かべてしまった。


「私の方こそ、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ」

殿下と僕を見つめてそう呟く。



僕の前でカティが嫌がらせをされたり、根も葉もないことを言われたりする場面は何度か見かけることがあった。

この子はいつも人の悪意に晒されていたから。


だけど、カティのこんな辛そうな、怒ったような複雑な顔は見たことがない。


カティ、君は…自分ではない誰かのために怒って、傷ついてしまう人なんだね。

いつも凛としていたカティの弱々しい姿にどうしようもなく胸をしめつけられた。



「僕のために怒ってくれたんだよね。カティの手、赤くなってる」


そっと彼女の手をとって、両手で包み込んだ。

触れると壊れてしまいそうな小さな手のひらは、少し震えて熱を持っていた。


「ごめんねカティ、ありがとう」

こんなか弱い女の子が自分を守るために勇気を振り絞ってくれたのだ。

痛々しく赤くなった手のひらに罪悪感が募った。


「ユーリだっていつも私のこと助けてくれる。でも、そうね…どういたしまして」


そんな僕の気持ちに気づいたのか、カティは僕を元気づけるようにいつも通りの笑顔を見せる。

だから僕も負けないように笑みを浮かべた。



カティに気を使ったのか、殿下が僕にカティを送るよう促す。

元よりそのつもりだった。


こんな状態でカティとグレン様を一緒の馬車で返すなんてとてもできない。



「…いいの?」

不安そうに聞いてくるカティだったが、僕が笑顔で了承すると安心したようにほっと息をついた。



行きと同じ伯爵家の馬車に二人で揺られる。

初めはそわそわとしていたカティだが、思い切ったように口を開いた。



「今日は、本当にごめんなさい…」

「カティが謝ることなんてないでしょ?」


その言葉は本心だった。


「っ、せっかくユーリがエスコートしてくれたのに、エクルのことで巻き込んでしまったわ。それに、グレン兄様だってユーリにひどいことを…」


喋っている途中でカティの瞳がどんどん潤いを含んでいく。



…初めて見る、カティの涙だった。



「カティ…泣かないで?僕は今日カティをエスコートできてすごく楽しかったよ。ダンスだって踊れたしね?それに何より、今日参加していた人達にカティの噂が根も葉もない戯言だと理解させることができた。それだけで僕は今日の舞踏会、すごく充実した時間になっんだよ?」

「ユーリ…」


流れ落ちる寸前の雫をそっと指で払うと、カティは一層顔を歪めた。

優しさに慣れていないカティらしい表情だった。


「あ、それとグレン様が僕を気に入ってないことは薄々感じていたし、さすがに僕はあんな言葉に傷ついたりしないよ~?だって僕の大切な子は、そんな言葉を信じるどころか、発言元に盛大なビンタをかましてくれたみたいだし?」

悪戯っぽく口角を上げて言うと、カティは一瞬目を見開いて、困ったように笑った。



「…ふふっ、ユーリは強いのね」

「うん、僕けっこう強いんだよ~」


小さな体で精一杯誰かを守ろうとする女の子を、そばで支えて、守ってあげられるくらいには。


「ありがとう、ユーリ」

「それはこっちのセリフ」


微笑んだカティの表情は慈愛に満ちていて、臭い言葉だけど…女神様がいたら、こんな表情で笑うんだろうな、なんて。



それから、たわいも無い話をしているとすぐに公爵家に到着してしまって。


帰したくないな、

そんな柄にもないことを思う自分に少し呆れた。


「…大丈夫?カティ」


「ええ、大丈夫よ…グレン兄様もまだ帰ってないようだし、部屋に篭ってるわ」


彼女を不安にさせるようなこんな家なら、いっそカティを連れ去ってしまいたい。

どうしようもない衝動にかられるが、自分にそんな力がないことはわかっていた。


公爵家と伯爵家

とても太刀打ちできる相手ではなかった。



どうしたら彼女を救えるのか…


「送ってくれてありがとう。おやすみなさい、ユーリ」


馬車を降りて公爵家に入っていくカティを見つめながら、考えを巡らせた。

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