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侯爵家の断罪

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「貴方に大事な孫を任せたことは、私達の人生で一番の失敗です」

祖母ばあ様の憎々しげな声に、お父様は顔を歪める。


「そして今のこの現状は、カティアの大丈夫という言葉を信じきってしまった私達の罪でもあります。この子が周りに心配をかけまいとするような優しい子だと知っていたのに」

「すまなかった、カティア。到底許されることではないが、私達は残り短い余生を使ってしっかり償っていくつもりだ」


お祖母様とお祖父様は揃って私に向き直り、深く頭を下げた。


「っ、頭を上げてください!私が故意に隠してきたことです、私は公爵家に心配をかけたくないという気持ちもありましたが、本当はこのような情けない姿を晒したくなかっただけです」


新しい家族とうまくやれていない自分をなんとなく知られたくなくて、そうしているうちにどんどん話せなくなって…隠し通すことを選んだ。


それに、初めの頃は今よりももっと楽しくやれていた気がする。

公爵家のみんなも、それをすごく喜んでくれていたのだ。


そうだ、

あの頃の私は嬉しそうに家のことを話していて、

グレン兄様のことも大好きだった気がする。



…グレン兄様は、すごく優しかった。



「カティアは新しくできた兄にすごく懐いていて、愛されていると思っていたわ」


…そう、私は愛されていた。

今だって兄は私のことを愛しているのかもしれないが、もうあの頃感じた純粋な愛情を向けられることはないのだろう。


いつから狂ったのだろう。

わからない。


ちらりと兄に視線をやると、兄は相変わらず何を考えているのかわからない無表情で立っていた。



「ナダル・リシャール」

お祖父様が低い声で父の名前を呼ぶ。


「私が今から告げる言葉は、王家から言付かったものだ」


呆然とする父に、残酷な言葉がかかる。



「貴様は侯爵家の爵位を没収の上、娘同様労働者階級に落とされることが決定した」

「っ、私が何をしたと言うのです!!」


「何をした、か。何もやってこなかったのではないか?伯爵家の仕事は息子に任せ、家庭を省みることもなく、カティアの悲惨な現状に気づきもしなかった」


淡々と言葉を続けるお祖父様。

隣に立つ祖母も首を振って頷いている。


「…そんな、」

「異論は認めん」


父はその場に崩れ落ちて呆然としている。

気力の抜けた父を見ても何も感じなかった。


血の繋がった娘であるというのに、私は随分と薄情なのかもしれない。



「次は貴様だ。モリア・リシャール」


父から視線を外したお祖父様が、今度は義母に向き直った。


「っ、私は何もしておりませんわ!」


「バレていないと思っておるのか。今回のお前の娘の件を引き金に、余罪は腐るほどでてきた。随分とうちの孫娘に惨い真似をしてきたようだな?」


元公爵の威厳は凄まじいものだった。

立っているだけで、他者を圧倒するオーラ。

そんなお祖父様に睨まれては、義母も何も言い返せず唇を噛み締めていた。



「そして、貴様の一番の罪は自分が一番わかっているだろう!!」


冷静だったお祖父様が初めて声を荒らげる。

歪んだ顔には憎しみが浮かんでいる。


一番の罪…?


首を傾げる私に、祖母がそっと寄り添い肩を抱いてくれた。

なんだろう…


「我々アボット公爵家は、代々王家に懇意にして頂いている。陛下は今回のことにひどく心を痛めておられたよ。そんな陛下が貴様に下した罪は……極刑だ。逃れることはできない」


この国の極刑は、死刑。

義母が…死刑?


義理の娘を虐待したことで、死刑になるのはさすがに罪が重いのではないか。

私が言えることではないが、少し同情してしまう。


私の肩を抱くお祖母様の手が微かに震えていることに気づいた。

何か…私の知らない何かがある。


意図的に伏せられた罪状は、私に伝えたくないという意思表示だ。

気になるが、私が知ることでまたお祖父様やお祖母様が傷つくのなら、聞かないでおこう。


「そんな…私は…っ、いやぁぁああ!」


義母の悲痛な叫びが響き渡った。



「そして最後に、グレン・リシャール」


「…はい、前公爵様」

兄はじっとお祖父様を見つめる。



「お前には、カティアを守ってもらいたかったよ」

「……」


「今までの領地経営の手腕は見事だった。侯爵家の爵位はお前のものだ」


今までの断罪とは違う、少し哀れんだような瞳で言葉を続ける。


「だが、今までの領地は没収の上、お前には新しい領地の経営を命じる。…カワイティル、そこが侯爵家の新しい領地だ」


カワイティル、名前だけは聞いたことがあった。

雨が降らず、満足な作物もとれない荒れ果てた土地だ。


そんなところでは侯爵家とは名ばかりで、取り立てた収入も得られず苦労することは間違いないだろう。

そして、王都とはかなり離れている場所だ。



「…並大抵の努力で何とかできるものではないぞ。しかし、そのような荒れた場所にも守るべき民はおる。侯爵の爵位を取り上げず、領地まで残したことは、私達の唯一の恩情だ。随分と歪んでしまったようだが、お前がカティアのことを血の繋がり以上に愛してくれていたことは知っておる。幼い頃カティアが話してくれたお前は確かにこの子を思っていた……それだけは、感謝している」


「最大限の恩赦、感謝致します」


反抗することもなく、兄は黙ってお祖父様の言葉を受け入れた。


「王都には許可なく立ち入ることを禁じる」

「…承知致しました」


これこらも王都で生きていく私と、カワイティルで過ごすことになるグレン兄様。


私達は、もう二度と会うことは無いのかもしれない。


グレン兄様にされてきた仕打ちを考えると、喜ぶべきことなのかもしれない。

…自分の感情がよくわからなかった。


ほっとしたような気もする。


それと同時に、長い間一緒に過ごし人が離れていくことになんとも言えない悲しさが溢れる。



「新しい領地で、しっかり反省しなさい」


最後にそう言って、お祖父様はグレン兄様から視線を外した。


部屋の外に待機していた役人が一斉に中に入ってきて、義母と父を連れていく。

今や罪人となってしまった二人。


グレン兄様同様、もう二度と会うことはない。



歪んだ家族関係が、今日ついに終わったのだ。



「カティア、家に帰りましょう?息子達も待っているわ」

お祖母様の優しい声。


公爵家はきっと私を温かく受け入れてくれるだろう。

素敵な人ばかりだ。


お母様の弟であるマルク叔父様や、その奥さんであるクリスティーナ様。

息子である六歳のマルティンも優しい子だという。


…楽しみだわ。


そう思っているのに、どうしてか胸に溢れるのはどこか切ない気持ちばかりで、自分で自分がわからない。



「カティア」


お祖母様が、微笑みながら私の名前を呼ぶ。



「お兄様と、最後に話したいのではなくて?」


「…っ、はい」


私は心残りだったのかもしれない。


結局お兄様と本心で語り合ったことなど一度もなかったのだ。



「私達は馬車で待っているわ。ちゃんと向き合って、気持ちを伝えてきなさい」


「お祖母様っ、ありがとう…」


私とグレン兄様を残して、二人は部屋を後にした。




「グレン兄様、私達はしっかり話をしなきゃいけないんだと思います」


じっと兄の目を見てそうくちを開いた。

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