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一章 異世界転生(人生途中から)
9 獣人が街にやってきた
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今日は休診日。私はいつも通り勉強に勤しんでいたが、昼食を取りもうひと勉強したところで集中力が切れた。
(なにか息抜きがしたい!)
けれどもこの世界は娯楽がなさすぎる。というか日本に娯楽がありすぎたのかもしれないけど。
ここで楽しめるものは本や新聞、それか誰かとご飯に行ったり飲みに行ったりするくらいか。テレビもねぇ、ラジオもねぇ、車はそこそこ走ってる、ってなもんで。家族がいる人は家族と過ごすことを大事にしている。それも私とは無縁なわけで。寂しい独り身バンザイ!(ヤケクソ)である。
だから暇さえあれば勉強している。こんなに勉強したのは学生の時ですらなかった。娯楽という誘惑がなければ私という人間はそこそこやれるのかもしれない。いや、大人になったからこそ学ぶ楽しさも分かるし、今後の生活がかかっているのも大きいか。
しかし休みの日に朝から晩まで勉強漬けというのも頭が疲れてくる。なので私は食料の買い出しがてら外に気分転換しに行くことにした。
食料品の買い物はいつも商店街でしているが、今日は本屋も覗いてみようと思い、バスで2つ行った先の街に繰り出すことにした。
そして目当ての店に着いた時だった。
「アンタに売るモンはない。出てってくれ!」
ちょうど入ろうと店から怒鳴り声が聞こえたかと思ったら、中から叩き出されてきた人物を見て驚き、不躾にも凝視してしまった。
(頭に耳!? もしかして獣人!?)
その人__男性と思われる__は頭に犬か狼に見える耳が生え、おしりには尻尾があった。そして好奇心で顔の横にも耳があるのかと目を向けると、その部分には髪が生えており人間の耳はなさそうだった。
主に新聞で情報を得ていた私は、どうやらこの世界には獣人なる人々が住んでいるのは知っていたが、ジルタニアには帝都以外にはほぼ住んでいないということもあって今まで見かけたことはなかった。
店を出された男性は一瞬傷ついたような顔をして、それから私と目が合った。
私はまたしても癖で会釈をしてしまい、しまったなと思ったが、男性は不思議そうにしながらも私に合わせて顔を傾けて会釈らしいものを返してくれた。
あっ良い人だなと思った瞬間、声をかけていた。
「なにかあったんですか?」
「この本屋は獣人の入店はお断り、ということみたいです」
獣人差別__それがあることも新聞の書き振りからなんとなく察してはいた。ただ実際目にするとただただ気分が悪かった。
「別の店行きましょう! 私もこんな店ではもう二度と買いません!」
「いや、でも、他ってどこに……?」
「……どこにあるだろう。とりあえず隣町に行きましょう!」
勢いだけで当てはない。それでも男性はついてきてくれるようだった。
隣町にはバスに乗るほどの距離でもない。私は向かい方向を指差して歩き出した。
歩いていると人々の視線が刺さるのが分かる。
「すまない。やっぱり注目されてしまってますね」
「私は大丈夫です」
そして落ちる沈黙。私は話題を探した。
「なんの本を探してるんですか?」
「あぁ、なにってことはないんです。買い物ついでに職場の同僚みんなで読める本でも買って帰ろうかと思って」
見れば男性の手提げ袋には荷物がいくつか入っているらしく少し膨らんでいた。
(よかった。職場では仕事場では嫌な扱いは受けてなさそう)
「仕事ってなにを?」
「貴族のお屋敷で運転手をしています。今回もこのハールズデンの街には主人の用事で来ました」
なるほど。だから土地勘がなくてあのような店に入ってしまったのか。
「あー、私は魔法診療所で見習いをしています」
個人情報を引き出してばかりでは悪いなと思い、自分の話もしてみた。
「すごいな! じゃあゆくゆくは魔法治療師になるのか! いいなぁ。俺の故郷にも1人くらいいてくれたらなぁ」
「故郷って?」
「ウィルド・ダムの大森林の奥にある狼族の村です。帝都からもこの街からもすごく遠いところだ」
ウィルド・ダムというのはこの国の隣にある獣人が住む国のことだ。
「そこには魔法治療師がいない?」
「あぁ。そもそも獣人で魔法が使えるやつはとても少ないんですよ」
俺も使えませんし、と言って彼は薄く笑った。失礼ながら耳や尻尾にばかり気がいっていたせいで気づかなかったが、よく見たら男らしい整った容姿をしていた。
「じゃあちょっと大きな怪我をした時とか困りますね」
「治療師がいないのが当たり前だから困るって感覚はないですけどね。残念ながら医療は平等じゃない。そうでしょう? その代わりうちの村には魔法みたいによく効く薬を作る婆さんがいるよ」
医療は平等じゃない。この国でもそうだ。どの町にも医者がいるわけではないし、国民皆保険もないから国民は大抵民間の保険に入る。しかしお金がなく保険に入っていない場合、治療費が全額自己負担になるため病院に行けない、という人もいる。
「どんな人も健康に生きる権利があるはずなのに……」
「やっぱりお医者さんのタマゴはいいこと言うなぁ。……あっ、あそこ、本屋じゃないですか?」
「ほんとだ」
30分ほど歩いて隣町まで来て、そこから15分ほど歩いてついに書店を見つけた。
「……見つけた! 入りましょう。大丈夫、何か言われたら私がなんとかします!」
「ははっ! ありがとうございます」
私は緊張しながら店に入った。
店の奥にいて新聞をよんでいた店主は私たちを一瞥して再び視線を戻した。
(よかった。ここは大丈夫みたい)
そう思うと同時に、この人は店に入るたびにこんな不安を抱えているのかと思うとつらい。
私たちは頷き合って、それぞれ目当ての本を探して購入し、店を出た。
「買えてよかったですね。古本屋さんだったから安くて雑多なジャンルが置いてあって。良い店を見つけられました」
「おかげさまで。ありがとうございます。あなたはどんな本を?」
「植物図鑑を。挿絵が綺麗だったので眺めてるだけでも気分転換になるかなって。そちらは?」
「『華麗なるハワード氏』というのを。昔に中央大陸で流行った小説を翻訳してアレンジしたものらしいです」
説明書きがある背表紙を見せながら彼は笑う。守りたいこの笑顔。
だが、ここでお別れだ。
もう会うことはないだろう。だけどとても気持ちの良い人で、私はウィルド・ダムも獣人も一気に好きになった。
そして私たちは別れの挨拶をして、私は家路についた。
(なにか息抜きがしたい!)
けれどもこの世界は娯楽がなさすぎる。というか日本に娯楽がありすぎたのかもしれないけど。
ここで楽しめるものは本や新聞、それか誰かとご飯に行ったり飲みに行ったりするくらいか。テレビもねぇ、ラジオもねぇ、車はそこそこ走ってる、ってなもんで。家族がいる人は家族と過ごすことを大事にしている。それも私とは無縁なわけで。寂しい独り身バンザイ!(ヤケクソ)である。
だから暇さえあれば勉強している。こんなに勉強したのは学生の時ですらなかった。娯楽という誘惑がなければ私という人間はそこそこやれるのかもしれない。いや、大人になったからこそ学ぶ楽しさも分かるし、今後の生活がかかっているのも大きいか。
しかし休みの日に朝から晩まで勉強漬けというのも頭が疲れてくる。なので私は食料の買い出しがてら外に気分転換しに行くことにした。
食料品の買い物はいつも商店街でしているが、今日は本屋も覗いてみようと思い、バスで2つ行った先の街に繰り出すことにした。
そして目当ての店に着いた時だった。
「アンタに売るモンはない。出てってくれ!」
ちょうど入ろうと店から怒鳴り声が聞こえたかと思ったら、中から叩き出されてきた人物を見て驚き、不躾にも凝視してしまった。
(頭に耳!? もしかして獣人!?)
その人__男性と思われる__は頭に犬か狼に見える耳が生え、おしりには尻尾があった。そして好奇心で顔の横にも耳があるのかと目を向けると、その部分には髪が生えており人間の耳はなさそうだった。
主に新聞で情報を得ていた私は、どうやらこの世界には獣人なる人々が住んでいるのは知っていたが、ジルタニアには帝都以外にはほぼ住んでいないということもあって今まで見かけたことはなかった。
店を出された男性は一瞬傷ついたような顔をして、それから私と目が合った。
私はまたしても癖で会釈をしてしまい、しまったなと思ったが、男性は不思議そうにしながらも私に合わせて顔を傾けて会釈らしいものを返してくれた。
あっ良い人だなと思った瞬間、声をかけていた。
「なにかあったんですか?」
「この本屋は獣人の入店はお断り、ということみたいです」
獣人差別__それがあることも新聞の書き振りからなんとなく察してはいた。ただ実際目にするとただただ気分が悪かった。
「別の店行きましょう! 私もこんな店ではもう二度と買いません!」
「いや、でも、他ってどこに……?」
「……どこにあるだろう。とりあえず隣町に行きましょう!」
勢いだけで当てはない。それでも男性はついてきてくれるようだった。
隣町にはバスに乗るほどの距離でもない。私は向かい方向を指差して歩き出した。
歩いていると人々の視線が刺さるのが分かる。
「すまない。やっぱり注目されてしまってますね」
「私は大丈夫です」
そして落ちる沈黙。私は話題を探した。
「なんの本を探してるんですか?」
「あぁ、なにってことはないんです。買い物ついでに職場の同僚みんなで読める本でも買って帰ろうかと思って」
見れば男性の手提げ袋には荷物がいくつか入っているらしく少し膨らんでいた。
(よかった。職場では仕事場では嫌な扱いは受けてなさそう)
「仕事ってなにを?」
「貴族のお屋敷で運転手をしています。今回もこのハールズデンの街には主人の用事で来ました」
なるほど。だから土地勘がなくてあのような店に入ってしまったのか。
「あー、私は魔法診療所で見習いをしています」
個人情報を引き出してばかりでは悪いなと思い、自分の話もしてみた。
「すごいな! じゃあゆくゆくは魔法治療師になるのか! いいなぁ。俺の故郷にも1人くらいいてくれたらなぁ」
「故郷って?」
「ウィルド・ダムの大森林の奥にある狼族の村です。帝都からもこの街からもすごく遠いところだ」
ウィルド・ダムというのはこの国の隣にある獣人が住む国のことだ。
「そこには魔法治療師がいない?」
「あぁ。そもそも獣人で魔法が使えるやつはとても少ないんですよ」
俺も使えませんし、と言って彼は薄く笑った。失礼ながら耳や尻尾にばかり気がいっていたせいで気づかなかったが、よく見たら男らしい整った容姿をしていた。
「じゃあちょっと大きな怪我をした時とか困りますね」
「治療師がいないのが当たり前だから困るって感覚はないですけどね。残念ながら医療は平等じゃない。そうでしょう? その代わりうちの村には魔法みたいによく効く薬を作る婆さんがいるよ」
医療は平等じゃない。この国でもそうだ。どの町にも医者がいるわけではないし、国民皆保険もないから国民は大抵民間の保険に入る。しかしお金がなく保険に入っていない場合、治療費が全額自己負担になるため病院に行けない、という人もいる。
「どんな人も健康に生きる権利があるはずなのに……」
「やっぱりお医者さんのタマゴはいいこと言うなぁ。……あっ、あそこ、本屋じゃないですか?」
「ほんとだ」
30分ほど歩いて隣町まで来て、そこから15分ほど歩いてついに書店を見つけた。
「……見つけた! 入りましょう。大丈夫、何か言われたら私がなんとかします!」
「ははっ! ありがとうございます」
私は緊張しながら店に入った。
店の奥にいて新聞をよんでいた店主は私たちを一瞥して再び視線を戻した。
(よかった。ここは大丈夫みたい)
そう思うと同時に、この人は店に入るたびにこんな不安を抱えているのかと思うとつらい。
私たちは頷き合って、それぞれ目当ての本を探して購入し、店を出た。
「買えてよかったですね。古本屋さんだったから安くて雑多なジャンルが置いてあって。良い店を見つけられました」
「おかげさまで。ありがとうございます。あなたはどんな本を?」
「植物図鑑を。挿絵が綺麗だったので眺めてるだけでも気分転換になるかなって。そちらは?」
「『華麗なるハワード氏』というのを。昔に中央大陸で流行った小説を翻訳してアレンジしたものらしいです」
説明書きがある背表紙を見せながら彼は笑う。守りたいこの笑顔。
だが、ここでお別れだ。
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