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二章 獣人の国
40 遠足に行こう
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先生の仕事を始めて1カ月。もうすぐ3学期が終わる。
ある日ふと、通知表を作らなくちゃいけないんだろうかと気づき、慌ててティナ先生に聞いたら、そういったモノはないらしかった。
学年末の通知表は日本だと1年の振り返りみたいなものだから私には書けない。だから助かった。
先生を始めてから生活はさらに忙しくなった。
朝起きてすぐに着替えて水汲みをしたらパンをかじって学校に行く。
午前中の授業が終わったら家に帰って、釜戸に火を入れて昼食を作る。
それが終わったら庭に出てニワトリの世話をして、またかまどに戻って火が消えないように世話をして、水を汲みに行って、家の掃除、洗濯、お風呂掃除、また釜戸を見る。
診療所の仕事も午後からやっている。毎日1、2人はやってくる。
……忙しすぎる。
雪があるから薬草園の世話がないだけまだマシなのだが……
「アンタちょっと働きすぎ。もっと人を頼りな。アタシはまだ介護されるような歳じゃないよ」
私はナラタさんに指摘されて初めて、自分一人でなんでもやろうとしていたことに気づいた。
私にはそういうところがある。
母一人子一人で、母は毎日夜遅くまで働いていたので、私は小学生になると自分で料理をし始めた。
母はきちんとした人だったから、基本的に晩ごはんを用意して仕事に行っていたが、予定外の残業で晩ごはんがない時もあったのだ。
もちろん凝ったものは作れない。そう、今毎日食べているようなベーコンエッグやハムエッグ、卵焼きがうまく作れなくてスクランブルエッグになったり。カップ麺で済ますこともあった。
掃除や洗濯も母の負担を減らしたくて率先してやった。
今もそうだ。高齢のナラタさんは薬局の仕事もあるからあまり負担をかけないようにと無意識で考えていた。
でも彼女の言う通りだ。このままでは早晩体調を崩してしまうだろう。
自分のことに無頓着なのも習い性だ。だけどそれは改めなければ。
今世こそ、健康で長生きしよう。
せっかく今、生きてるんだから。
「じゃあ、家事は半分こ?」
「老人をこき使うな!」
(どっちなの!?)
当番だった今日の夕食作りはナラタさんにお任せしたので、夕飯の時間まで明日の授業の準備をする時間ができた。
明日、二の日の時間割は、1、2時間目が教養という授業になっている。
日本でいう道徳とか総合の時間だろう。
(困ったなぁ。教員の裁量に任されすぎてる)
困った。困り散らかしている。
(よし、どんな授業をすべきかじゃなくて、視点を変えてあの子たちにどんな授業が必要か考えよう)
いずれジルタニアに行くこともあると考えたらジルタニア語? いやいや、私ジルタニア語は日本語喋ってる感覚だから教えられないわ。どう伝わるかわかったもんじゃない……ってその状態でずっと話してたのもよく考えたら怖っ。
(なんかないか、なんかないか!?)
学生時代に受けてきた授業を思い出せ……!
私は教室で宣言した。
「今日は、お出かけ、しましょう!」
こんな雪が積もっていて、日によっては大雪が降るくそ寒い中で遠足に行こうなんて、日本ではあり得ない。
だが、獣人の特性なのかこの寒い地域にずっと住んでいるからか、寒さにめちゃくちゃ強い。人型と動物型で少し耐性に違いがあるようだが、私なんかとは比べものにならない。
雪が降るようになってから、私は室内でもコートが手放せない。一方で、教室の子供たちは登校時コートを着ていない子もいるくらいだ。
ナラタさんも、1階には暖炉がないのだが、コートがなくても平気そうに日中は薬局で仕事をしている。
つまり、この遠足でつらいのは私だけだ。
「これから、皆さんの、お気に入りの場所、巡りましょう」
今回の遠足のテーマを発表する。
私はまだまだカニス村のことも子供たちのことも知らない。だからこれなら両方が叶う、はずだと考えた。
「今から、皆さんで、話し合って、巡る順番を、考えてください」
まだ1年生のこの子たちには少し難しい指示かもしれないが、授業だからただ外に遊びに行くのではいけない。何か学びがなければ。
子供たちは顔を見合わせて困惑していたが、リーダー気質のウェルナさんが立ち上がった。
「まずはみんなのお気に入りの場所を教えて! それから順番を決めましょ!」
彼女のおかげで無事話し合いが始まった。
まだ7歳の子供達にディスカッションは難しい。膠着したらそれとなく話を誘導して、『もっと別の場所に行った方がいいんじゃないか』と話が立ち戻ったら話が進むように口を挟む。
こうして1時間かけてルートを決め、私達は出発した。
最初の案内はオドくん。
普段あまり自己主張をしない彼は日頃どんなことを考えているのか__
11人で学校を出てすぐにオドくんが「ボクのお気に入りの場所はここ」だと言った。
「ここ? この道に、何かあるの?」
「学校行く時、今日は何があるかな、って考えながら学校に行くのが好き。だから好きな場所はココ」
改めて何の変哲もない森の中に作られた通学路を見る。
(毎日、今日は学校で何があるかな、友達と何を話そうってワクワクしながら登校してるのね。とても素敵)
普段物静かな彼はきっと頭の中ではたくさんのことを考えているのだろう。
「……ボクはここら辺まで来ると『ようやく学校についたー』って思っちゃう」
エイドくんが顔をへにゃりとして笑った。
熊族の村はここから一番遠い。歩いてくるだけで時間がかかるし体力も使うだろう。
「大変だよね」
「慣れたから平気だけどねぇ」
それぞれの会話を聞きながら、いつも歩く通学路を違った気持ちで歩いていると十字路に差しかかった。
「次は私。ついてきて」
ハウさんの先導で通学路を右に曲がる。
20分ほど歩くと集落が見えてきた。
彼女は一行を引き連れてどんどん集落の中へ入っていく。
見かける人は皆チーターの特徴を持っていた。やはり猟豹族の村で間違いないだろう。
よその村に来てソワソワする一行をよそに、ハウさんは一軒の家の中に入っていった。
「ただいま帰りました」
(家に帰った!?)
「こんにちはー」
「……失礼します」
子供達は続々と後に続いていく。
私は話し合いの誘導はしたが具体的にどこへ行くかは聞かないようにしていたので展開についていけない。
「先生も入ったら?」
スナフくんに促され、私もおそるおそる家の中に入った。
「サミサマジョ(お邪魔します)」
ハウさんは私達を私室に招き入れてくれた。
そしてうつ伏せに寝転んで、枕元に置いてあった本を広げた。
「私は自分の家と自分の部屋が一番好き。こうやってここで本を読むのが好き」
(そうか。ハウさんが他の子よりちょっと大人っぽいのは、きっとよく本を読んでいるからなのね)
部屋の机には何冊も本が積んであった。
この村にも周辺の村にも本屋はない。
ご両親が街まで買い出しに行く時に買ってきてもらうのか、御用聞きに頼んでいるのか。
「いいなぁ一人部屋! オレなんかスキラと妹と弟と同じ部屋同じベッドだぜー」
私はこの双子とさらに小さなライオンの子達が同じベッドで寝ているのを想像して、その可愛さに悶えた。
「そうだ、先生。猟豹族ってちょっと変わってるんだ」
「変わってる?」
ハウさんがベッドに腰掛けて言う。
「猟豹族はね、お母さんと子供が一緒に住んで、お父さんはおじいちゃんとか兄弟と一緒に住むの」
「えっ! 知らなかった。そういう伝統なのね」
「そう。猟豹の習性の名残りなんだって」
ということは、この家にはハウさんとお母さん、あと確か妹さんが2人いたはず。その4人で住んでいるのか。
「あっ、この本気になるかも」
「いいよ、貸してあげる」
「ありがとう!」
スキラさんがハウさんに貸してもらった本をパラパラと捲り目を輝かせている。
「素敵な部屋」
「ありがとう。でもカーテンもベッドも選んだのはお母さんだけど」
「なー、次行こうぜー!」
ハウさんとイサナさんの会話を遮るように、ジェスくんがもう十分といった風に声を上げた。
「じゃあ次はあたしの番ね!」
今度はウェルナさんが皆を引き連れて外に出た。
ある日ふと、通知表を作らなくちゃいけないんだろうかと気づき、慌ててティナ先生に聞いたら、そういったモノはないらしかった。
学年末の通知表は日本だと1年の振り返りみたいなものだから私には書けない。だから助かった。
先生を始めてから生活はさらに忙しくなった。
朝起きてすぐに着替えて水汲みをしたらパンをかじって学校に行く。
午前中の授業が終わったら家に帰って、釜戸に火を入れて昼食を作る。
それが終わったら庭に出てニワトリの世話をして、またかまどに戻って火が消えないように世話をして、水を汲みに行って、家の掃除、洗濯、お風呂掃除、また釜戸を見る。
診療所の仕事も午後からやっている。毎日1、2人はやってくる。
……忙しすぎる。
雪があるから薬草園の世話がないだけまだマシなのだが……
「アンタちょっと働きすぎ。もっと人を頼りな。アタシはまだ介護されるような歳じゃないよ」
私はナラタさんに指摘されて初めて、自分一人でなんでもやろうとしていたことに気づいた。
私にはそういうところがある。
母一人子一人で、母は毎日夜遅くまで働いていたので、私は小学生になると自分で料理をし始めた。
母はきちんとした人だったから、基本的に晩ごはんを用意して仕事に行っていたが、予定外の残業で晩ごはんがない時もあったのだ。
もちろん凝ったものは作れない。そう、今毎日食べているようなベーコンエッグやハムエッグ、卵焼きがうまく作れなくてスクランブルエッグになったり。カップ麺で済ますこともあった。
掃除や洗濯も母の負担を減らしたくて率先してやった。
今もそうだ。高齢のナラタさんは薬局の仕事もあるからあまり負担をかけないようにと無意識で考えていた。
でも彼女の言う通りだ。このままでは早晩体調を崩してしまうだろう。
自分のことに無頓着なのも習い性だ。だけどそれは改めなければ。
今世こそ、健康で長生きしよう。
せっかく今、生きてるんだから。
「じゃあ、家事は半分こ?」
「老人をこき使うな!」
(どっちなの!?)
当番だった今日の夕食作りはナラタさんにお任せしたので、夕飯の時間まで明日の授業の準備をする時間ができた。
明日、二の日の時間割は、1、2時間目が教養という授業になっている。
日本でいう道徳とか総合の時間だろう。
(困ったなぁ。教員の裁量に任されすぎてる)
困った。困り散らかしている。
(よし、どんな授業をすべきかじゃなくて、視点を変えてあの子たちにどんな授業が必要か考えよう)
いずれジルタニアに行くこともあると考えたらジルタニア語? いやいや、私ジルタニア語は日本語喋ってる感覚だから教えられないわ。どう伝わるかわかったもんじゃない……ってその状態でずっと話してたのもよく考えたら怖っ。
(なんかないか、なんかないか!?)
学生時代に受けてきた授業を思い出せ……!
私は教室で宣言した。
「今日は、お出かけ、しましょう!」
こんな雪が積もっていて、日によっては大雪が降るくそ寒い中で遠足に行こうなんて、日本ではあり得ない。
だが、獣人の特性なのかこの寒い地域にずっと住んでいるからか、寒さにめちゃくちゃ強い。人型と動物型で少し耐性に違いがあるようだが、私なんかとは比べものにならない。
雪が降るようになってから、私は室内でもコートが手放せない。一方で、教室の子供たちは登校時コートを着ていない子もいるくらいだ。
ナラタさんも、1階には暖炉がないのだが、コートがなくても平気そうに日中は薬局で仕事をしている。
つまり、この遠足でつらいのは私だけだ。
「これから、皆さんの、お気に入りの場所、巡りましょう」
今回の遠足のテーマを発表する。
私はまだまだカニス村のことも子供たちのことも知らない。だからこれなら両方が叶う、はずだと考えた。
「今から、皆さんで、話し合って、巡る順番を、考えてください」
まだ1年生のこの子たちには少し難しい指示かもしれないが、授業だからただ外に遊びに行くのではいけない。何か学びがなければ。
子供たちは顔を見合わせて困惑していたが、リーダー気質のウェルナさんが立ち上がった。
「まずはみんなのお気に入りの場所を教えて! それから順番を決めましょ!」
彼女のおかげで無事話し合いが始まった。
まだ7歳の子供達にディスカッションは難しい。膠着したらそれとなく話を誘導して、『もっと別の場所に行った方がいいんじゃないか』と話が立ち戻ったら話が進むように口を挟む。
こうして1時間かけてルートを決め、私達は出発した。
最初の案内はオドくん。
普段あまり自己主張をしない彼は日頃どんなことを考えているのか__
11人で学校を出てすぐにオドくんが「ボクのお気に入りの場所はここ」だと言った。
「ここ? この道に、何かあるの?」
「学校行く時、今日は何があるかな、って考えながら学校に行くのが好き。だから好きな場所はココ」
改めて何の変哲もない森の中に作られた通学路を見る。
(毎日、今日は学校で何があるかな、友達と何を話そうってワクワクしながら登校してるのね。とても素敵)
普段物静かな彼はきっと頭の中ではたくさんのことを考えているのだろう。
「……ボクはここら辺まで来ると『ようやく学校についたー』って思っちゃう」
エイドくんが顔をへにゃりとして笑った。
熊族の村はここから一番遠い。歩いてくるだけで時間がかかるし体力も使うだろう。
「大変だよね」
「慣れたから平気だけどねぇ」
それぞれの会話を聞きながら、いつも歩く通学路を違った気持ちで歩いていると十字路に差しかかった。
「次は私。ついてきて」
ハウさんの先導で通学路を右に曲がる。
20分ほど歩くと集落が見えてきた。
彼女は一行を引き連れてどんどん集落の中へ入っていく。
見かける人は皆チーターの特徴を持っていた。やはり猟豹族の村で間違いないだろう。
よその村に来てソワソワする一行をよそに、ハウさんは一軒の家の中に入っていった。
「ただいま帰りました」
(家に帰った!?)
「こんにちはー」
「……失礼します」
子供達は続々と後に続いていく。
私は話し合いの誘導はしたが具体的にどこへ行くかは聞かないようにしていたので展開についていけない。
「先生も入ったら?」
スナフくんに促され、私もおそるおそる家の中に入った。
「サミサマジョ(お邪魔します)」
ハウさんは私達を私室に招き入れてくれた。
そしてうつ伏せに寝転んで、枕元に置いてあった本を広げた。
「私は自分の家と自分の部屋が一番好き。こうやってここで本を読むのが好き」
(そうか。ハウさんが他の子よりちょっと大人っぽいのは、きっとよく本を読んでいるからなのね)
部屋の机には何冊も本が積んであった。
この村にも周辺の村にも本屋はない。
ご両親が街まで買い出しに行く時に買ってきてもらうのか、御用聞きに頼んでいるのか。
「いいなぁ一人部屋! オレなんかスキラと妹と弟と同じ部屋同じベッドだぜー」
私はこの双子とさらに小さなライオンの子達が同じベッドで寝ているのを想像して、その可愛さに悶えた。
「そうだ、先生。猟豹族ってちょっと変わってるんだ」
「変わってる?」
ハウさんがベッドに腰掛けて言う。
「猟豹族はね、お母さんと子供が一緒に住んで、お父さんはおじいちゃんとか兄弟と一緒に住むの」
「えっ! 知らなかった。そういう伝統なのね」
「そう。猟豹の習性の名残りなんだって」
ということは、この家にはハウさんとお母さん、あと確か妹さんが2人いたはず。その4人で住んでいるのか。
「あっ、この本気になるかも」
「いいよ、貸してあげる」
「ありがとう!」
スキラさんがハウさんに貸してもらった本をパラパラと捲り目を輝かせている。
「素敵な部屋」
「ありがとう。でもカーテンもベッドも選んだのはお母さんだけど」
「なー、次行こうぜー!」
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