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二章 獣人の国
60 出発
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ファム先生によって療養所内の医師全員と一部看護師、所長がナラタさんの病室に集められた。
「私も確認しましたが、このナオ治療魔法師によってこの患者のがんが消失しました」
先生の発言により医師たちに衝撃が走ったのが見て取れた。
「それは一体どのような魔法で?」
責任者である所長が私の方を見て尋ねた。
「ナラタさんは夏風邪に効く伝統薬を1週間前から服用していました。そこに治療魔法をかけたらがんの消失を確認しました」
「伝統薬の処方内容は!?」
「どのような治療魔法を?」
医師達から矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「まだ論文発表前の新魔法について詳しくのは問題だろう。だが、他の患者もその方法で治るのか?」
所長の質問はもっともだった。
そうだ。ナラタさんが治っても他の人も同じようにいくかは分からない。
「今まで協力してもらっていた患者さんに引き続きお願いできるか伺ってみます」
これでこの場は一旦解散となった。
「ナラタさん! これで好きな物が食べられるし舞台を観にだってどこだって行けます! 何でもできる! まだまだ生きていられます!!」
私は喜びを爆発させた。
「あぁ、そうだね」
私達は手を取り合って笑い合った。
「話は聞いていたわよ。おめでとうナラタさん、ナオちゃん」
窓際のベッドから声をかけてくれたのはミュンさんだった。
「今までご協力いただき、本当に本当にありがとうございました。ミュンさんやリエンさん達の協力がなかったら、ここまで来れませんでした」
私は立ち上がって深々と頭を下げた。
「その結果はわたくし達の希望だわ。ねぇ、わたくしも同じ方法で治るか試してくださる?」
「むしろこちらからお願いしないと……。まだ治る確証はありませんが、それでもご協力いただけますか?」
「えぇ」
「あたしにも試してくれていいからね」
「リエンさんも……。本当に、ありがとうございます……!!」
私はもう一度、彼女達に敬意を表するため深くお辞儀をした。
93日目
夏風邪用の伝統薬を患者C~Gに投与。
1週間後に治療魔法を施術。
治験に参加したすべての患者のがんが消滅。
その結果をもって治験に参加しなかった他のがん患者にも治療魔法を施術した。
やはり全員に適用できるというわけではなかった。
一部の脳腫瘍や皮膚がん、肉腫、白血病などには効果がなかった。
薬効が腫瘍部位に効かない(効きにくい)ことが原因と考えられた。
私はその結果をファム先生も所長室に来てもらい2人に報告した。
「本当にがんが治ったのか……! この新魔法は世界を変える、どれだけ多くの人が救われることか!!」
対面に座っている所長が口元を覆いながら唸った。
「君、すぐに論文を発表したまえ」
そう言ったのはファム先生。
「論文発表……私、どうやってやるのか知らなくて……」
論文なんて大学卒業の時に書いただけだ。だけど文系の卒論と研究結果をまとめる論文とは書き方も違うだろう。
「何? 大学で論文の一つくらい書くだろう? ジルタニアでは違うのか?」
「私は医大出ではなく、先生、ハリス先生の元で治療魔法を学んだので……」
「ハリス先生……とはあの、再生治療を開発したあのヴァレリオ・ハリス氏か!?」
先生はこの国でも有名だった。
私はファム先生に食い気味に詰め寄られた。
「そっ、そうです」
「ならば話は早い。すぐジルタニアに帰ってハリス氏に相談なさい。この研究を盗まれでもしたら大変だぞ。だが、君の先生でもある氏であれば大丈夫だろう」
確かにこの研究を世に出すため誰かに相談したい。けれども相談する人を選ばないときっと大変なことになってしまう。
けれど__
「ナラタさんを置いては行けません」
がんが治ったと言っても病み上がり。しかも今回の治療魔法の経過観察もしなければならない。
「むぅ、そうか……」
「論文の方はハリス先生に手紙で相談してみます」
「あぁそうだな。そうしたまえ」
私は所長とファム先生にお礼を言って病室に戻った。
「というわけで、今後も引き続き研究をしていくんですが……。ナラタさん、ここを退所した後ってどうしますか?」
ここの医師らの経過観察期間もそろそろ終わり、体力が回復次第退所するという話になっている。
「それだけどね。娘の住んでいる街に私も行こうと思ってね」
思ってもいなかった話が飛び出た。
「えっ……村には戻らないんですか?」
「あそこにはもう新しい薬師がいるはずだからね。あんな小さな村に薬師は2人もいらないよ」
確かにそのとおりだ。
でもてっきり村に戻るかこの街に暮らすものだと思っていたから考えがまとまらない。
私はどうすれば__
「アンタはアンタでやることがあるんだろ?」
「えっ?」
「アンタはがんを治すなんていう奇跡の魔法を生み出したんだ。これからいろいろやることがあるんじゃないのかい?」
ナラタさんには見抜かれている気がした。
私が離れがたく思っていることを。
そして背中を押された気がした。
ジルタニアに戻って論文を完成させろ、と。
ただ問題もある。
私は記憶のない過去から逃げたくてここまで来たのだ。その問題はまだ何も解決していない。
(列車事故の件はアーサーさんが「もう探さない」と言ってくれたから追われる心配はない。けど、論文の公表とともに私の顔が広く世間に広がってしまったらどうなるか……)
それでもこの研究を世に出さない、という選択肢は私にはない。
この研究は治験に参加してくれた7人が命を賭けてくれたから成功した。
そしてこの研究は将来にわたって何十万人、いや何百万人ものがん患者を救うことになるだろう。
いつか誰かがもっとすごい薬や魔法を開発する。けれど今苦しんでいる患者を見捨ててまで影に隠れて生きたいとも思わない。
この魔法を世に出すために過去と対峙せねばならないなら戦おう。
そうしなければテネラさんに合わせる顔がない。
「私は……ジルタニアに帰って論文を完成させて、発表します」
「あぁ、そうしな。……そんな泣きそうな顔するんじゃないよ。同じ国に住んでたらまたいつだって会えるさ」
それだって新幹線で2時間、とはいかない。
まぁジルタニアと大森林の奥の距離に比べればだいぶ近いけど……
「手紙でも書くよ。アタシはこれからジルタニア語の勉強をしないといけないからね」
「私が教えます」
「ありがたいね」
そうして私達は9月はじめに療養所出た。
治療ができた他のがん患者さん達も時期を前後して退所していった。
私達は国境の街からジルタニアに入り、列車に乗った。
事故に遭って以来の列車だったから不安だったが、隣にナラタさんがいたから平気だった。
そして列車に乗って3時間。
ナラタさんの娘さん家族が住むジルタニア西部の街、トラント州オルテスの街に着いた。
「じゃあね、ナオ。元気でやるんだよ」
ナラタさんが窓の外から私を見上げる。
「うぅ……グスッ……はいぃ」
「まーた泣いてる!」
「だって……!」
「しっかりやんな! アンタはこれからもっと多くの人を救うんだ。それがアンタの使命だ」
「っ! はい!」
「もしアンタの過去のことでどうにもならなくなったら頼っておいで。どうにかしてあげるよ」
「どうにかって?」
「そりゃそん時考えるさ」
「ノープラン!?」
私は声を出して笑った。
そして窓から身を乗り出して抱きついた。
汽笛が鳴る。
もう動き出すようだ。
「アンタが村に来てくれてよかった。この1年本当に楽しかったよ。この先もナオにいい出会いがありますように」
自分の知らない過去が怖くて逃げて逃げてナラタさんのもとに辿り着いた。
奇跡のような確率で。
「たくさんのことを教えていただき……私を娘にしてくれて、ありがとうございました!!」
名残惜しいけどナラタさんに回していた腕を解いて車内に戻った。
列車が動く。
「そうだ! マルティンのことはどうするんだい?」
ナラタさん今それ言う!?
「ジルタニアに戻る、と! ウィルド・ダムに戻るかは分からないと手紙を書きました!!」
列車の騒音に負けないように声を張り上げた。
「そうかい! じゃあねナオ! 『さようなら!』」
覚えたてのジルタニア語だった。
『さようなら!』
私もジルタニア語で返した。
それからナラタさんの姿が見えなくなるまでずっと窓の外を見ていた。
それから9時間。
私はハールズデンの地を踏んだ。
(結局1年で戻ってきちゃった……)
両手と背中にはパンパンに研究資料やハリス先生に送ってもらった資料が入っている。
荷物が重すぎて一歩進むたびに脚が地面にめり込む錯覚がする。
(タクシーーーー!)
私はヨロヨロとタクシー乗り場を探した。
「私も確認しましたが、このナオ治療魔法師によってこの患者のがんが消失しました」
先生の発言により医師たちに衝撃が走ったのが見て取れた。
「それは一体どのような魔法で?」
責任者である所長が私の方を見て尋ねた。
「ナラタさんは夏風邪に効く伝統薬を1週間前から服用していました。そこに治療魔法をかけたらがんの消失を確認しました」
「伝統薬の処方内容は!?」
「どのような治療魔法を?」
医師達から矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「まだ論文発表前の新魔法について詳しくのは問題だろう。だが、他の患者もその方法で治るのか?」
所長の質問はもっともだった。
そうだ。ナラタさんが治っても他の人も同じようにいくかは分からない。
「今まで協力してもらっていた患者さんに引き続きお願いできるか伺ってみます」
これでこの場は一旦解散となった。
「ナラタさん! これで好きな物が食べられるし舞台を観にだってどこだって行けます! 何でもできる! まだまだ生きていられます!!」
私は喜びを爆発させた。
「あぁ、そうだね」
私達は手を取り合って笑い合った。
「話は聞いていたわよ。おめでとうナラタさん、ナオちゃん」
窓際のベッドから声をかけてくれたのはミュンさんだった。
「今までご協力いただき、本当に本当にありがとうございました。ミュンさんやリエンさん達の協力がなかったら、ここまで来れませんでした」
私は立ち上がって深々と頭を下げた。
「その結果はわたくし達の希望だわ。ねぇ、わたくしも同じ方法で治るか試してくださる?」
「むしろこちらからお願いしないと……。まだ治る確証はありませんが、それでもご協力いただけますか?」
「えぇ」
「あたしにも試してくれていいからね」
「リエンさんも……。本当に、ありがとうございます……!!」
私はもう一度、彼女達に敬意を表するため深くお辞儀をした。
93日目
夏風邪用の伝統薬を患者C~Gに投与。
1週間後に治療魔法を施術。
治験に参加したすべての患者のがんが消滅。
その結果をもって治験に参加しなかった他のがん患者にも治療魔法を施術した。
やはり全員に適用できるというわけではなかった。
一部の脳腫瘍や皮膚がん、肉腫、白血病などには効果がなかった。
薬効が腫瘍部位に効かない(効きにくい)ことが原因と考えられた。
私はその結果をファム先生も所長室に来てもらい2人に報告した。
「本当にがんが治ったのか……! この新魔法は世界を変える、どれだけ多くの人が救われることか!!」
対面に座っている所長が口元を覆いながら唸った。
「君、すぐに論文を発表したまえ」
そう言ったのはファム先生。
「論文発表……私、どうやってやるのか知らなくて……」
論文なんて大学卒業の時に書いただけだ。だけど文系の卒論と研究結果をまとめる論文とは書き方も違うだろう。
「何? 大学で論文の一つくらい書くだろう? ジルタニアでは違うのか?」
「私は医大出ではなく、先生、ハリス先生の元で治療魔法を学んだので……」
「ハリス先生……とはあの、再生治療を開発したあのヴァレリオ・ハリス氏か!?」
先生はこの国でも有名だった。
私はファム先生に食い気味に詰め寄られた。
「そっ、そうです」
「ならば話は早い。すぐジルタニアに帰ってハリス氏に相談なさい。この研究を盗まれでもしたら大変だぞ。だが、君の先生でもある氏であれば大丈夫だろう」
確かにこの研究を世に出すため誰かに相談したい。けれども相談する人を選ばないときっと大変なことになってしまう。
けれど__
「ナラタさんを置いては行けません」
がんが治ったと言っても病み上がり。しかも今回の治療魔法の経過観察もしなければならない。
「むぅ、そうか……」
「論文の方はハリス先生に手紙で相談してみます」
「あぁそうだな。そうしたまえ」
私は所長とファム先生にお礼を言って病室に戻った。
「というわけで、今後も引き続き研究をしていくんですが……。ナラタさん、ここを退所した後ってどうしますか?」
ここの医師らの経過観察期間もそろそろ終わり、体力が回復次第退所するという話になっている。
「それだけどね。娘の住んでいる街に私も行こうと思ってね」
思ってもいなかった話が飛び出た。
「えっ……村には戻らないんですか?」
「あそこにはもう新しい薬師がいるはずだからね。あんな小さな村に薬師は2人もいらないよ」
確かにそのとおりだ。
でもてっきり村に戻るかこの街に暮らすものだと思っていたから考えがまとまらない。
私はどうすれば__
「アンタはアンタでやることがあるんだろ?」
「えっ?」
「アンタはがんを治すなんていう奇跡の魔法を生み出したんだ。これからいろいろやることがあるんじゃないのかい?」
ナラタさんには見抜かれている気がした。
私が離れがたく思っていることを。
そして背中を押された気がした。
ジルタニアに戻って論文を完成させろ、と。
ただ問題もある。
私は記憶のない過去から逃げたくてここまで来たのだ。その問題はまだ何も解決していない。
(列車事故の件はアーサーさんが「もう探さない」と言ってくれたから追われる心配はない。けど、論文の公表とともに私の顔が広く世間に広がってしまったらどうなるか……)
それでもこの研究を世に出さない、という選択肢は私にはない。
この研究は治験に参加してくれた7人が命を賭けてくれたから成功した。
そしてこの研究は将来にわたって何十万人、いや何百万人ものがん患者を救うことになるだろう。
いつか誰かがもっとすごい薬や魔法を開発する。けれど今苦しんでいる患者を見捨ててまで影に隠れて生きたいとも思わない。
この魔法を世に出すために過去と対峙せねばならないなら戦おう。
そうしなければテネラさんに合わせる顔がない。
「私は……ジルタニアに帰って論文を完成させて、発表します」
「あぁ、そうしな。……そんな泣きそうな顔するんじゃないよ。同じ国に住んでたらまたいつだって会えるさ」
それだって新幹線で2時間、とはいかない。
まぁジルタニアと大森林の奥の距離に比べればだいぶ近いけど……
「手紙でも書くよ。アタシはこれからジルタニア語の勉強をしないといけないからね」
「私が教えます」
「ありがたいね」
そうして私達は9月はじめに療養所出た。
治療ができた他のがん患者さん達も時期を前後して退所していった。
私達は国境の街からジルタニアに入り、列車に乗った。
事故に遭って以来の列車だったから不安だったが、隣にナラタさんがいたから平気だった。
そして列車に乗って3時間。
ナラタさんの娘さん家族が住むジルタニア西部の街、トラント州オルテスの街に着いた。
「じゃあね、ナオ。元気でやるんだよ」
ナラタさんが窓の外から私を見上げる。
「うぅ……グスッ……はいぃ」
「まーた泣いてる!」
「だって……!」
「しっかりやんな! アンタはこれからもっと多くの人を救うんだ。それがアンタの使命だ」
「っ! はい!」
「もしアンタの過去のことでどうにもならなくなったら頼っておいで。どうにかしてあげるよ」
「どうにかって?」
「そりゃそん時考えるさ」
「ノープラン!?」
私は声を出して笑った。
そして窓から身を乗り出して抱きついた。
汽笛が鳴る。
もう動き出すようだ。
「アンタが村に来てくれてよかった。この1年本当に楽しかったよ。この先もナオにいい出会いがありますように」
自分の知らない過去が怖くて逃げて逃げてナラタさんのもとに辿り着いた。
奇跡のような確率で。
「たくさんのことを教えていただき……私を娘にしてくれて、ありがとうございました!!」
名残惜しいけどナラタさんに回していた腕を解いて車内に戻った。
列車が動く。
「そうだ! マルティンのことはどうするんだい?」
ナラタさん今それ言う!?
「ジルタニアに戻る、と! ウィルド・ダムに戻るかは分からないと手紙を書きました!!」
列車の騒音に負けないように声を張り上げた。
「そうかい! じゃあねナオ! 『さようなら!』」
覚えたてのジルタニア語だった。
『さようなら!』
私もジルタニア語で返した。
それからナラタさんの姿が見えなくなるまでずっと窓の外を見ていた。
それから9時間。
私はハールズデンの地を踏んだ。
(結局1年で戻ってきちゃった……)
両手と背中にはパンパンに研究資料やハリス先生に送ってもらった資料が入っている。
荷物が重すぎて一歩進むたびに脚が地面にめり込む錯覚がする。
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