その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

文字の大きさ
60 / 73
二章 獣人の国

60 出発

しおりを挟む
 ファム先生によって療養所内の医師全員と一部看護師、所長がナラタさんの病室に集められた。

 「私も確認しましたが、このナオ治療魔法師によってこの患者のがんが消失しました」

 先生の発言により医師たちに衝撃が走ったのが見て取れた。

 「それは一体どのような魔法で?」

 責任者である所長が私の方を見て尋ねた。

 「ナラタさんは夏風邪に効く伝統薬を1週間前から服用していました。そこに治療魔法をかけたらがんの消失を確認しました」
 「伝統薬の処方内容は!?」
 「どのような治療魔法を?」

 医師達から矢継ぎ早に質問が飛んできた。

 「まだ論文発表前の新魔法について詳しくのは問題だろう。だが、他の患者もその方法で治るのか?」

 所長の質問はもっともだった。
 そうだ。ナラタさんが治っても他の人も同じようにいくかは分からない。

 「今まで協力してもらっていた患者さんに引き続きお願いできるか伺ってみます」

 これでこの場は一旦解散となった。




 「ナラタさん! これで好きな物が食べられるし舞台を観にだってどこだって行けます! 何でもできる! まだまだ生きていられます!!」

 私は喜びを爆発させた。

 「あぁ、そうだね」

 私達は手を取り合って笑い合った。

 「話は聞いていたわよ。おめでとうナラタさん、ナオちゃん」

 窓際のベッドから声をかけてくれたのはミュンさんだった。

 「今までご協力いただき、本当に本当にありがとうございました。ミュンさんやリエンさん達の協力がなかったら、ここまで来れませんでした」

 私は立ち上がって深々と頭を下げた。

 「その結果はわたくし達の希望だわ。ねぇ、わたくしも同じ方法で治るか試してくださる?」
 「むしろこちらからお願いしないと……。まだ治る確証はありませんが、それでもご協力いただけますか?」
 「えぇ」
 「あたしにも試してくれていいからね」
 「リエンさんも……。本当に、ありがとうございます……!!」

 私はもう一度、彼女達に敬意を表するため深くお辞儀をした。




93日目

夏風邪用の伝統薬を患者C~Gに投与。
1週間後に治療魔法を施術。
治験に参加したすべての患者のがんが消滅。




 その結果をもって治験に参加しなかった他のがん患者にも治療魔法を施術した。
 やはり全員に適用できるというわけではなかった。
 一部の脳腫瘍や皮膚がん、肉腫、白血病などには効果がなかった。
 薬効が腫瘍部位に効かない(効きにくい)ことが原因と考えられた。
 私はその結果をファム先生も所長室に来てもらい2人に報告した。

 「本当にがんが治ったのか……! この新魔法は世界を変える、どれだけ多くの人が救われることか!!」

 対面に座っている所長が口元を覆いながら唸った。

 「君、すぐに論文を発表したまえ」

 そう言ったのはファム先生。

 「論文発表……私、どうやってやるのか知らなくて……」

 論文なんて大学卒業の時に書いただけだ。だけど文系の卒論と研究結果をまとめる論文とは書き方も違うだろう。

 「何? 大学で論文の一つくらい書くだろう? ジルタニアでは違うのか?」
 「私は医大出ではなく、先生、ハリス先生の元で治療魔法を学んだので……」
 「ハリス先生……とはあの、再生治療プロモーティオを開発したあのヴァレリオ・ハリス氏か!?」

 先生はこの国でも有名だった。
 私はファム先生に食い気味に詰め寄られた。

 「そっ、そうです」
 「ならば話は早い。すぐジルタニアに帰ってハリス氏に相談なさい。この研究を盗まれでもしたら大変だぞ。だが、君の先生でもある氏であれば大丈夫だろう」

 確かにこの研究を世に出すため誰かに相談したい。けれども相談する人を選ばないときっと大変なことになってしまう。
 けれど__

 「ナラタさんを置いては行けません」

 がんが治ったと言っても病み上がり。しかも今回の治療魔法の経過観察もしなければならない。

 「むぅ、そうか……」
 「論文の方はハリス先生に手紙で相談してみます」
 「あぁそうだな。そうしたまえ」

 私は所長とファム先生にお礼を言って病室に戻った。

 「というわけで、今後も引き続き研究をしていくんですが……。ナラタさん、ここを退所した後ってどうしますか?」

 ここの医師らの経過観察期間もそろそろ終わり、体力が回復次第退所するという話になっている。

 「それだけどね。娘の住んでいる街に私も行こうと思ってね」

 思ってもいなかった話が飛び出た。

 「えっ……村には戻らないんですか?」
 「あそこにはもう新しい薬師がいるはずだからね。あんな小さな村に薬師は2人もいらないよ」

 確かにそのとおりだ。
 でもてっきり村に戻るかこの街に暮らすものだと思っていたから考えがまとまらない。
 私はどうすれば__

 「アンタはアンタでやることがあるんだろ?」
 「えっ?」
 「アンタはがんを治すなんていう奇跡の魔法を生み出したんだ。これからいろいろやることがあるんじゃないのかい?」

 ナラタさんには見抜かれている気がした。
 私が離れがたく思っていることを。
 そして背中を押された気がした。
 ジルタニアに戻って論文を完成させろ、と。
 ただ問題もある。
 私は記憶のない過去から逃げたくてここまで来たのだ。その問題はまだ何も解決していない。

 (列車事故の件はアーサーさんが「もう探さない」と言ってくれたから追われる心配はない。けど、論文の公表とともに私の顔が広く世間に広がってしまったらどうなるか……)

 それでもこの研究を世に出さない、という選択肢は私にはない。
 この研究は治験に参加してくれた7人が命を賭けてくれたから成功した。
 そしてこの研究は将来にわたって何十万人、いや何百万人ものがん患者を救うことになるだろう。
 いつか誰かがもっとすごい薬や魔法を開発する。けれど今苦しんでいる患者を見捨ててまで影に隠れて生きたいとも思わない。
 この魔法を世に出すために過去と対峙せねばならないなら戦おう。
 そうしなければテネラさんに合わせる顔がない。

 「私は……ジルタニアに帰って論文を完成させて、発表します」
 「あぁ、そうしな。……そんな泣きそうな顔するんじゃないよ。同じ国に住んでたらまたいつだって会えるさ」

 それだって新幹線で2時間、とはいかない。
 まぁジルタニアと大森林の奥の距離に比べればだいぶ近いけど……

 「手紙でも書くよ。アタシはこれからジルタニア語の勉強をしないといけないからね」
 「私が教えます」
 「ありがたいね」




 そうして私達は9月はじめに療養所出た。
 治療ができた他のがん患者さん達も時期を前後して退所していった。
 私達は国境の街からジルタニアに入り、列車に乗った。
 事故に遭って以来の列車だったから不安だったが、隣にナラタさんがいたから平気だった。
 そして列車に乗って3時間。
 ナラタさんの娘さん家族が住むジルタニア西部の街、トラント州オルテスの街に着いた。

 「じゃあね、ナオ。元気でやるんだよ」

 ナラタさんが窓の外から私を見上げる。

 「うぅ……グスッ……はいぃ」
 「まーた泣いてる!」
 「だって……!」
 「しっかりやんな! アンタはこれからもっと多くの人を救うんだ。それがアンタの使命だ」
 「っ! はい!」
 「もしアンタの過去のことでどうにもならなくなったら頼っておいで。どうにかしてあげるよ」
 「どうにかって?」
 「そりゃそん時考えるさ」
 「ノープラン!?」

 私は声を出して笑った。
 そして窓から身を乗り出して抱きついた。
 汽笛が鳴る。
 もう動き出すようだ。

 「アンタが村に来てくれてよかった。この1年本当に楽しかったよ。この先もナオにいい出会いがありますように」

 自分の知らない過去が怖くて逃げて逃げてナラタさんのもとに辿り着いた。
 奇跡のような確率で。

 「たくさんのことを教えていただき……私を娘にしてくれて、ありがとうございました!!」

 名残惜しいけどナラタさんに回していた腕を解いて車内に戻った。
 列車が動く。

 「そうだ! マルティンのことはどうするんだい?」

 ナラタさん今それ言う!?

 「ジルタニアに戻る、と! ウィルド・ダムに戻るかは分からないと手紙を書きました!!」

 列車の騒音に負けないように声を張り上げた。

 「そうかい! じゃあねナオ! 『さようなら!』」

 覚えたてのジルタニア語だった。

 『さようなら!』

 私もジルタニア語で返した。
 それからナラタさんの姿が見えなくなるまでずっと窓の外を見ていた。



 それから9時間。
 私はハールズデンの地を踏んだ。

 (結局1年で戻ってきちゃった……)

 両手と背中にはパンパンに研究資料やハリス先生に送ってもらった資料が入っている。
 荷物が重すぎて一歩進むたびに脚が地面にめり込む錯覚がする。

 (タクシーーーー!)

 私はヨロヨロとタクシー乗り場を探した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...