その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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最終章 過去・現在・未来

61 1年ぶりのジルタニア

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 街中にあふれるジルタニア語が懐かしいと感慨に耽る余裕もなくタクシーに乗り込んだ私は、ハリス先生の診療所の前に乗りつけ、再び大荷物を担いで中に入った。

 「こんにちはー」
 「こんにち__ナオ!!?」

 受付にいたテイラーさんが私の登場に驚いて身を乗り出した。

 「お久しぶりです」
 「お久しぶり、って! なによいきなりいなくなったと思ったら急に帰ってきたりして! ハリス先生はあまり詳しく教えてくれなかったし! 今まで一体どこで何をしていたの?」

 すごい勢いで捲し立てられ少したじろぐ。

 「ウィルド・ダムに行っていました」
 「国外なの!? なんだってそんな場所__」
 「そっ、それより! 先生は診察室ですか?」
 「えぇ。診察中だからノックして大丈夫そうなら入ったらいいわ」

 テイラーさんに色々と突っ込まれないうちに診察室に逃げ込みたい。
 診察室の前に立ってドアをノックした。
 すぐに先生の「どうぞ」という返事が聞こえ、中に入った。
 そして患者さんの後ろ姿を見て、驚き動けなくなった。

 「ナオ!?」

 先生は先生で私の突然の登場に、見たことがないくらいに驚いていた。
 それに釣られて患者さんが振り返り、私と目が合った。
 そのシトリンの宝石が嵌め込まれたような目が大きく開く。

 「ナオさん!?」
 「っ、アーサーさん」

 驚く彼の顔の左顎には少量ではない血がついていた。

 「血が!」
 「治療は終わったから拭いて差し上げて」
 「はい」

 私は棚からガーゼを出し、血を綺麗に拭き取った。

 「ありがとうございます。傷は武人の栄誉ですが、王族……貴族の顔に傷があるのはあまり好まれませんのでこちらに伺ったんです」
 「武人……?」

 この人はこの国の王子様ではなかったか?

 「あぁ、私は今は陸軍に所属しているのです。こちらの街には演習場があり、先生には度々お世話になっています」

 だから列車事故の時も今も軍服を着ていたのかと合点がいった。

 「申し訳ございません殿下。この子は2年より前の記憶がございませんので、国民が当たり前に知っていることを知らないのです。……そうだ、殿下が以前に川縁で倒れていた女性をお助けになられましたね。あれはこのナオです」

 そうだった。彼は私の命の恩人だったのだ。

 「その節はありがとうございました……!」

 私は両腕をクロスさせ首を少し前に傾けた。
 これがジルタニアでの最大限の感謝を示す仕草だ。

 「あなたがあの時の……! 気づかず失礼しました。助かって本当によかった」

 アーサーさんはふわりと笑んだ。
 その顔からは心から喜んでくれているのが伝わってきて嬉しくなる。

 「それにしてもナオ。急に来たりしてなんです? 驚くでしょう」
 「すみません。手紙も一応送ったんですが、私の方が早く着いちゃったみたいです」
 「そうですか。それで研究の方はどうしたんです?」
 「それが、成功したんです……!!」
 「そんな、まさか……! 本当ですか!?」

 2人だけで話してしまっていたので、アーサーさんは気を利かせて退出しようとしていたところを先生が呼び止めた。

 「お待ちください、殿下。あなた様にもこの話を聞いていただきたい」
 「私もですか?」

 アーサーさんも驚いていたが私も驚いた。
 専門的な話だし、新魔法のことを話してしまってもいいのだろうか。

 「えぇ。ナオが研究していた新魔法は世界を変えます。とてつもないことです。ですから、殿下のお知恵を拝借したいのです」
 「分かりました」

 そこで、私とアーサーさんは診療所の診察が終わるまで先生の家で待つことになった。



 先生の家に入り時計を確認すると時間は12時を少し回ったくらいだった。
 そういえば今日はまだ何も食べていない。
 気づいたら急にお腹が減ってきた。

 「アーサーさんはもうお昼済ませましたか?」
 「いえ、訓練の後すぐこちらへ来たのでまだです」
 「丁度よかった。でしたら今から何か作りますね」
 「よろしいんですか?」
 「えぇ。先生も診察が終わったらすぐ何か食べたいだろうし。ここでお世話になっていた時は私が食事当番だったんですよ」

 話しながらキッチンの食料庫を漁る。
 キャベツにブロッコリー、ビートにほうれん草、きのこ類もあった。

 (何を作ろう? やっぱり久しぶりにパスタが食べたいな)

 先生は自分でほとんど料理をしないわりにパスタのストックは欠かさない。
 とりあえず茹でたら食べられるからだろうか……?
 私はきのことほうれん草でクリームパスタを作ることにした。
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