その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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最終章 過去・現在・未来

63 論文発表

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 「いい匂いがしますね。今日の昼食は何でしょう?」
 「先生、お疲れ様です。今日はクリームパスタです。今温め直しますね」
 「パスタですか。ナオがいなくなってからパスタを食べられる機会がめっきり減ってしまって……嬉しいですね」
 「ふふふ。マリーさんの料理は相変わらずシチューばかりですか?」
 「えぇ。料理の腕だけは上がらないようで」

 私は先生の分を温めて皿に盛りテーブルに置いた。
 私も冷めてしまったパスタの残りを食べる。

 「それで、ナオ。殿下にはどこまでお話ししたんですか?」
 「私を2年前に助けていただいた時から、ウィルド・ダムの大森林へ逃げて、がんの研究をしていたところまでです」

 見ると先生はとても満足そうに食べていて、喜んでもらえたらしいことが窺えた。

 「では食べ終わったらその研究内容と結果を話してもらいましょうか」



 「結論から言うと、がんを治す治療魔法が完成しました」
 「っ! ……それは本当ですか!?」
 「はい。ただ、どんながんにも効くというわけではありません。調べられた限り、胃、肺、肝臓、肝臓、脾臓、食道、乳がんには効果がありました。逆に皮膚がん、肉腫や白血病には効きませんでした。脳腫瘍も治る患者さんと治らない患者さんがいました。新魔法は私のいた療養所の患者さんにしか使っていないので他のがんではどうなのかは不明です」

 2人茫然とし、しばらく沈黙が続いた。
 そしてアーサーさんよりも早く状況を理解した先生が再び口を開いた。

 「論文はもう書けたのですか?」
 「いえ、書き方が分からず……先生に教えを乞おうと思い帰ってきました」

 情けない顔をしていたらしい私を見て先生はクスリと笑った。

 「医大に行っていないのですから知らなくて当然でしたね。というわけで殿下、この研究が発表されれば国内はおろか世界にまで影響を与えます。しかしナオは医大の後ろ盾もなく、世間に出れば不都合な過去が出てくるかもしれない身。殿下にはナオの後ろ盾になっていただきたいのです」

 先生は私の研究が成功したと見越してアーサーさんを引き留めたのか。
 しかし、彼を巻き込んではいけない。

 「ダメです。巻き込めません。私はこの魔法を開発するときに……人を死なせてしまいました」

 私は耐えきれず俯いた。だから2人がどんな顔をしているかは見えない。
 軽蔑されただろうか。犯罪者だと思われただろうか。

 「ナオ、詳しく説明してください。それはどういうことですか?」

 先生の声はいつもと同じだった。
 顔を上げるといつもの無表情に少しだけ困惑が乗っかっていた。



 私は動物実験をせず療養所で治験をしたこと。その間に患者さんを悪化させ死期を早めてしまったことを話した。

 「そうでしたか……。確かにそれは新魔法研究において取ってはならない方法です。……けれど私も同じことをしたかもしれません」
 「え?」
 「従来の新魔法研究では魔法理論を構築した後、起動詞を探しながらマウス相手に魔法が発動するまで試します」

 先生曰く、普通の魔法開発では失敗はイコール何も起こらないだけで、今回のように病状を悪化させたりした例もないらしい。
 というか、失敗したら病状を悪化させる魔法の研究は避けられてきた、といったほうが正しいようだ。

 「攻撃魔法や日用魔法、治療魔法など全て手順は同じです。しかしナオの開発した魔法は伝統薬と魔法を組み合わせた全く新しい魔法だ。薬の分量調整だってマウスと人間では違う。そもそも効く薬も同じだったかも分からない。結局はナオのした方法しかなかったかもしれない」

 それは考えたこともない話だった。
 私は従来のやり方に囚われすぎていた?
 いや__

 「そうとも言い切れないのではないですか? マウス実験を経て、人での治験ですんなり結果が出た可能性もあるでしょう?」

 アーサーさんの指摘は的確だった。

 「えぇ。ですがどれも可能性の話です。現実には新魔法があるという事実が一つ。そして動物実験を経ていないということは言わなければ誰も分からない」

 確かにそうだ。
 私は大学の研究室に所属しているわけではないから、私の研究手順は私しか知らない。

 「しかし、新魔法は論文で発表するのですよね? そこに研究過程は必要ないのですか?」

 (アーサーさん詳しい。大学で書いたことあるのかしら?)

 「そこは後付けでもマウス実験をして誤魔化します。それにナオの手紙には起動詞に関する新しい発見も記してありましたので、それも上手く入れ込めば動物実験の過程を少し省略しても『論文では省いた』と思われるように細工します」
 「起動詞の発見?」

 2人の視線がこちらに向き、私は『起動詞は元々この地域の古語由来でありそう』なこと、そう考えるに至った『ジルタニア語とウィルド・ダムにある似た単語』のことを話した。

 「それもまた……大発見ですね」
 「今まで言語学と魔法を繋げて考えた研究者はいなかった。2つの言語を習得したからこその発想です。研究者というのはどうしたって自分の研究領域を深く探究することは得意ですが、全くの畑違いの分野には疎くなりがちですからね」

 先生は自戒を込めるように言った。



 こうして先生と二人三脚で論文を完成させることとなり、1年後その論文を発表した。
 それとほぼ時を同じくして、私は列車事故から多くの乗客を救命したとして、ジルタニア王室から勲章を頂くことになった。
 こうして私はまたたく間に名声は高まり、この国の誰もが知る有名人となった。
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