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最終章 過去・現在・未来
64 アーサーと食事
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勲章の授与はアーサーさんのアイデアだった。
時は少し遡り、半年ほど前。
アーサーさんが診療所を訪ねてきて、私たちは一緒に外で食事をした。
彼はここらへんのお店にあまり詳しくないと言うので、私はジェイミーやミシェルと実習時代に食事をしたあのレストランを選んだ。
ハールズデン医大の近くだから診療所からは遠いけど、アーサーさんが今日は車を使っていたので久しぶりに足を伸ばしたくなったのだ。
アーサーさんの車には当たり前に運転手がいたので、私たちは後部座席に座った。
車窓から流れる景色を見ながらふと思う。
(2人とも元気かしら……)
あれから2年が経った。
色々なことがありすぎてもっと遠い昔のように感じる。
治療魔法師として軌道に乗ってきた矢先に、昔の私を知っていると思われる患者との邂逅。
その時私は逃げることを選び、ウィルド・ダムへ向かった。
その途中での列車事故__
「そういえばあの列車事故の後、私を探されていましたか?」
「えぇ。あなたの功績には勲章を与えられるべきだと思い探しました。新聞を通して発表したにも関わらず、あなたから接触がなかったので情報の届かない奥地にいるのではと思い、人を使い探しました」
(勲章……。それってどれくらいすごいんだろう)
いまひとつピンときていない顔をしていたのだろう。アーサーさんが補足してくれた。
「勲章はいくつも種類があるのですが、あなたに授与されるのは最高位の栄冠大勲章。同時に爵位も賜ることになります」
「……爵位!?」
とんでもない話になってきた。
(爵位って、貴族になるってことよね?)
「むっ、ムリ! ムリです!」
私は全力で頭を振った。
「しかし、勲章と爵位はあなたを守る盾になる。……ナオさん、あなたは何かから身を隠す必要があったのではないですか?」
なんて鋭い人なんだろう。
私はそんな素振りを見せていただろうか?
「どうして……」
「あなたは事故後、泊まっていたはずの宿から足跡も残さず消えてしまった。あれだけすごい治療魔法が使えるのに国内どこを探しても見つからず、情報提供すらない。そして極めつきはウィルド・ダムで再開した時に私から逃げようとした。私があなたを探していると知っていたからですね?」
そう指摘されると、何かから逃げているとしか思えない行動だ。
私は理由を話すか逡巡した。
けれど__
「以前にもお話ししましたが、私にはアーサーさんに助けられたあの日以前の記憶がありません」
彼は静かに聞いてくれた。
「それは、あの怪我のせいで?」
「多分。私は何も分からないんです。なぜあんな暴行を受けたのか。なぜ捜索届が出されていないのか。なぜ初めて会ったはずの患者さんに『どうしてここにいるの、人殺し』と言われなければならなかったのか」
そんな私が勲章や爵位を賜っていいのだろうか。
アーサーさんは静かに私の言葉を受け止めてくれた。
「あなたは記憶のない過去を恐れていたのですね……。それでも未来で多くの人の命を救うため、表舞台に立つ覚悟をした」
「はい」
「それならばやはり受けたほうがいいです。勲章と爵位があれば、誰であっても簡単にはあなたを害することができなくなる」
私のためにここまで考え労力を使ってくれるアーサーさんに、どうやって恩を返せばいいのだろう。
(もしアーサーさんが困ったり、頼み事があった時はどんなことでも絶対引き受けよう)
それでも釣り合わないくらいの恩人だけれど。
車を走らせて着いたレストランはあの頃と変わらない雰囲気でなんだかホッとした。
「この店にはよく来られるのですか?」
「いえ、治療魔法師試験の実習の時に友達と2回ほど来ただけで。でもとても美味しいんです」
「そうなのですね。楽しみです」
席についてお互いに食べたいものを自由に注文した。
「ナオさんはお酒は嗜まれないのですか?」
「そういえば、飲んだことがありませんでした」
(この世界に来てからは、ね)
「アーサーさんはお酒がお好きなんですか?」
「嗜む程度です。パーティや公務のときや、美味しいワインを頂いた時などに」
この世界の美味しいワインってどんな味なんだろう。ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンやブルゴーニュのロマネ・コンティみたいにすごく高いワインもあるのだろうか。
「私も飲んでみたいです」
「では今度美味しいものが手に入ったらお持ちします」
「あっ、ごめんなさい。私ねだるみたいに……」
「いいえ、私がそうしたいと思っただけです」
彼の人間力の高さに、もうタジタジだ。
(どうしてこんなに人間ができているの? 王室という特殊な環境で育つとこうなる? いやいや『俺は王子だぞ』ってふんぞりかえる人だっていそうだし……。ご両親がきっと素晴らしいに違いない、ってこの国の国王と王妃様か)
前世も今もド庶民の私には想像もつかない世界だ。
運ばれてきた料理はこれも以前と変わらず美味しく、必然会話も弾む。
「美味しいですね……! いい店を教えていただきました。ハールズデンに来た時はまた訪れたいです」
「喜んでもらえてよかったです。アーサーさんはハールズデンに住んでいるわけではないんですね?」
「えぇ。一応住まいは王都にあるストライド城にあります」
お城……!
これあれだ。多分全国民知ってるやつだ。
(天皇陛下にお住まいはどこですかって聞いたようなものだわ。恥ずかしい)
「すみません、変な質問して……」
「いえ、お気になさらず。ハールズデンには軍の演習場があって、そこを使う時に来ているんです」
「そうでしたか。じゃあ私を助けてもらった日、アーサーさんが演習でここに来ていなかったら、私はそのまま川縁で死んでいたかも……」
「あそこは人通りは少なくないですがナオさんは橋の下の見えずらいところに倒れていましたし、助かったのはすぐにハリス先生のところへ運び込んだことも大きかったようなので、いい偶然が重なりました」
やっぱり奇跡みたいな確率で私は助かったんだ。
それは、がんを消し去る新魔法を作るためだったのでは。
なんて最近は思ったりもする。
「でも大変ですね。軍の仕事と、公務もしてましたよね? 前はウィルド・ダムにいらっしゃいましたし」
「大変ではありませんよ。軍の方は公務を優先させてもらっていますし。むしろ軍務に全力を注げないのが少し申し訳ないな、と」
公務を優先するのは当たり前だろうけど、そこに引け目を感じるのは真面目な人だからだ。
「休みの日ってあるんですか? というか今日が休みの日?」
「今日は午前中はこちらの方で公務があり、午後が空いたのでナオさんに褒章の話をしようと思いこちらへ来ました」
「それは、わざわざありがとうございます」
忙しい中をぬって来てくれたんだ。
「休みの日は……学生時代の友人達とテニスをすることもありますよ」
「学生時代の友達かぁ。いいですね、羨ましい。でもどうやって連絡を取り合うんですか?」
この世界にもSNSがあったら今でもジェイミーやミシェルとつながっていられただろう。
ナラタさんとも。
……想像はできないが。
「たまに手紙で近況を伝えあったりはしますが、たいていはパーティで顔を合わせた時に次の予定を決めたりしますね」
パーティ……。なんともセレブリティだ。
「ナオさんは休みの日はどう過ごしているのですか?」
「休みの日…………」
少なくともジルタニアに帰ってきてからは毎日論文にかかりきりで、診療の手伝いをする日かそうでないかの違いしかない。
「今は休みらしい休みはとってないですね……。ウィルド・ダムでは先生をしていて、授業のない日はナラタさん、お世話になっていた人で親代わりみたいに接してくれた人なんですが、その人に薬草や伝統薬の調合を教えてもらったりしました」
「それは休んでいるというより勉強をしているのでは……? それとナオさんは先生もされていたんですか」
「2カ月弱の臨時教師でしたけど。1年生の担当で子供達はみんな可愛くて。何をどう教えたらいいのか手探りで大変でしたがいい思い出です」
あの子達は元気にしているだろうか。
またいつか会えたらいいなぁ。
「それにしてもすごいですね。たった2年半ほどで治療魔法師の資格を取り、ウィルド・ダム語も覚えて先生をして、新魔法も開発……。先生、次はするおつもりですか?」
アーサーさんはお茶目に私をからかう。
「宇宙に行く、とか?」
「はははっ!! 壮大だ!」
こんなに感情露わに笑うアーサーさんは初めてで、私も彼の友人の一人になれたような気がした。
時は少し遡り、半年ほど前。
アーサーさんが診療所を訪ねてきて、私たちは一緒に外で食事をした。
彼はここらへんのお店にあまり詳しくないと言うので、私はジェイミーやミシェルと実習時代に食事をしたあのレストランを選んだ。
ハールズデン医大の近くだから診療所からは遠いけど、アーサーさんが今日は車を使っていたので久しぶりに足を伸ばしたくなったのだ。
アーサーさんの車には当たり前に運転手がいたので、私たちは後部座席に座った。
車窓から流れる景色を見ながらふと思う。
(2人とも元気かしら……)
あれから2年が経った。
色々なことがありすぎてもっと遠い昔のように感じる。
治療魔法師として軌道に乗ってきた矢先に、昔の私を知っていると思われる患者との邂逅。
その時私は逃げることを選び、ウィルド・ダムへ向かった。
その途中での列車事故__
「そういえばあの列車事故の後、私を探されていましたか?」
「えぇ。あなたの功績には勲章を与えられるべきだと思い探しました。新聞を通して発表したにも関わらず、あなたから接触がなかったので情報の届かない奥地にいるのではと思い、人を使い探しました」
(勲章……。それってどれくらいすごいんだろう)
いまひとつピンときていない顔をしていたのだろう。アーサーさんが補足してくれた。
「勲章はいくつも種類があるのですが、あなたに授与されるのは最高位の栄冠大勲章。同時に爵位も賜ることになります」
「……爵位!?」
とんでもない話になってきた。
(爵位って、貴族になるってことよね?)
「むっ、ムリ! ムリです!」
私は全力で頭を振った。
「しかし、勲章と爵位はあなたを守る盾になる。……ナオさん、あなたは何かから身を隠す必要があったのではないですか?」
なんて鋭い人なんだろう。
私はそんな素振りを見せていただろうか?
「どうして……」
「あなたは事故後、泊まっていたはずの宿から足跡も残さず消えてしまった。あれだけすごい治療魔法が使えるのに国内どこを探しても見つからず、情報提供すらない。そして極めつきはウィルド・ダムで再開した時に私から逃げようとした。私があなたを探していると知っていたからですね?」
そう指摘されると、何かから逃げているとしか思えない行動だ。
私は理由を話すか逡巡した。
けれど__
「以前にもお話ししましたが、私にはアーサーさんに助けられたあの日以前の記憶がありません」
彼は静かに聞いてくれた。
「それは、あの怪我のせいで?」
「多分。私は何も分からないんです。なぜあんな暴行を受けたのか。なぜ捜索届が出されていないのか。なぜ初めて会ったはずの患者さんに『どうしてここにいるの、人殺し』と言われなければならなかったのか」
そんな私が勲章や爵位を賜っていいのだろうか。
アーサーさんは静かに私の言葉を受け止めてくれた。
「あなたは記憶のない過去を恐れていたのですね……。それでも未来で多くの人の命を救うため、表舞台に立つ覚悟をした」
「はい」
「それならばやはり受けたほうがいいです。勲章と爵位があれば、誰であっても簡単にはあなたを害することができなくなる」
私のためにここまで考え労力を使ってくれるアーサーさんに、どうやって恩を返せばいいのだろう。
(もしアーサーさんが困ったり、頼み事があった時はどんなことでも絶対引き受けよう)
それでも釣り合わないくらいの恩人だけれど。
車を走らせて着いたレストランはあの頃と変わらない雰囲気でなんだかホッとした。
「この店にはよく来られるのですか?」
「いえ、治療魔法師試験の実習の時に友達と2回ほど来ただけで。でもとても美味しいんです」
「そうなのですね。楽しみです」
席についてお互いに食べたいものを自由に注文した。
「ナオさんはお酒は嗜まれないのですか?」
「そういえば、飲んだことがありませんでした」
(この世界に来てからは、ね)
「アーサーさんはお酒がお好きなんですか?」
「嗜む程度です。パーティや公務のときや、美味しいワインを頂いた時などに」
この世界の美味しいワインってどんな味なんだろう。ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンやブルゴーニュのロマネ・コンティみたいにすごく高いワインもあるのだろうか。
「私も飲んでみたいです」
「では今度美味しいものが手に入ったらお持ちします」
「あっ、ごめんなさい。私ねだるみたいに……」
「いいえ、私がそうしたいと思っただけです」
彼の人間力の高さに、もうタジタジだ。
(どうしてこんなに人間ができているの? 王室という特殊な環境で育つとこうなる? いやいや『俺は王子だぞ』ってふんぞりかえる人だっていそうだし……。ご両親がきっと素晴らしいに違いない、ってこの国の国王と王妃様か)
前世も今もド庶民の私には想像もつかない世界だ。
運ばれてきた料理はこれも以前と変わらず美味しく、必然会話も弾む。
「美味しいですね……! いい店を教えていただきました。ハールズデンに来た時はまた訪れたいです」
「喜んでもらえてよかったです。アーサーさんはハールズデンに住んでいるわけではないんですね?」
「えぇ。一応住まいは王都にあるストライド城にあります」
お城……!
これあれだ。多分全国民知ってるやつだ。
(天皇陛下にお住まいはどこですかって聞いたようなものだわ。恥ずかしい)
「すみません、変な質問して……」
「いえ、お気になさらず。ハールズデンには軍の演習場があって、そこを使う時に来ているんです」
「そうでしたか。じゃあ私を助けてもらった日、アーサーさんが演習でここに来ていなかったら、私はそのまま川縁で死んでいたかも……」
「あそこは人通りは少なくないですがナオさんは橋の下の見えずらいところに倒れていましたし、助かったのはすぐにハリス先生のところへ運び込んだことも大きかったようなので、いい偶然が重なりました」
やっぱり奇跡みたいな確率で私は助かったんだ。
それは、がんを消し去る新魔法を作るためだったのでは。
なんて最近は思ったりもする。
「でも大変ですね。軍の仕事と、公務もしてましたよね? 前はウィルド・ダムにいらっしゃいましたし」
「大変ではありませんよ。軍の方は公務を優先させてもらっていますし。むしろ軍務に全力を注げないのが少し申し訳ないな、と」
公務を優先するのは当たり前だろうけど、そこに引け目を感じるのは真面目な人だからだ。
「休みの日ってあるんですか? というか今日が休みの日?」
「今日は午前中はこちらの方で公務があり、午後が空いたのでナオさんに褒章の話をしようと思いこちらへ来ました」
「それは、わざわざありがとうございます」
忙しい中をぬって来てくれたんだ。
「休みの日は……学生時代の友人達とテニスをすることもありますよ」
「学生時代の友達かぁ。いいですね、羨ましい。でもどうやって連絡を取り合うんですか?」
この世界にもSNSがあったら今でもジェイミーやミシェルとつながっていられただろう。
ナラタさんとも。
……想像はできないが。
「たまに手紙で近況を伝えあったりはしますが、たいていはパーティで顔を合わせた時に次の予定を決めたりしますね」
パーティ……。なんともセレブリティだ。
「ナオさんは休みの日はどう過ごしているのですか?」
「休みの日…………」
少なくともジルタニアに帰ってきてからは毎日論文にかかりきりで、診療の手伝いをする日かそうでないかの違いしかない。
「今は休みらしい休みはとってないですね……。ウィルド・ダムでは先生をしていて、授業のない日はナラタさん、お世話になっていた人で親代わりみたいに接してくれた人なんですが、その人に薬草や伝統薬の調合を教えてもらったりしました」
「それは休んでいるというより勉強をしているのでは……? それとナオさんは先生もされていたんですか」
「2カ月弱の臨時教師でしたけど。1年生の担当で子供達はみんな可愛くて。何をどう教えたらいいのか手探りで大変でしたがいい思い出です」
あの子達は元気にしているだろうか。
またいつか会えたらいいなぁ。
「それにしてもすごいですね。たった2年半ほどで治療魔法師の資格を取り、ウィルド・ダム語も覚えて先生をして、新魔法も開発……。先生、次はするおつもりですか?」
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